2-47 Prelude①
「さぁ、闘おうか。呪われた一族の王子よ」
太陽を嫌う漆黒の鎧をまとうその騎士は、矛先を真っ直ぐに俺へと向けた。なぜメーディスを殺したのかという先程の問いには答えるつもりはなさそうだ。
「……何が目的で、こんなことをしている」
警戒を緩めずにそう問いかける。魔王軍最大戦力の四天魔の行動にしては、不可解な事が多すぎたために聞かずにはいられなかったのだ。
すると少しだけ間を置いた黒騎士は、口元だけしか見えない兜の中から笑みを零して答える。
「だから言っているだろう、お前と闘うためだと。誰にも妨げられる事なく、俺達は闘わなければならない定めなのだ」
「何を意味のわからないことをっ……!」
だがもう問答は終わりと槍を振り払う一瞬で暴風を起こした黒魔騎士は、ゆっくりと体勢を低くした。
どうやら本当に衝突は避けられないらしい。
「……レオ、勝てると思うか?」
肩の上の管理者にだけ届く程の小さな声で言うと、厳しい表情のままで獅子は返す。
「良く見積もっても……一割の勝機がある程度だろうな。こちらの全力を出し切る前にエルピネ達が到着するのを祈るしかないか」
「……わかった」
そんなやり取りが終わるのを待っていたとばかりに、黒魔騎士は声を上げる。
「作戦会議は終わったか? ハルカから仕掛けて来ても良いんだぞ」
まるで本当に闘う事が目的だと言わんばかりの様子を見せる男を不審に思いながらも、こちらも構えた。そして今思い付いた時間稼ぎも含めた演出を実行に移す。
「貴方を想定して、作ったものがある」
「ほう?」
喜色を浮かべて当然の様に食いついてきた眼前の騎士に思わず緩みそうになった口元を引き締めて、魔力を練り上げた。
魔力の光が身体の外に浮き始め、足元へと集まる。限界まで収束されたそれは、やがて青く透き通るクリスタルのグリーブとなって顕現した。そしてその光は徐々に身体を這う様に上がっていき、腿、腰、胴回り、手甲と次々に魔結晶が覆って行く。
そして最後に、目線以外の全てを隠す兜が頭の周りを埋め尽くした。
奇しくも色違いの似た姿になってしまうこの魔法に少しだけ苦い笑みを零しながら、指先から紡ぎ出した同色の剣を握りしめる。
「……っつ」
その時、何故か黒魔騎士の動きが一瞬だけ制止した。理由はわからないが、そんな隙を突かない訳にはいかない。
柔らかい土の地面を蹴りつける衝撃で固くして、前へと飛び出した。
「おおおおおおっ!」
接近する一瞬で剣を振り上げ、気合と共に黒騎士の兜に目掛けて一直線に振り下ろす。だが俺の目では追いつけない速さで槍を自分の身体に引き寄せていた黒魔騎士は、持ち手の部分を掲げる形で防いでみせた。
どれだけ力を込めても、結晶の刃で削られる槍は折れそうな気配もない。そして少しだけ、槍に込める男の力が緩んだ様な気がした。
何か来る、そんな直感と共に未来視を起動させる。映る景色に介入してきた未来は、槍を手放した黒魔騎士が体勢を崩した俺に頭に向かって蹴り上げるというもの。
そこで映像を途切れさせる。この男を相手にしている時は長々と未来を視る時間すら与えられないからだ。
槍を手放されるよりも一瞬き早くに振り下ろした剣を引いた俺は上体を少しだけ後ろにずらす。すると目の前に兜を少しだけ削って通り抜ける黒い足が現れた。
「これなら!」
整いきれない体勢であまり有効打にはならないかも知れないが、魔力を集めて上げた足を黒魔騎士の胴に向かって突き放った。
「っ……!」
片足立ちの体勢になっていた黒魔騎士は俺の魔力で強化された脚力によって放たれる蹴りをまともに受ける。しかし少しだけ吹き飛んだ体を空中で立て直して距離を取った。
その鎧に、少しだけ亀裂が入っている。
するとまたしても笑みを浮かべるその男は口を開いた。
「軽傷程度であればそのクリスタルをもって防ぐことで、未来視による行動の最適解の幅を広げた……といったところか?」
黒魔騎士の放つその言葉に、衝撃が走る。
「何故、未来視の事を知っているんだ……貴方には一度も言っていない筈なのに」
だがそれに答えることはなく、目の前の男は言葉を続けた。
「それに身体強化の力強さも上がっている……以前は能力に反して本体が追い付いていなかったが、この数日でも変化する程に鍛えられているのか。本当に期待させてくれるじゃないか、ハルカ」
会話が成立しないこの男の言葉からは、何が目的なのかが本当にわからない。ただ戦うことを楽しんでいるだけなのだろうか。
そんな疑問が、思わず口から漏れる。
「魔王軍の四天魔っていうのは、貴方みたいな戦闘狂ばかりなのか? まるで戦いを楽しんでいる様にしか見えないけど」
するとその言葉に反応したのか、少しだけ首を捻る様子を見せる。そして黒い兜を横に振って否定した。
「違うな、まあ一人はそうかも知れないが……魔人というのは、基本的に人間を圧倒的な力で蹂躙することに楽しみを覚える。だから遊び感覚で戦う事はあっても行為そのものに楽しみを覚えるのは少数派だろう」
言っている事とやっている事が矛盾してないか? と突っ込みたくなるが、続けた黒魔騎士の言葉でその疑問は更に深くなった。
「私がお前と闘うのは運命だ。そして私が楽しんでいるというのであれば、それは闘いそのものではなく……」
言葉と共に振り払った槍に目を奪われていた隙に、亀裂の入っていた筈の黒い鎧はいつの間にか完全に直っている。
「お前の、成長にだ」
そして言葉は離れた位置から聞こえた筈なのに、その黒く染められた姿は目の前にまで急接近していた。
「なんっ……!?」
漏れる声は言葉にすらならなかったが、反射的に未来を見通す。しかしそこに存在したのは。
視界を埋め尽くす程の数だけ同時に放たれた、黒槍による刺突だった。
避けられない。直ぐにそう悟った俺はせめて直接当たるものの数を減らせそうな位置へと身体を滑り込ませる。
そして訪れたのは、一瞬にして無限を感じさせる様な量の衝撃だった。
「があぁぁぁっ!?」
「ハルカっ!」
微かに届くレオの心配の声が聞こえるなか、体は宙を舞う。衝突事故を起こしてもここまで飛ばないだろうという距離を吹き飛ばされた俺は、数秒後に地面と再会した。
連撃によるダメージに着地の衝撃が加わり、胴体を覆う鎧は砕け散る。
「生きているな、まだ立てるか? 怪我は?」
「ああ、鎧でかなり受け止めてたからそんなには……」
相棒の声に答えて起き上がるも、殺し切れなかった衝撃が体に伝わったせいで足がふらつく。
砕けた部分から覗く肌に冷たい感触がある。よく見れば、曇った空の中から雨の雫が落ちてきているらしい。近くを流れる水の音に目を向けると、幅の大きな河が近くを流れていた。
河に雨が落ちる控えめな音が響く中で、土を踏みしめる足音が近づいてくる。
急いで砕けた部分に魔力を流してクリスタルを鎧として再展開した。音の方向へと視線を向けると、手元で器用に黒い槍を回しながら近付く男の姿。
そして黒魔騎士は、小さく呟く。
「やはり、まだ早いか。今はその時ではないな……」
もどかしい様に話すその姿には、何故か悲しみが溢れている様に感じた。
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