3-12 クリスミナ創世記


 大陸で暮らしていた一人の超越者は、孤独を紛らわせる為に自らの形を模した種族を作り出した。その種こそが人間であり、誕生の瞬間である。


 しかし唯一その超越者と違ったこと、それは当時の人間が何の力も持たないことだった。


 野性の動物にすら力で劣る人類は知恵こそあれど、生存競争を生き残る事は出来ない。そんな彼らを見た超越者は国家を作り、外敵から身を守る術を教えた。


 その国家の名は、クリスミナ。


 自らをクリスミナと名乗った超越者はその名を冠した王国を作り上げ、人間としての知恵と力を鍛える場とした。


 それから数年のうちに人間は大陸全土へと渡り、鍛え上げた知恵と力で世界中にその勢力圏を拡大する。


 だが人々は決して人同士で争うことはせず、種としての仲間意識からか、絶対的な王が居た為か、時代は平穏そのものだった。


 後にこの時代が、唯一平和だった時代とされている。 


 ある時、超越者は自らの作り上げた人間という種そのものへの期待から、王の座を人間へと譲ろうとした。


 この決断が初代クリスミナ王の唯一にして最たる過ちだった。


 その瞬間、平等だったはずの人間達には誰が上に立つのかを争う感情が芽生えてしまう。仲間だった筈の隣人は、支配するかされるかの敵へと変わる。


 時代は、瞬く間に戦争へと舵を切った。


 これに一番驚いたのは超越者自身だった。平和を愛する筈の自分の子供とも言える人間達は、目の色を変えて殺し合う。


 慌てて超越者が取った行動、それは自らの血を受け継ぐ本当の子を王にすることだった。


 超越者は自ら作り出した人間との間に子を作り、それを次の王にすると宣言する。


 それを聞いた人間達は、途端に戦争を止めた。超越者の力を受け継ぐ子を皆が神の血を引く者だと崇め、頭を垂れる。


 その光景に初代クリスミナ王は安堵した。


 だが一連の出来事は人の心に、争うという感情の種をまく結果となる。


 超越者の死後もクリスミナに仕えていた人間達だったが、この時から人は自らの種族同士で優劣をつけるようになり、様々な集団ができ始めていた。


 しかしそれをクリスミナの王はそれを何ら悪いことだとは思わなかったという。何故ならば競争こそが人間の原動力となることも事実だったからだ。








 そこまで読んでから、俺は本から目を離して一息つく。そんな俺の姿を見てリナリアは少し笑って言った。


「疲れた?」


 可愛らしい動作で首を傾げる淡い青の混じる白髪に視線を奪われながらも、小さく頷いて肯定する。


「まあ、そんなところだね……」


 実際にはクリスミナという名前の重さに心が負担に耐え切れなくなったというのが正しいのだが。


 すると俺の感情を見越してか、相棒は内側から声を掛けてくる。


『だから言ったであろう。クリスミナは世界の王なのだと』


 確かにウラニレオスの言う通り、幾度となく耳にはしていた。


 しかしまさか人間の神とも呼べる存在が初代クリスミナ王で、その血を自分が引いているというのは想像できる筈もないだろう。


「しかも、まだ結構なページ数があるな……」


 今まで読んだ所まででおそらく半分程であり、先の長さにため息が出る。


「疲れてるみたいだし、もう今日はやめておく?」


 リナリアは俺が本を読むことに疲れたと思っているため、心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。だがせっかくここまで読んだのならば最後まで行ってしまおう。


「いや、大丈夫。あと半分くらいだし」


 そう言って俺は、ページをめくった。







 クリスミナの王は初代からその力を自らの体内に宿した結晶で受け継ぎながらも、代替わりする毎にその特徴は大きく変化した。


 初代は命を持つ生物を創り出す能力であったが、二代目は物体に命を宿す能力。三代目は言葉を使わなくても全ての生命と分かり合える力など、彼ら以降もこの能力は変容を続けている。


 そして人の世に大きく変革をもたらす事態の発端になったのは五代目クリスミナの子供が生まれた時だった。


「双子だとっ!? そんな事が許されるはずがっ……!」


 我が子の出産報告を聞いた時の五代目国王の驚き様は多くの文献に記されている。今までクリスミナの名前に集まる影響力を考えた歴代の王達が暗黙の了解として守ってきたこと。


 それは王を継ぐべき者は一人でなければならないというもの、それ以上は血を分散させることにも繋がるからだ。


 だが運命は、兄弟二つの命を世界に授けてしまった。


 双子の王子誕生の報告は一瞬で世界中へと広まり、喜ぶ人間達の手前クリスミナ王は荒い対応する事は出来ない。


 そして彼らは国王の心配を他所に兄弟がすくすくと育っていった。人を集める魅力を持った闊達かったつな兄と、穏やかで物腰の柔らかく兄を慕う弟。


 彼らは幼い頃よりとても仲が良かった為、人々はあまり重く捉えることもなかったのだろう。


 兄が王となり弟がそれを助ける事で王国は更なる発展を得ると誰もが疑わなかった。


 だが彼らの仲は、それぞれに能力が覚醒したことにより引き裂かれてしまう。


 兄が得たのは、従う者の全ての力を増幅する能力。まさしく『王』と呼ぶに相応しい力である。


 そして弟が得たもの、それは新たなる生命を作り出すという超越者たる『初代』に勝るとも劣らない力であった。


 人間達はどちらを王とするべきなのかわからなかった。


 人格と能力ともに王に相応しい兄か、神とも呼べる存在と同じ力を持つ弟か。


 訪れた選択の時に、五代目国王が推薦したのは弟の方だった。


 しかし弟はそれを拒絶し、自ら姿を消した。


 国王が推薦した筈の弟が消えた為に、六代目国王の王冠は兄が受け取ることとなる。そして戴冠たいかんは何の問題もなく行われ、人々は平和に暮らしていた。


 だがそれから数年後、弟は自らが創り出した生命たちと共に再び人間達の前へと現れる。


「私の創り出した者達こそが、完全である。浅ましき失敗作である人間は、ここで消えろ」


 それが弟の人類へ、そして六代目クリスミナ王となった兄への宣戦布告の言葉だった。


 弟の作り上げた人間に似た生物はそれほど数が多かった訳ではない。この戦争は当初、早急に決着するだろうと言われていた。


 しかしその予想は大きく覆ることになる。


 数の上では圧倒的に不利な筈の彼らは、人間と似た身体ではあるものの一つだけ違う点があった。


 弟の創り出した新たなる人類、その者達は『魔法』と呼ばれる力を使う事が出来たのだ。

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