3-9 世界のコト


「思ってたよりも広いなぁ……」


 扉を抜けて室内を見渡すと、落ち着きのある色の木材で作られた内装に気分も穏やかになる。ここなら何も不自由なく休めそうだ。


「リナリアはいつもここに泊ってるの?」


 先程のセルナの口振りからしても定期的に訪れていることは間違いない。そう考えて問いかけてみると、何故か視線を泳がせながらリナリアは口を開いた。


「そ……うよ、かなりの頻度で来てると思う」


「え、でもリナリアはこの町に家があるんじゃないの?」


 彼女はここに住んでいるのだと当然の様に思っていたが、もしかしたら別の町が出身なのだろうか。


 だが彼女は頷いて俺の言葉を肯定した。


「一応、住んではいるんだけど……あんまり帰りたくはないというか……」


 歯切れの悪い言葉で返す彼女の様子を見て、あまり言いたくはない内容かもしれないと察する。


 こんな世界ならば尚更、家庭の事情などは色々と面倒なのかもしれない。


「そ、そういえばっ……まだ昼過ぎだし何処かに出かける? やっておきたい事とかがあればだけど……」


 明らかに話題を逸らしたのが分かったが、特に追及する必要のないことだと考えてリナリアに便乗することにした。


「そうだな……この町に、色んな本とかが読める場所ってある?」


「本?」


 俺がそう聞いたのには理由があった。それは本当に単純な理由で、俺がこの世界のことをあまりにも知らなさすぎるからだ。


 どの場所にどんな国があるのか、魔王とは一体どんなものなのか。


 その歴史や仕組みなど、この世界では一般常識とされることすらもわからないままでは流石にいられないだろう。


 しばらくこの町に滞在するのであれば、そういった知識を身に着ける良い機会だ。


 すると俺の言葉を受けて考える素振りを見せていたリナリアは、何かを思いついたかの様に言った。


「確かイル・レーヴェの町長館に併設されてる無料開放の図書館があった筈だけど……娯楽用の本とかは無いわよ?」


 付け加える言葉で釘を刺すリナリアだったが、むしろ情報を得る上ではありがたい場所の様だ。


「十分だよ、そこに行きたい」


 何の迷いもなく答える俺の言葉に不思議そうな顔をしながらも、リナリアは特に反対することはなく了承してくれた。


「わかったわ、なら私が案内してあげる」


「助かるよ、ありがとう」


 道案内まで買って出てくれる彼女に感謝しながら、部屋に鍵をかけてセルナの宿を一度出ることにする。


 出入口でセルナから「お二人さん、デートですかぁ? アツアツですねぇ」という面倒な絡みを受けるというトラブルもあったが、町に出てからは何事もなく目的の場所に辿り着いた。


「ここが町長館ね」


「……大きいな」


 この世界に来てから見た城以外の建物の中では、町長館と呼ばれる建物は一番大きかった。


 白に近い色で統一された新しい石煉瓦で作られたその建物は外から見ても四か五階程はあるのだろうと予想できる。


 絶えず人が出入りするその建物は、おそらくこの町でも重要な建物なのだろう。


「イル・レーヴェに家や店を持つ場合はここで手続きをしないといけないからね。それに仕事の斡旋や奴隷の貸し出しとかもやってるから、この町の中心でもあるんじゃないかな」


 じっと町長館の入り口を見ていた俺の疑問を察したのか、リナリアが有難いことに丁寧に説明をしてくれる。


「へぇ……なるほどなぁ」


 彼女の言葉に納得して頷いていると、その隣にある二階建て程の建物をリナリアは指し示した。


「あれが図書館よ、行きましょう」


 そう言って歩き始めた彼女についていくと、町長館が隣にあるせいで小さく見えるが通常の一軒家よりも確実に広いその建物が見えてくる。


 同じ色の煉瓦で作られた図書館は大きな二つの木製扉が解放されたままになっていた。


 中に入ると一本道の通路が続いた先で一人の男性職員が立っているのが見える。先に進むリナリアに付いて行くと、彼女はそのまま職員に話しかけた。


「二人です」


 短くそう伝えたリナリアの言葉に、男性はかけた眼鏡を一度持ち上げるような仕草をしてから二枚の紙を取り出した。


「こちらに名前を記入してください。それと住民の方は住民番号を、傭兵ギルドの方は登録番号もお願いいたします」


 表情を変えることなく告げるその男性に促されるままに、俺とリナリアは必要事項を記入して彼に渡す。するとそれを見た職員は顔を上げて言葉を続けた。


「御二方ともギルド員ですね。では確認のためにギルドカードを見せて頂けますか?」


 言われるがままに取り出した銀のプレートを見せると、男性は数秒だけ眺めてから頷く。


「確認しました。ご利用は初めてでしょうか?」


 そう問われたので、リナリアの方を向いて確認する。おそらく彼女は初めてではないだろうと思ったからだ。


 しかし彼女は小さく手で勧める様に動かした。つまり俺が好きに答えても良いという意味だろう。


「あ、俺は初めてです」


 そのまま正直に答えると、男性は静かに了承した。


「それでは簡単な規則だけ、本の持ち出しは原則として禁止です。また破損した場合は弁償が義務付けられています。それと夜の六時には閉館となりますので時間は厳守でお願いします」


「わかりました」


 俺の言葉を聞いた男性は話を終えたと手元で作業を始めたので、リナリアと共に通路を抜ける。


 するとかなりの解放感がある中の景色が視界に飛び込んでくる。


 二階部分まで吹き抜けになっている正面には本を読むための長机と椅子がいくつも並べられたスペースがあり、その奥には幾つもの棚が無駄のない配置で並んでいた。


 二階は広さこそ一階の半分程ではあるものの、階段の先には同じ様に本棚がびっしりと配置されている。


「すごいな、思ってたより……」


 想像を軽く超えてきた図書館の規模に驚いていると、リナリアが抑えた大きさの声で話しかけてくる。


「それで、何か調べたいことでもあるの?」


 その問いかけに、どう答えれば良いのかを悩む。国同士の関係やこの世界の歴史、地理などの知りたい事が多すぎるのだ。


「うーん……何というか、世界のこと?」


「世界のコト……ってどういう意味?」


 俺の曖昧な言葉に首を傾げるリナリアだが、世界のことが知りたいと言われても意味がわからないのも当たり前だ。


 しかし彼女に俺がこの世界に来た経緯を話しても良いのだろうか。


 そんな考えに頭を悩ませていると、俺の様子を不思議に思ったのかリナリアはその透明感のあり過ぎる瞳で目線を合わせてきた。


 彼女と視線が交差した瞬間、悩むことが馬鹿らしくなってしまう。


 ここまで助けてくれておいて、疑うなどという選択肢は存在しないだろう。そう思ったと同時に自然と笑みすら浮かんでくる。


 だからこそ俺は自分の事を隠すのはやめることにした。


「実は俺、この世界の人じゃないんだ」


「ふぇ?」


 リナリアは俺の言葉を聞いた瞬間、口を開けて呆けていた。

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