3-10 記された王国の場所
「うーん、なるほどね……でも何だか納得しちゃったわ。だってハルカは普通の人にしては色々とおかし過ぎるもの」
図書館に備え付けられた読書スペースの一角に座りながら、リナリアにこの世界に来てからの事を話していた。
だが一部分、クリスミナの血を引くということだけを除いて。
初めは全てを話すつもりだったのだが、俺の頭の中でウラニレオスが待ったをかけたのだ。
もう結晶魔法を数回は見られているので別に良いだろうと反論しようとしたが、『理由は後で話す』とのことだったのでとりあえずは黙っていることする。
「はは……納得してもらえて何よりだよ」
若干の後ろめたさは感じつつも、特に怪しまれることもなさそうだったので安堵した。
するとリナリアはおもむろに席を立って口を開く。
「だからこの世界について殆ど何も知らないのね……なら、必要そうな本を持ってくるからここで待っていて」
「えっ、手伝うよ」
「いいから、座ってて!」
並んでいる本はどれも重そうだったので手伝おうと立ち上がるが、その申し出を断って彼女は奥の本棚の方へと消えていった。
リナリアの後ろ姿に感謝の視線を送ってから、俺は席に座り直して小声で相棒へと話しかける。
「……おいレオ、どうして話しちゃいけないんだよ」
先程のクリスミナについて話すことを止めた真意について問いかけると、いつもより真剣な色の声が頭で響いた。
『すまない、もう少し早めに言っておくべきだったのだが、リナリアは結晶魔法の事を気付いていない様子だったのでつい後回しにしてしまったのだ……今後この国で結晶魔法を彼女を含めた誰かに見られるのは、極力避けた方が良い』
「どういうことだ?」
獅子が口にする内容の意図がわからずに聞き返すと、直ぐにウラニレオスは続ける。
『一つは、ここが魔王軍との戦いの前線に近いことだ。戦争の最中であるからこそ、魔王派の者達が数多く潜んでいるだろう。もしそれらの者達が結晶魔法を知っていたら、其方の正体を勘付かれて魔王に伝えられてしまう可能性もある』
「でもそれって……アトラが既に伝えてるんじゃないのか?」
理由はわからないがアトラが魔王軍の幹部である以上、既にクリスミナの生き残りがいると伝えられていると考えるのが妥当だろう。
すると相棒はそれを部分的には肯定しながらも言葉を続けた。
『もしそうだとしても、居場所を知られるよりは良いだろう。まあアトラが魔王に伝えたことで全面戦争を仕掛けてきたらどう転んでも終わりだろうしな』
ウラニレオスは縁起でもないことを口にするが、おそらく事実であることだけは理解出来るので何も言い返せない。
だがそんな俺の様子に構う事なく言葉は重ねられる。
『そしてもう一つは、ここが既に完全な「ダイドルン帝国」の支配地域であることだ』
「えっ? それがどうかしたのか?」
予想外の言葉に意味を考えるが、一向に思い付かなかった。
ダイドルン帝国の支配地域であることがどうして結晶魔法を使えない理由に繋がるのだろうか。
そしてその答えは、俺が知りえるはずのないものだった。
『ダイドルン帝国というのはな……先代のイレイズルートよりも以前から、クリスミナ王国と険悪な関係の国だったのだ。武力による衝突こそなかったものの、覇道を行く帝国にとっては融和の道を取るクリスミナは邪魔だったのだろう』
「そういうことか……って、そんな大事なことならもっと早く言ってくれよ!」
つまりは人間側である筈のこの国でも俺の存在に気付かれれば、帝国に消される可能性だってあるということだろう。
せっかく消えた目障りな国の王族がまだ生きているとなれば、魔王の脅威を前にしても手を取り合えないこんな世界では殺されることも想像に難くない。
『すまない……これは私の
「はぁ……まあ俺もそんな事を考えてなかったからな、レオだけのせいじゃないよ」
『そう言って貰えると私も救われるよ。次からはもっと注意しよう』
自分がいま置かれた状況にため息をつきながらも、これ以上相棒を責める気にもなれなかった。
俺自身、もう少し慎重に行動するべきだったのだろう。
「そういえば……レオって俺の中にずっと存在したんだよな? ダイドルン帝国の情報とかってどうして知ってるんだ?」
ふと湧き出てきた疑問を口にすると、その考えを理解したのか相槌を打ちながら答えた。
『少し前にアスプロビットが起きていた時に聞いたのだ。あまりに色々な事が起こり過ぎて其方に伝えるのを失念していたがな』
あのウサギもどきの管理者であれば、ずっと父に付いていたのだから知っていても当然だろうと納得する。
出来れば直接教えて欲しいところではあるが、殆ど起きていない今の状態では難しいのかもしれない。
そんな考えを頭に巡らせていると、突然耳元で声が聞こえた。
「一人で誰と話してるの?」
「うわぁ!?」
相棒との会話に集中していたせいで大袈裟なまでに驚いた声を上げると、耳元で話しかけたリナリアも驚いている。
だが直ぐにその表情を笑みに変えて、声を殺しながらも笑っていた。
「ふふっ……そんなに驚く?」
「ご、ごめんなさいっ……」
急に恥ずかしくなってしまい即座に謝ると、話題を変える為に彼女が手に持っている二冊の本へと視線を移した。
「そっ、それがこの世界の本?」
明らかに詰まった言い方に無理やり話題を変えたのは一目瞭然だったのだろうが、リナリアは応じてくれた。優しい。
「そうよ、これが大陸の地理で……こっちが世界の歴史ね」
緑の厚紙で覆われた少し薄めの本が大陸の地理についての本で、赤色の表紙が包む分厚い本が世界の歴史を記した本らしい。
どちらも紙に年季が入っているのか茶色に近い色をしていた。
それらを机に置いて隣に座った彼女は、緑の地理についての本を開く。
「先ずはこっちかな……私達のいる大陸の全体図がここに描いてあるの。小さな島国は周りに点在しているけれど、基本的にはこれが世界の全体図ね」
見開きで使われているページに描かれているのは、殆ど
「この大陸の南端から広がる巨大な地域を占めるのが『イヴォーク王国』、ハルカが最初に降り立った国になるわ」
「こういう風になっていたんだなぁ……」
明らかにその周辺の小国家群とは比べ物にならない大きさを誇っている。
俺が滞在していた王都はイヴォーク王国の丁度真ん中に位置する様だ。
「そこからちょっと北西に上ってくると見える三つの丸い地域が『三国連合』ね。イヴォーク王国から北東は幾つか小さな国があるけど、その先は大山脈があるわ。まあこれがイヴォーク王国に魔王軍が責められない大きな理由なの」
リナリアは俺が通ってきた順に説明をしてくれるから本当に有難い。
三国連合のほうへと進んだから知らなかったが、その横には山脈があったらしい。
「なるほど。それで、三国連合を過ぎてから幾つか小さな国家があって……という事は、大陸の西側を占めるこれが?」
「そう、ダイドルン帝国よ。でも少しだけ違うのが、このあたりの小国家はもう殆どダイドルン帝国の支配地域だということね」
その言葉と共に彼女が一括りにした地域を合わせると、イヴォーク王国よりも確実に大きくなっていた。
「凄い大きさだな……」
思わず口から漏れた感想だったが、リナリアはそれに付け加える様に言う。
「でもダイドルン帝国はもう支配地域を広げることは難しいの。イヴォーク王国に近いもの程じゃないけど、帝国の右上にも山脈があってそこが魔王軍と人類との境界線になってるから……三国連合の方に行こうにもイヴォーク王国が出てくるし」
「それは……良い事なのかな?」
帝国が人間国家を次々に侵略していくことには違和感を覚えるが、これ以上は争わなくて済むのならば喜ぶことなのかもしれない。
すると地図のある一点で気になる場所があった。
ダイドルン帝国領の東側、俺達が今いるレーヴェの文字がある。そこから更に東に進み小さな国家を幾つか跨いだ先に巨大な円形の国が記されていた。
大陸の中心部に存在する山脈を切り開いた様な地域だったが、なぜか国名の表示はない。
「これは?」
俺が地図を指し示しながらリナリアへと問いかけると、彼女はその部分を見て難しい顔をしながら言った。
「それが……人類最強の国だった、クリスミナ王国の跡地よ」
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