3-13 突然の……
『……数の上では圧倒的に不利な筈の彼らは、人間と似た身体ではあるものの一つだけ違う点があった。弟が創り出した新たなる人類、その者達は『魔法』と呼ばれる特別な力を使う事が出来たのだ。』
「えっ、魔法が特別?」
この世界の人々は当たり前の様に魔法が使えるのだと思っていたので、記されていたその文章に驚きの声を上げてしまう。
するとリナリアは俺の驚きに心当たりがあったのか、頷きながら答えた。
「そうなの、元々魔法という力は初代クリスミナ王が創り出した人間達は持っていなかったのよ」
「じゃあ……弟の方が戦争に勝ったっていうこと?」
現状の世界を考えると、素質にもよるが訓練さえすれば使えるものだというのが俺の認識だ。
つまりこの世界の人々の先祖は六代目クリスミナ王の弟が創った新人類ということではないのだろうか。
しかしその言葉を、リナリアは首を振って否定する。
そして止まっていた俺の手をページを捲るように促した。
六代目クリスミナ王と、王国始まって以来初の反逆者となったその弟の戦争は熾烈を極めた。
異なる種族同士の戦いに終わりは見えない。
原初の人類は新人類が持つ『魔法』という力に恐怖し、新人類は原初の人類の数の膨大さを恐れた。
姿形は全くと言っても良い程に似ている筈なのに、争いは止まらない。
もうこの戦争は、どちらか一方が根絶やしになるまで続くと思われた。
終結が間近に迫った時、増え続けていた筈の人類はいつの間にかその数を数十人までに減らし、新人類は二十にも満たない数になったとさえ言われている。
このままではどちらの種族も滅んでしまう。
そう考えた二人の王は、遂に長きにわたった戦争を一騎打ちにて終結させることを誓った。
ぶつかりあった二人は三日三晩を戦い続け、その果てに。
弟は死に、兄である六代目が生き残った。
そして勝利はしたものの国というよりは村規模となった人類を見て、また亡骸となった自らの弟の姿を見て、六代目ある事を思いつく。
それは弟が創り出した新人類を国民として迎え入れることだった。
初めは戦争によって双方共に遺恨の残る国民だったが、長きに渡る時間と共に関係は修復されていく。
そうして若い世代が交わり合い、両方の人類の血を継ぐ世代が誕生し始める。
これが、今日まで続く我ら人類の祖先の話であった。
「なるほど……新人類だけが生き残ったんじゃなく、両方の血を継ぐから『魔法』も使えるわけか」
今度こそ正しい理解をした俺の言葉にリナリアは「正解!」という文字を貼り付けたかの様な嬉しそうな笑みで頷いた。
「そういうこと。その時代は極限まで人口が減ったから、生き残るための手段でもあったのでしょうね。今ではどちらか片方だけの血を受け継ぐ者は一人としていないわ」
この世界に降りて来てから一か月程の時間が経過していたが、今日以上にこの世界についての知識を得た日は無いかも知れない。
自らの原点にも大きく関わるということもあるが、異世界の歴史という物を単純に楽しみ始めている自分も心の中に居た。
そんな知的好奇心の
「御二方、そろそろ閉館の時間でございます」
「えっ」
茶色がかったページから声の方向へと視線を向けると、入り口で立っていた職員の男性が直ぐ傍に立っていた。
視界の端に見える窓には、既に藍色となった空が覗き込んでいる。
全く時間を気にしていなかったことに不味いと感じつつも目を合わせると、眼鏡を一度上げる仕草をして彼は言葉を続けた。
「既に普段の閉館時間である六時をとっくに過ぎていますが、あまりにも楽しそうにされていたので少しだけ黙っていました。ですが流石にこれ以上は……」
困った様な表情を浮かべてそう言った男性職員は、怒るどころかとても気を使ってくれていたらしい。
その様子でこちらの申し訳なさがどんどんと増幅されてしまった。
「す、すみませんっ……!」
「ごめんなさい……」
俺の声とほぼ同時にリナリアも謝罪の言葉を口にする。彼女も男性職員の言葉を聞いて同じ気持ちを抱いたのだろう。
直ぐにここを出ようという意図を乗せた視線をリナリアに向けると、彼女も視線の意味を理解したのか軽く頷いた。
棚へと戻すために二冊の本を手にとろうとすると、男性職員は「こちらの方で戻しておきます」とだけ言ってその二冊を回収する。
「あ、ありがとうございます」
俺の言葉に会釈だけ返した彼は、そのまま奥の本棚へと消えていった。そんな男性職員の背中を見送っているとリナリアが声を掛けてくる。
「私達も行きましょう」
「そうだね」
ずっと職員の人を待っている必要もなさそうなので彼女の提案に同意して図書館の外へと足を踏み出す。
暗い幕が下りている空の下では、様々な建物から漏れる光や屋台の照明などが夜のイル・レーヴェという町並みを照らしていた。
異国情緒の溢れる夜景に少しだけ感動していると、リナリアは何かを思い出した様に口を開く。
「そう言えば、夕飯は何処で食べる?」
「え?」
このままセルナの宿に帰るのだと勝手に考えていたので、彼女のその言葉に思わず聞き返してしまった。
するとリナリアは俺が聞き取れなかったのだと思ったらしく、繰り返して口を開く。
「うん? だから夕飯よ、何か食べたいものとかがあれば……」
「ちょっ、ちょっと待って! 夕飯ってセルナの宿で食べるんじゃないの?」
もしかしたらセルナの宿は食事は出しておらず、泊ることしか出来ないのだろうか。
そうだとすればダイドルン帝国の通貨を一枚も持っていない俺は傭兵ギルドで稼がない限り食事も出来ないことになる。
初めにセルナに聞いておけば良かったと自分の無計画さに後悔していると、リナリアは焦る俺の言葉を聞いて苦笑いしながら答えた。
「セルナの所でご飯も出してはくれるのだけど……壊滅的なの」
「……壊滅的?」
料理の話題では中々聞き慣れないその単語に首を傾げるが、彼女は頷いて続ける。
「そう、壊滅的に美味しくないの……」
「えぇ……」
リナリアの憐れむ様な表情で告げられた事実に、俺の口からは困惑の声が漏れた。
それからしばらく町を散策してリナリアが薦めた鶏肉料理の店へと入ってお腹を満たす。
イヴォーク王国に居た時もそうだったが、食文化が前の世界と似通っている為においしい物は本当においしいのでとても助かった。
今日だけ、という条件のもとでリナリアに代金をお世話になり店を出る。
彼女もセルナに用があるとのことなので一緒に宿への帰路についた。
「そういえばこの町って肌の色が濃い人が多いね。この地域特有なのかな?」
すれ違う人々や店の従業員、ギルドマスターと名乗ったユーヴェンなど、出会う人の中で半数以上が褐色や黄色の肌をしているのが気になってリナリアに聞いてみる。
イヴォーク王国を含めた南側諸国では白い肌が大多数だった為に少しだけ親近感も湧いていたし、新鮮にも感じていた。
そんな俺の言葉に少し悩む様子を見せたリナリアだったが、直ぐに答えを返してくる。
「うーん、この地域というかダイドルン帝国領が肌の色が濃い人が多いわね。私の肌はダイドルン帝国生まれにしては珍しいもの」
「なるほど……」
確かにリナリアの肌はとても白い。
透明感という言葉は彼女の為にあるのではないかと思ってしまう程に綺麗な肌は、同時に目を離せば消えてしまうのではという印象を与えていた。
そんな話をしながら歩いていると、いつの間にかセルナの宿の目の前まで来ていたらしい。
空は完全に暗くなっていたが、宿の窓から漏れる光が周囲を照らしている。
木製の引き戸を開けると、看板娘であり店主でもあるセルナが受付で座っている姿が視界に入ってきた。
「いらっしゃー……じゃなくてお帰りなさい! 随分と長い時間を楽しんできたようで……」
彼女は俺達の姿を認識するとわざとらしい笑みを浮かべてそう挑発してくる。
どちらかと言えばリナリアに向けての挑発だろうか。
「ちょっとセルナ! 本当に止めっ……」
「まあまあリナリー、良いじゃない? 独り身同盟の私を裏切ったんだからこのくらい許しなさいよねっ」
「もうっ……」
心なしか少しだけ顔の赤いリナリアが抗議の声を上げようとするが、完全にセルナの手玉に取られていた。
しかし彼女も嫌そうな表情はしていない所を見ると、本当に仲の良い二人のいつもの会話なのだろう。
すると一通りからかい終えたセルナは一息つくと、俺の方を見ながら言った。
「たぶん夕食は食べてきたのよね? それなら一階の奥に浴場があるから使いたかったら是非どうぞ! しばらくリナリアは預かりますのでっ!」
「あ、わかりました。ありがとうございます」
まさか風呂にまで入れるとは思っていなかったので内心かなり喜びながらも、セルナに感謝の言葉を口にする。
だが何故か彼女は不服そうな表情をして言葉を続けた。
「態度が固いよハルカ君! リナリーと同じ感じで話してくれて大丈夫だから」
「……あー、わかったよセルナ。ありがとう」
砕けた口調でそう返すと、セルナは満足そうな表情で黒髪を揺らす。
特にすることも無いので早速彼女の提案に甘えて浴場に行くことにしてリナリアにも別れを告げようとした時、背筋を嫌な緊張が駆け巡る。
突然駆け巡った気配、それは膨大な魔力の反応。
その発生源へと目を向けると、ゆっくりと崩れ落ちるリナリアの姿がそこにはあった。
「リナリーっ!?」
セルナも異変に気付いたのか支えようと身を乗り出すが、カウンターにいるせいで届きそうにない。
咄嗟に魔力を通した足で床を蹴り、リナリアの下がっていく腰に手を回してなんとか支える。
すると彼女は全身の力が抜けている様子で荒い息のまま気を失っていた。
「リナリア! 大丈夫か!?」
鼓動を刻む様なリズムで彼女から広がり続ける魔力に、水色のドレスから見える肌の紅潮はどう考えても普通じゃない。
一体何が起こったのか全くわからず、反応のない彼女を見て焦る気持ちだけが強くなっていく。
だがその状況はセルナの言葉によって解答された。
「あちゃー、いつもの発作かなぁ。ハルカ、ちょっと貴方の部屋まで運んであげてくれる? 私も飲み物とか持って直ぐに行くから」
「いつもの……発作?」
何故か慣れている様子のセルナの言葉に、頭を占める困惑は深まるばかりだった。
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