2-46 槍
突如として現れた光景に呆気にとられていると、その隙に全てのメーディスは各々が別々の方向へと散らばりながら飛び始めて逃走を開始した。
雲が覆い隠す灰色の空を染め上げるのは、紫の翼。一面に広がる眼前の平原には魔人が空の光を邪魔して作られた影が同じ様に広がっている。
「そんなっ……」
隣からアイリスの絶望に染まる声が聞こえるが、その気持ちは痛い程に理解できる。このメーディスの集団はどれが本物が全く見分けがつかないのだから。
視界いっぱいに広がる魔人が内包する魔力量は、少ないながらも見事に一定。もし微妙な差異があるのだとしても感じ取れるのはロゼリア位のものだろう。
こちらを包囲する様に飛ぶメーディスの笑い声がノード外壁の上空に反響する。
「なんだこの数っ、早く本物を見つけないと……」
焦る気持ちと共に作り出した細長いクリスタルを、槍投げの要領で最も近くにいたメーディスへと飛ばす。跳ね上げられた身体能力から繰り出される
だが魔人の身体は、クリスタルが通り抜けると同時に霧となって消える。
「幻覚……いや、魔人の扱う闇魔法か」
相棒の声がきっかけで以前のオスト戦の事が思い出されていた。前回も危うく逃がす所だったというのに、今回はその規模が比べ物にならない。
すると突然、銀竜はその凶悪なまでに大きい口に濃密な光の魔力を宿した。
『こうなれば町に及ぶ多少の被害は仕方あるまいっ! 全てを焼き尽くすぞ!』
「っ、メビウス待て!」
『他に手段は無いであろう!?』
急いで制止の声を掛けるものの、元より構うつもりがないとばかりにメビウスは返す。
だか本当にそれで良いのか。英雄が使役する銀の竜が人を焼いたとなれば、人々が感じるのは本当に感謝なのだろうか。
違う、それを尊い犠牲だと考えるのは全体を見れる人だけだ。自らの家族を殺された者達はその憎しみを魔人では無くアイリスに向ける可能性だってある。
そんな考えが頭を駆け巡った時、俺はメビウスから飛び降りた。
「ハルカっ!?」
アイリスの焦る声が聞こえるが今だけは耳に届いていない事にする。そのまま落下してノードの外壁へと着地した。
ありったけの声で、両翼を広げる竜へと叫ぶ。
「町に及ぶものは全て俺が砕いて見せるっ! やるからには確実に全てを倒してくれ!」
『……良いだろう、耐えて見せろ!』
メビウスの返答は納得したというよりは問答を諦めたという様な雰囲気を持っていたが、時間をかける程に魔人はその距離を離していくから仕方の無いことだろう。そうすれば余計に被害が膨らんでしまう。
直ぐにもう一度魔力を収束させて上空からの脅威に備えて待つ。
「ハルカ、メビウスのヤツは現時点でかなり本気の攻撃をするつもりらしい。出来るだけ広範囲を魔力で覆い隠す様に放て」
「わかった……レオも手伝ってくれないか? 魔力を放つ事だけに意識を集中させたい」
「もちろん手伝うとも、元よりそのつもりだから安心しろ」
最近は本当に意思の疎通が出来る様になった肩の上サイズの獅子に頼もしさを感じて少し笑いながらも、集めた力を更に膨らませていく。
『やるぞっ、構えてお……』
だがその時、メビウスはその巨体を急停止させた。
突然の事態に訝しんで思わず空を見上げると、銀竜の小さな声が微かに聞こえてくる。
『馬鹿な……門が、破壊された。たかが槍一つで……契約門を、壊すだと』
そしてその姿は光の粒子となって淡く空へと消えていった。すると当然だが、背に乗っていた者も落下を始める。
「アイリスっ!」
ため込んだ魔力を脚力の方へと流し込み、真上へと跳びあがる。
「っ、ハルカ」
上空で重力に段々と引きずり降ろされていたアイリスは俺の姿を見て声を上げる。
こちらに向けて手を伸ばす彼女をなるべく負担のかからない様に抱き留めると、もう一度外壁へと降り立った。
「何が起こったの? メビウスは?」
袖を握りしめる彼女をゆっくりと降ろすと、眉に自然と力が入っている表情でアイリスは答える。
「たぶん召喚と同時に作ったメビウスと世界繋ぐ門が破壊されたのだと思うの。これでしばらくの間、メビウスを喚ぶことは出来ない……」
「そんなこと、一体誰が……」
「わからない……ロゼが見ていてくれていた筈だけど、そこまで簡単に壊されるものでもないから」
この状況から察するに、ロゼリア達の方でも何かあったのだろう。だがそんな心配もしている暇がないというウラニレオスの声が聞こえた。
「もうかなり散らばっている……どうするのだ?」
その声に視線を前に向けると、あれほど視界全体を覆っていたメーディスの姿がかなり離れて
「どうするって言っても、これは……」
どうしようもない。
いくら頭を回そうにも俺達の持つ対抗策が無さ過ぎる。
あの時少しだけ待ってエルピネを連れてくれば全てを焼き払ってくれたのだろうか、ロゼリアがいれば本物がわかったのだろうか。
手遅れな選択肢を考えて後悔する事しかもう自分に出来る事は残されていない。
魔人の哄笑が、辺り一面に響き渡る。その声が耳を侵食してくる毎に、軋ませる歯に力が入った。
その時、視界の端に奇妙な物が映り込む。
片翼を羽ばたかせるメーディスの群れが飛ぶ更に上、まるで雲を裂いて出てきた様な一本の黒い物体が一筋の線にすら見える速度で地上に落下する。
物体は、魔人の群れの中に存在する一体を打ち抜いた。
瞬間、辺りを埋め尽くすメーディスの魔力を持った幻覚は跡形もなく消え去る。そして貫かれた物体ごと、一体の魔人は地面へと縫い付けられた。
突然訪れた状況の急激な変化に、頭は理解するのを拒否している。
「えっ、一体何が起こったの……?」
「メーディスが……倒されたのか?」
アイリスの唖然とした呟きにまともに答える事すらもままならない。しかし黒い物体の現れた雲の裂け目から落ちてきたもう一つの影に、心が激しく揺れ動かされた。
「アイリス……出来れば、レウス達を呼んできて」
そんな言葉を残して、俺は外壁を飛び降りる。自分でも説明不足だとは思うが事態が事態なので仕方がないと思い直した。
「待って、どうしたのっ! ハルカ!」
心配する声に後で必ず謝ろうと心に決めながら、降り立った大地を疾走する。風を斬って地を蹴り飛ばしていると、草原に寂しく存在する二つの影が迫ってきた。
そして影の姿が段々と鮮明に瞳に映り始める。
「っ……!」
広がる光景に息が詰まりながらも走り続けると、やがて声が聞こえてきた。それは黒い槍に深々と心臓付近を貫かれ、力なく地面にもたれかかっているメーディスの声。
「なん……っで、貴方様が……?」
彼女が目を向けて問いかけた先にいる人物は、答えることはない。やがて俺が到着した時、すでにメーディスの瞳に生気は消滅していた。
そしてもう一人の人物は、メーディスとは会話する気が無いという様子を作っていた筈なのに俺の姿を見て口を開いた。
「思ったより……早かったな、ハルカ」
「なぜ味方を……殺したんだ、黒魔騎士」
柔らかさすら覚える声で話しかけるその男に、強い口調で言葉を返す。いや違う、強い口調ではなく勝手に頭が黒魔騎士に対して緊張しているのだろう。
太陽を嫌う漆黒の鎧をまとうその騎士は、魔人の身体からぞんざいに引き抜いた槍を払うと俺に向けた。
「さぁ、闘おうか。呪われた一族の王子よ」
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