3-15 一筋の望み?
「あー、宿に風呂があるって最高……生き返る……」
浴槽に浸かって身体を温めていると、ふと俺の言葉に応えるかの様に声が聞こえてきた。
『まるで死んでいたかの様に言うではないか。しかし、仕方の無いことではあるか』
ウラニレオスは今日の出来事を思い出してか納得した様子の声を返してくる。
川に流されダイドルン帝国領にまで辿り着いてからリナリアと出会い、ギルドでの一件に図書館で過ごしたという何とも濃すぎる一日だったから尚更だろう。
広々とした浴槽を満たす湯に首筋まで体を沈ませながらそんなことを考えていると、やはり最後にはリナリアが倒れたことに思考が行きつく。
「レオ、リナリアのことだけど……」
先程リナリアの様子を見て小さな獅子が話した、「いつかはわからないが、リナリアは確実にこの世に存在できなくなる」という言葉。
それがどうしても気になって話しかけると、いつもの事ながらにレオは俺の言いたい内容を直ぐに理解して答えた。
『焦るなハルカ、いずれそうなるとしてもまだ先の話だろう。それまでに対処法を見つければ良い話だ』
「だとしてもあまり楽観視できる状況ではないよな……打つ手なしというのはどうしても……」
『いや、一つだけ可能性はある』
そんな会話の中で突然聞こえた、懐かしくも感じる声に思わず驚く。
レオとは似ている様で少しだけ低めの響きが混ざる中性的なその声は、父の管理者だったアスプロビットのものだった。
「アストか! 今は起きてたんだな」
最近はしばらく寝ている日が続くこともあって久し振りになってしまうのだが、今日はタイミングが良かったらしい。
思わず急に動かした身体のせいで浴槽の湯が音を立てて波打つ。
『うむ、だが今回も時間が余っている訳ではないのでな。本題だが、以前十将には一人だけ医療を専門とする者がいた。その分野に関してはエルピネの知識量すら上回る彼女であれば、何かわかる事があるかもしれない』
「えっ、本当か!?」
突然降ってきた一筋の希望の光に思わず声を上げるが、直ぐに懸念するべき壁に追突してしまう。
「けど、その人の場所の居場所がわからないことには……それに生きているかどうか」
これだけ広大な世界から元十将の一人を見つけ出すのはかなり難しいだろう。既に魔王軍によって殺されていたとしてもおかしくはない。
するとアストの声が小さく笑ったのが感じられた。
何か変なことを言ってしまっただろうかと考えていると、ウサギもどきは話し始める。
『十将というのはハルカが思っているよりも強いぞ。単身では四天魔に劣るかもしれないが、自分の身一つぐらいなら魔王相手でも逃げ切ってみせる奴らだ。しかし……』
そこまで話したところで、アスプロビットは一度だけ間を置く。そして話し始めた彼の声はまるで何かを思い出して懐かしむようなものだった。
『ヤツらは馬鹿の集まりでな……クリスミナ王国最後の戦いでは、全員が追い詰められたイレイズルート王と共に戦って死のうとしていた』
「えっ……?」
突然語られた内容にただ驚くことしか出来ないでいたが、同時に以前レウスと初めて会った時の彼の様子を思い出して納得がいくとも感じた。
そんな考えを巡らせている俺の中でアストは話し続ける。
『しかしイレイズルートが黒魔騎士の槍に貫かれた瞬間、あの男は皆をそれぞれの故郷へと転移させたのだ。であれば、無駄に命を散らしてなければ全員生きているだろう』
王であった父のその最期に、俺は言葉を失ってしまった。
息子であるアトラに身体を貫かれながらも自らを慕ってくれていた仲間を逃がしたのだという。
今まで出会った三人の十将の誰もが俺を見て涙を流した意味を、少しだけわかった気がした。
だがその時のことについて、アスプロビットに聞きたかったことがあった。
「その、イレイズルート王は……父は自分を貫いたのがアトラだということを知っていたのか……?」
俺の問いかけに数秒間ほど黙ったウサギもどきは、やがてゆっくりと答え始める。
『……さあ、私にもわからない』
その声は、確実に何かを隠している雰囲気が漂っていた。
『……とにかく、彼女の名前は「イクス」だ。故郷はおそらく旧クリスミナ領に近い西側の国だと言っていたからこのレーヴェからそこまで遠くはない筈だから覚えておくと良い』
身体が動く度に揺れる水面の音だけが響く浴場の静けさを紛らわせる様に、アスプロビットは話を結ぶ。
「あっ、ちょっと待てっ」
『それでは私はまた眠るとするよ』
誤魔化されたまま逃げられそうな雰囲気を察して制止の声を掛けるも間に合わず、予想通りではあったがそのままアスプロビットの声は聞こえなくなってしまった。
「逃げ足の速さはウサギ以上だな……」
黙秘を決め込むウサギもどきへ小さく愚痴を零しながらも、あの様子を見れば聞かれたくない事だったのだろうと思い直す。
父が死んだときに一番近くに居た者だからこそ聞きたかった気持ちもあるのだが、いつか話してくれる時まで待つしかないのかもしれない。
「それにしても、イクスねぇ……」
アスプロビットが語った名前は初めて聞いたものだったが、十将というのであれば期待できる部分も大きい。
「こういう時にあの二人が居ればなぁ」
頭に浮かんだのはエルピネとレウスの顔。誰にも声を掛けられない状況になって漸く落ち着いたのか、考えが浮かぶ程に仲間達の事が気になった。
「生きてはいると思うけど……」
あの時のアトラには全く殺気を感じられなかったので殺されている事は無いと思い込んでいたが、父を殺していることを考えるとやはり不安だ。
ずっと辛そうな顔をしながら兄アトラに剣を振ったレウス、小柄な身体で必死に魔道具を振り回していたカケロス。俺の魔法の師匠でもあり、結晶魔法を相手にして手が出ないことを悔やんでいたエルピネ
自分が水中へと沈む寸前の光景は、未だに瞼の裏に焼き付けられていた。
そして一番頭から離れないのは、最後まで俺に手を伸ばしてくれていた黄金の瞳を持つお姫様の姿。
「無事かな……アイリス」
呟く声は届かないことを理解していても、無意識に口からそんな言葉が出て行っては空気へと消えていった。
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