3-18 ワガママ


[視点:リナリア]



「待って……私と、友達になってくれない?」


 懐かしい記憶の夢を見ていた。


 マーブルの町でセルナの家族が経営していた宿を通りかかった時、兵士たちの横暴に耐えかねてつい手を出してしまった私に彼女から投げかけられた言葉だった。


 軍が特別に読んだ魔法使いと末端には説明されていたが、たとえ問題にされようともを振りかざせば私に復讐することも出来なかっただろう。


 もし私に倒された兵士たちが後に軍に告げ口をしていたとしたら、もう彼らの命は既にこの世に存在しないはずだ。


 そんな私に話しかけるセルナの言葉を、初めは冷たくあしらった。


 見たところ魔力が殆どない所為で私の魔法の至近距離でいても大丈夫なだけだろうが、関われば周りから何を言われるかわかったものではない。


「私はなの。あなたが私に近付けるのは魔法の才能に乏しい一般人だから。触れたら一瞬で気を失うわよ」


 立ち去る時に放った言葉の意味をセルナは直ぐに悟ったことだろう。宿の扉を開けるとそこに転がっていたのは、私の魔力に影響されて意識を手放した通行人の数々。


 後ろから息を飲む声が聞こえた。


 きっと私を追いかけてきたセルナがこの光景をみたのだろう。


 この子も今までの誰もと同じで直ぐに私を避ける様になるんだろうなと、諦めに染まったため息をついたその時。


 私の手を後ろから握りしめられる予想外の感触が訪れる。


「ねぇ待ってよ……おお?」


 そして私と無理やり手を繋いだセルナは、変な声を上げながら気を失った。


「えぇ……」


 数年ぶりに人と触れ合った手に残る感触は少しだけ温かかったのを覚えている。


 それからというもの、セルナは諦めることなく私の下へとやってきては気絶するを繰り返していた。


 私はいつのまにか、彼女のことを初めてできた本当の友達だと思い始める。


 残された時間など、しかないのに。




「う……ん? ここは……」


 目を覚ますと、暗闇の中に月明かりが差し込む部屋の景色が目に入ってくる。掛けられた毛布が温かく、ベットに寝かされていたことに気付いた。


「私は確か……ハルカと一緒にセルナの宿まで帰ってきてから……倒れたの?」


 記憶がそこで途切れていることを考えても、また倒れてしまったのだろう。


 もう私に時間が残されていないことを嫌でも感じさせられる。


 その時にふと、この部屋がハルカが借りていた部屋の内装と同じであることに気が付いた。


 眠気が残る目をゆっくりと部屋の反対へと向けると、もう一つのベットの上には毛布で包まれた一つの塊が見える。


 音を立てない様に立ち上がって覗き込むと、黒い髪を少し乱しながら寝返りを打つハルカの顔があった。


「やっぱり……君の前では倒れたくはなかったのにね」


 自然と伸ばしていた手が彼の髪に触れ、頬まで動いていく。


 初めて会った河川敷でハルカから伸ばされた手のひらを掴んだ時と同じ様に、伝わるのは温かいというよりも熱い温度だった。


「私が触れることの出来る男の子……本当にあなたとはもう少し早く出会いたかった。どうして私の時間が限られてしまってから貴方達は目の前に現れてしまうの……?」


 このまま一人で死んでいくのだと思っていたのに。私はそれで納得もしていた筈なのに。


 これがもし孤独に死んでいく私に世界が施した情けなのだとしたら、それは残酷すぎる施しだ。


 気付かないうちに私の瞳から伝った涙の雫は、ハルカの頬へと落ちた。





「……う、ぅん」


 いつの間にか日が昇って世界が朝の光に包まれていた頃、寝返りの激しくなったハルカからそんな言葉にならない声が聞こえてくる。


 どれ程の時間が経ったのかわからない長い間彼を見つめていた私は、慌てて反対のベットへと退散して姿勢を整えた。


 やがて起き上がったハルカは手を上げて大きく背筋を伸ばして唸ると、重そうな瞼を少しだけ開けた綺麗な蒼の瞳をこちらに向ける。


「あれ……リナリア、起きたんだね。身体は大丈夫?」


 真っ先に私の心配をしてくれる彼は、昨日一日を見ていてもわかったがとても優しい人なのだろう。


 ハルカが与えてくる感覚がどれも初めてでいちいち心が揺れる私はなんて軽い女なのだろうか。


「大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」


 そう言って頭を下げると慌てて彼は止めるように促した。他人のこんな仕草にも笑えてくるなんて、私の頭は本当にどうかしてしまったらしい。


 すると一度咳払いをしたハルカは、その瞳に真剣な光を宿して私に問いかけてくる。


「それでリナリア……君のその症状って一体……」


 彼の口振りからするとセルナからこれが初めてでないことを聞いたのだろう。しかし私ののことなど、相手が誰であっても言う訳にはいかなかった。


「えっ、ただの立ち眩みよ? そんなに心配しないでって」


 だから誤魔化すしかない。


 それを聞いたハルカの表情は努めて笑ってはいるものの、眉に少しだけ力が入っていた。


「そっか……それなら良かった」


 きっと彼は私の嘘に気が付いているのだろう。気が付いた上で今は私の話に合わせてくれることにしたらしい。


 部屋に流れ始めた居心地の悪い静寂を掻き消す為に、私は元気よく声を出して話を切り替えた。


「さぁ、今日から傭兵ギルド員としての生活をスタートさせるんだから! 元気よく行きましょ! 朝は空いてる店が少ないからセルナの絶妙に変なご飯を食べるしかないけどねっ」


 そんな言葉と共に立ち上がると、部屋の外へと勢いよく飛び出した。


「えっ、ちょっと待っ……」


「待たないよー!」


 ハルカを置き去りにして廊下へと駆け出す。私が元気であることを見せる為にもそんな態度を取った。


 私に残された時間が少ないのだとしたら、せめてその時間を過ごす大切な人達には心配しながら接して欲しくないというのは我儘なのだろうか。


 もし神様が私を見ているのだとしたら、その位のワガママは許して欲しいと願わずにはいられなかった。

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