2-34 救出劇・前


[視点:ネロ]



 連合会議場を抜け出した俺は直ぐに目的の場所へと走る。自分の手のひらに握る一枚の紙切れは兄であるレフコから渡されたものだった。


 そこに記されていたのは急いでいたと分かる様な殴り書きの文章。


『スーゴから連絡アリ。地下にある魔王派のアジトに監禁されている実行犯の家族を守っていた紫の巨人が今はいないらしい。会議にヴェルの意識が注目している間に救出せよ。成功すれば直ぐに衆人環視のこの場で罪を暴く』


 スーゴとは確か、この前にレフコの部屋を訪ねた時に外にいた部下の名前だったはず。


 レフコは実行犯の家族が捕らわれている場所を掴んではいたものの、そこに踏み込んだ部隊は全滅したと言っていた。しかしそれからずっと部下に監視を続けさせていた今日、何故か紫の巨人は忽然と姿を消したらしい。


 消えた理由はわからないが訪れたこの機会を逃すともう次があるかはわからない。だからこそ、レフコは目立たない最小人数かつ魔王派を相手にできるに頼んだ。


 今度こそ、正しく魔王派を狩ることができる俺達に。


 王都の路地を抜けて人気のあまりない隅の住宅街を進んでいくと指定された場所が見えてくる。同時に、待機していた者達の姿も視界に入った。


 そのほぼ全員が顔に黒い布を巻いているので、こんな場所でなければ怪しまれて直ぐに通報されたであろうが。


「ギルメ! 揃ってるか?」


 その中でも一際図体の大きい焦げ茶色の髪を布からはみ出させた大男に声を掛ける。すると向こうも俺に気付いた様で、豪快な笑みと共に手を振って応えた。


「殿下!」


 ギルメの声で回りの者達も俺に気付いた様だ。同じ様に手を振る彼らの元へと駆け寄ると、全員が一斉に礼の姿勢を取る。


 彼らは俺と一緒に魔王派を狩っていた部下であり、イヴォーク王国の辺境でハルカ達と出会ったあとに別行動をとっていた者達だ。少し遅れてだが、どうやら無事にマグダートに辿り着いたらしい。


 彼らを代表してギルメが話す。


「第三王子直属部隊、全員無事にただいま戻りました。スーゴ様より次の任務の内容は聞いております。どうか指示を」


 その言葉と共に、少し離れた所にもたれかかっていた一人の人物が歩み寄ってくる。地面を引きずる程に長いローブを身に纏ったその男は、前に流れる青い髪のせいで瞳が見えない。年齢すら掴めそうにない男の方には、白い鳥が乗っていた。


「お前が、スーゴで合っているか?」


 声を掛けると、小さく礼を取って彼は言った。


「そうです、直接会うのは初めてですね。私はレフコ様に仕えておりますスーゴという者です。お見知り置きを」


「ああ、よろしくな。それじゃあ早速行くか……」


 そうしてスーゴに案内された場所にあったのは一軒の古い民家で、使われていないのが直ぐにでもわかる場所だった。はじめに地下という事を教えられていなければ絶対に信じられなかっただろう。


 そこに足音を立てずに入っていくと、床の中心部に大きな扉が直ぐに見えた。いかにも怪しい場所ですよと教えている様で思わず笑ってしまう。


 ずっと探していた魔王派のアジトが、こんなにも分かりやすかったとは。


 するとスーゴが静かに忠告してくる。


「私も少しは戦えますが、ここはマグダート王国の魔王派の本拠地とも呼べる場所です。あまり無理はなさらない様に……」


 だがその言葉に、俺は頬を吊り上げた。


「わかってるさ、だからこそ兄上は俺達を使うんだよ」


「殿下、これを……」


 そしてギルメから差し出された認識阻害用の黒い布を受け取ると、もはや慣れた動作で顔に巻き付けた。


「さあ、久しぶりのお仕事だ。そういえば巨人がいなくなったのは何故わかったんだ?」


 扉を静かに開けようとしていたスーゴに問いかけると、肩に乗る鳥を見せて答える。


「私の一族は特異魔法の使い手でして、この様に任意の生き物を操る事が出来るのです。この中の情報も、地下にいた小動物の力を借りました」


「なるほどねぇ……」


 素直に感心した声を上げていると、スーゴが付け加える様に言う。


「おそらく百は下らない人数が潜んでいる事に加えて、人質が捕らわれている場所は最深部に近い場所なので衝突は避けられないかと」


 その言葉を受けてこちら側の人数を数えてみる。スーゴを除けば丁度二十五人だった。


「……お前達、少しいいか?」


 部隊の中で直ぐ近くにいた三人を招く。


「お前達はここで待機だ。地下から出てくる者、この建物に入った者、全て確実に仕留めろ」


「了解です!」


 俺の言葉に声を揃えて返した彼らに笑いかける。そして指示を待っていたスーゴに向けて小さく頷くと、彼は地下への扉を開けた。










 階段を下りた先に繋がっていたのは長く続く薄暗い廊下だった。等間隔に灯を付けるところがあるものの、滴り落ちる水滴のせいか殆どが消えている。


 魔王派というのは何処も同じなのか、薄暗い湿った場所がどうやらお好きなようだ。


 懐の内側に忍ばせた愛用の短剣を抜くと、脱力した姿勢で構えながら歩き続ける。すると横に分かれ道の様な物が見えてきた。


 スーゴに目を向けると、彼は小さく首を横に振る。どうやらその道は目的と繋がる道ではない様だ。


 それを通り過ぎる時、俺は短剣を持たない手を広げて少しだけ上げた。そして横の道を指し示す。


 俺の仕草を見た後ろの部下達は言葉を使わずに丁度五人が横の道へと入っていった。これは魔王派の潜伏する場所に攻め入る事の多かった俺達が声を出さずに意思疎通を行うために使っているサインだ。


 見逃した魔王派の者達に背後を取られることを防ぐために、抜け道一つ油断するつもりはない。


 しばらく一本道が続いていた所で、前方から何やら少しの明かりと共に声が聞こえてきた。どうやら魔王派の連中らしい。


 見渡す限り分かれ道はない、どうやらここで衝突は避けられない様だ。


 向こうはまだこちらに気付いていない様で、呑気に話しながら歩いてくる。


「しかし、何であの女と子供を早く殺さないんですかねぇ」

「馬鹿、それをしたら自棄やけを起こしたあの男が本当の事を証言しちまうだろうが」


 都合よく、魔王派の連中は実行犯の家族を捕えているという事を話してくれる。どうやらまだ無事らしい。


 しかし随分と、この国で反吐が出る会話をしてくれるものだ。


 いつもなら頭に上った怒りに任せて突っ込んでも良い所だが、そこまで愚かな事はしない。確実に魔王派を葬る為に、今回は感情を殺す。


 こちらを見ていたギルメとアイコンタクトを取った後、俺は小さく魔力を練り上げる。魔王派の連中に魔法を扱えるものは少数派だろうから感知される心配はあまりないのだが、念には念を入れておくべきだ。


 少量の魔力を属性変化で水魔法に変えると、薄暗い通路を壁に沿わせて流し続ける。幸い水滴が滴る程に湿度が高いこの場所では、違和感を持たれることもないだろう。


 そして前から来る男達との距離が段々と縮まり、ついにその手に持つ明かりが俺達の姿を照らし始める。


「全く、お前はもう少し頭を使って……待て、お前達一体っ」


 そのうち一人の男が俺達に気付いて声を上げようとした瞬間、俺は発動していた水魔法を使った。


 弾ける水の音と共に、男達の背後に強烈な水圧で通路をふさぐ壁が姿を現す。生身の人が通れない程の水圧で突然逃げ道を塞がれた男達は、視線を俺達から外した。


 その瞬間、俺とギルメは地面を蹴って男達に急接近する。魔力によって強化された脚力から出される速度に反応できていなかった彼らは隙だらけだった。


「よう」


 自分でもここまで低い声が出るのかと驚いた囁きを男の耳に届けると、その恐怖の顔を貼り付けたままその男の命を手に持つ短剣が刈り取った。隣にいた男もギルメが一撃のうちに地獄へと落としている。


 水の壁を解除して一息つくが、この男達の強さを考えると下っ端もいいところだろう。


 小さくギルメと拳を合わせた俺は、再び薄暗い通路を進み始めた。



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