3-14 病気
「いつもの……発作?」
何故か慣れている様子のセルナの言葉にそう呟くと、頷いて答えた。
「そうなの、取り合えずリナリーを部屋まで連れて行ってくれる? 詳しくはそっちで話すから」
そう言って彼女は慌ただしく手を動かし始めたので、素直に従って部屋まで連れて行くことにいた。
腕の中で眠る彼女を起こさない様に静かに両手で持ち上げると、所謂お姫様抱っこの形で部屋へと運び込む。
元々の力ではリナリアを持って階段を上れなかっただろうが、魔力で身体能力を強化が出来る世界のお陰で無様な恰好はせずに済んで内心ほっとしていた。
そのまま部屋のベットへとゆっくり乗せると、改めてその症状の異様さがわかる。
リナリアの身体から不規則な調子で放出される魔力は普段の彼女よりも遥かに多く、普段よりも更に制御が効かなくなっている様に感じられた。
リナリアの額に流れる汗を部屋で備え付けられた布で拭うが、直ぐにまた滲んでくる。
苦しそうな表情のまま眠っている姿を見ていると、内側から聞き慣れた声がした。
『これはまさかっ……本当にこの女は人間か?』
珍しく驚きの感情を全面に出したウラニレオスの言葉が意味することがわからず、頭を悩ませる。
「人間かって……それは見ればわかるだろう」
だが俺が口にした言葉をすぐさま否定した相棒は、肩の上に姿を現せて続けた。
「そういう事を言っているのではない。このリナリアが『魔女』と呼ばれる理由、魔力を抑える身体の構造が備わっていないのだと理解していたが……それがここまで本体に影響を及ぼすとは」
「本体に……影響?」
聞き返した俺の言葉に飴色の獅子は頷くと、リナリアが眠るベットへと降り立って話を再開する。
「これはあくまで私の仮説だが……本来魔力というものは常に出し続けるものではないというのはわかるな?」
「それは何となく……」
中性的な声に問いかけられて、自分の場合をイメージしてみる。
魔力によって何かを行う時、俺はいつも体の中心に核として存在する『熱』の存在を意識して練り上げていた。
そこから湧き出た魔力を体に流すなり、水属性に変換して放出するなりして使用する。
一連の流れを想像して口に出した言葉を聞いてレオは俺がある程度を理解していると感じたらしく、そのまま答えた。
「そう、本来は魔力の源である核からは意図しない限り魔力が溢れるなどという事は無い。しかしリナリアの場合はおそらく核そのものが壊れているのだろう」
「壊れている?」
小さな獅子の口から放たれた不穏な言葉に思わず聞き返すが、彼から返ってくるのは肯定の言葉だった。
「ああ、壊れている。そして噴き出した魔力は身体中を巡り、やがて行き場がなくなって外へと解放されるという事だ」
「なるほどな……でもそれが本体への影響とどう繋がるんだ?」
リナリアの魔力が止め処なく放出され続ける理由については納得できるものの、それなら俺や他の誰かが魔法を使う時と何ら変わりないだろう。
そんな考えから出た疑問だったが、レオは厳しい表情で口を開いた。
「常にその状態、というのが危ないんだ。人間の身体というものは特殊でな、自らに起こった異常に適応しようと勝手に変化してしまう」
一呼吸置いて、レオは続ける。
「おそらく、リナリアの体は魔力が常に外へと溢れ出るものと判断したのだろう。そして内側から溢れる魔力をなるべく外へに通し
自らの前足でリナリアの乱れた髪を撫でて整えていた。その表情は険しいというよりもまるで憐れむかの様でもある。
「魔力と実際の身体というものは、ハルカにもわかりやい表現をすると別次元に存在するものだ。その力と実際の身体、そして外界を隔てる壁に穴を開け続ければ……いつかはわからないが、リナリアは確実にこの世に存在できなくなる」
「そんなっ……」
言葉が重なる程、出口が塞がれていくかの様な錯覚すら覚えていた。
最悪の場合は死に至る病気とも呼べる彼女の症状に、この世界の仕組みを知らな過ぎる俺の頭では解決策が全く思いつかない。
「どうにか……出来ないのか?」
かなり詳細にリナリアの症状を見抜いた相棒に
「こればかりはな……世界に嫌われた娘と言う他ない。せめてリナリアが平均程度の才能であったならば良かったものを、ハルカと同等以上の性能を誇る魔力の核を持ってしまった事が一番の不運だな」
そんなレオの言葉を最後に、俺達は黙ってしまった。
重い空気の中でリナリアの荒い息だけが部屋に響いていると、通路の方から急ぐ足音が聞こえてくる。
開け放ったままの扉の方へと目を向けると、丁度セルナが片手に様々な物を入れた箱を持ってきたのが見えた。
「はいはい、入るよー! って何この可愛らしい動物!」
部屋に入るなりウラニレオスの姿を見つけたセルナは、そのまま持ち上げて体毛に覆われた身体を撫でまわしていた。
ちなみに触られ続けているレオは無表情である。
「もしかしてこれ、ハルカの使い魔っていうやつ!? 初めて見たー!」
「えっと……そうだよ、俺の使い魔」
だがとうとう耐えられなくなったのか、獅子はその姿を一瞬で消した。俺の中に戻ったのだろう。
「あれ!? 私の癒しがっ」
腕の中から消えていった感触を惜しむ様にうなだれるセルナに苦笑いを浮かべながらも、彼女の様子を見てある事に気付く。
リナリアから未だに放出され続ける魔力の影響を受けてない所を見ると、おそらくセルナは魔力を全くと言って良い程に扱うことが出来ないのだろう。
だがリナリアと友達になれたということは、ある意味それが当たり前なのかもしれない。
すると早々に立ち直ったセルナは一度頬を叩いて気合を入れると、俺の方を見て言った。
「さあ、とりあえずは私が見ておくからハルカはさっき言った通り湯浴みしてきて! リナリーの身体も拭かないとだし、詳しい話は後でね」
セルナが語った内容と有無を言わさない彼女の圧力に、素直に従うことしか出来ないのは仕方がないことだろう。
「そ、それならお言葉に甘えさせてもらうよ」
そんな言葉を残して俺は部屋から出ていき、扉を閉める。
『あの娘……中々の強者だな』
廊下をとぼとぼと歩いている途中、小さな獅子が疲れた様に呟く声が俺の頭の中で響いていた。
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