2-35 救出劇・中


[視点:ネロ]



 俺達は地下を進み続けながらも、出会った魔王派の連中を確実に仕留め続けていた。脇道にいた者も全て狩った事を考えると既に半数程は倒したと考えても良さそうだ。


 対してこちらは怪我人が二人後退したが命を落とす程のものではない筈。それを含めても今のところは大勝利だろう。


 しかし俺の頭に残るある違和感は拭えそうになかった。


 いくら何でも、弱すぎる。


 俺達がどれだけ慣れていたとしても、こんな被害で済んでいるのは初めてだ。その理由も、ここにいる連中が大した力量の者達ではないからと考えて間違いない。


 ガイルを筆頭とした幹部が、本拠地に一人もいないという事があり得るのだろうか。


 いくら考えても答えの出ない悩みに頭を占領されていた時、ふと少し先の出口から光が漏れているのに気付いた。近付くにつれ、騒ぐ者達の喧騒も聞こえてくる。


 後ろに続く部隊を手で制して単身でその光の方に向かった。


 向こう側から辛うじて見えない位置でその中を覗き込むと、そこは何やら集会場の様な場所だった。騒ぎながら酒を浴びている者もいれば湿った地面に顔を擦りつけて眠っている者までいる。


 無防備にも程があるだろうと言いたくなる光景に頭を痛めながらも部屋の構造を確かめていく。出入口は俺がいるこの場所と、丁度その反対側にあるものだけのようだ。


 見渡す限りでは人質になっていそうな人物がこの集会場にいないことからも、この部屋を抜けた先にいると考えて間違いないだろう。


 そんな事を考えながら観察していると、部屋の隅に一人だけ顔を知っている人物がいた。名前は忘れたが深紅のバンダナで髪の無い頭を覆った人相の悪い男は、間違いなく幹部の一人だ。


 あいつに聞き出せばこの不可解な状況の説明が得られるかもしれないと、第一目標を赤バンダナと定める。


 しかしなんにせよこの場を制圧してからだと思い直し、一度後ろに下がった。





「……殿下、どうでした?」


 待機していた部隊の所まで戻ると、ギルメが限界にまで潜めた声で問いかけてくる。その音量に合わせる様に出来るだけ小さい声で答えた。


「数は五十程だが、殆ど無防備だ。武器すら持っていない者もいるから制圧は容易だろうな」


 俺の潜めた声をなるべく聴こうと全員が距離を詰めて耳を澄ませている。後ろにいて聞こえていないであろう者達もいたが、誰かが後で伝えるだろうと気にせず話を続けた。


「出口はこっちを含めて一つしかない、向こうを俺の水魔法の壁で塞いだ瞬間に奇襲する」


 もしこちらが手間取っている間に人質に何かをされればこちらの負けだと考えると、逃げ場を無くすことは必須だ。しかし連中と戦いながら魔法も維持する事を考えると、余裕のある俺が適任だろう。


「そして幹部が一人、奥にいる赤いバンダナを頭に巻いた男だ。聞きたい事もあるから俺が相手をするつもりだが、一つだけ注意をして欲しい」


 赤いバンダナの男の強さが分からない以上、大袈裟に考えておくべきだ。


「幹部の男の相手をしながら水の壁を維持するとなればあまり援護は出来そうにない。だから他の連中の相手は完全にお前達に任せることになるが……」


 大丈夫そうか? と言いかけたところで、食い気味に力強く頷いた彼らの顔を見てその言葉は必要ないのだと判断した。


「じゃあ直ぐ手前まで詰めるぞ……」


 俺の言葉を合図に全員が入り口の直ぐ傍まで移動したのを確認すると、俺は魔法を発動した。


 今度は直接魔力を飛ばして一気に壁を作り出す準備を完了させる。するとそこで予想だにしていなかった事が起こった。


「おい誰だー、魔法なんか使ってるやつはぁ」


「っ!」


 赤いバンダナの男がこちらの想像よりもかなり勘が鋭いらしく、魔力の気配に気付いた様だ。唯一の救いは酔っているせいか自分の仲間が使ったと思い込んでいることだろうか。


 俺達の事に気付く前に発動してしまうか。そう考えて思い切り魔力を爆発させようとすると、突然肩に掛けられた手の圧力によってそれは止められる。


「なっ……」


 思わず大きな声が出そうになった俺の口をもう片方の手で防いだその人物はスーゴだった。彼は最小限の音量で囁くように言う。


「ネロ殿下、まだです。あともう少しだけ待って下さい」


 こんな場面で待てと言われて素直に待てる訳がないのだが、その青い髪の中に一瞬だけ見えた灰色の瞳を見て思わず黙ってしまった。


 まるで何も見ていないかの様に光を映さない瞳には、小さな魔力の気配がした。


「向こう側の『彼』に教えてもらっているんです……もう少しで通り過ぎる」


 そう続けたスーゴの言葉に、彼こ特異魔法を思い出して理解する。


 できればその内容を詳しく話して欲しいのだが、兄の部下であるこの男を信用しないという選択肢はないのだ。


 焦る気持ちを何とか抑え、失敗しない様に魔法の発動に専念する。

 

「もう少し……あと数秒」


 スーゴの声を待つその数秒が何分にも感じられる緊張の中で、高鳴る心臓の音だけが聞こえていた。向こうから聞こえる騒ぎ声の一字一句が意識を張り詰めさせる。


「……今です」


 その言葉が耳に届いたその瞬間に爆発させた魔力は、待ってましたとばかりに向こうの出口に水の龍を迸らせる。上る龍は形を変えて全てを弾き飛ばす水流の壁となった。


「なっ、なんだこれ!」

「おい通れなくなったぞ!」


 水圧によって削れる壁の音に驚いた男達の声が響き、その騒ぎは彼らの仲間にまで伝播する。それを静かに見ていたスーゴは先程の時間の種明かしをした。


「向こうの通路にいた私の協力者から、見張りの男達が出てくるという情報を得たのです。つまり彼らは完全に人質と切り離された状態になりました」


「つまり……この場所を制圧すれば目的達成っていうことだな」


 スーゴのお陰で作り出された思いもよらぬ状況に自然と笑みがこぼれる。


「お前達落ち着けっ! 今のは明らかに魔法の……」


 しかし叫ぶ赤いバンダナの男の声に、あまりゆっくりと構えていられない事を思い直した。


 短剣を上へと掲げて後ろの味方に合図をする。そして息を大きく吸い込むと、国を蝕み続けた魔王派へと今までため込んだ怒りを乗せて叫び放った。


「突撃いいいいいッ!」

「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」


 雄叫びを上げて突然飛び出した俺達の姿を見た魔王派の連中は驚愕に顔を歪めるも、直ぐには動けないでいる。


「なっなんだこいつら!」

「黒い布を被った賊の様な風体……こいつら俺達の仲間を狩ってるとかいうあの……」


 魔王派の連中をずっと狩り続けていたせいか、彼らの中でも有名人らしい。だからといって俺達のやることは何も変わらないのだが。


「今のうちに数を減らせっ! 所詮は烏合の衆だ!」


 味方を鼓舞しながら、立ち塞がる者達を一太刀のうちに斬り伏せる。そのまま一直線に赤いバンダナの男へと急接近して勢いを乗せた短剣を振るった。


「くっそ、調子に乗るなよっ!」


 男はそんな声を出しながらも、腰から素早く抜いた曲刀によって俺の斬撃を弾いてみせる。


 敵ながら感心する程に器用な動作で構えた男は、赤いバンダナを風に揺らしながら曲刀を横に薙いだ。


「おおお危ねえええ!!」


 上着の繊維を容赦なく切り裂いたその刃は、体を少し引いたお陰か肌を撫でるだけに留まって通り過ぎていく。


 しかしただで引く訳ではない。倒れ込む様に後ろに転がると、足元へと魔力を集めてる。


 そのまま水属性へと変質させると、地面から吹き上がる強烈な水柱を赤バンダナの男へと叩き込む。


「なんだとっ……」


 曲刀を振るった後で重心が前に傾いている時に突き上げる様に現れた水柱は、赤いバンダナ男の体勢を崩すには十分な威力を持っていた。


 直ぐに自分の体勢を整え、その崩れた姿勢の上半身に蹴りを放つ。


「っ……この餓鬼が」


 悪態をつきながらも硬い地面へと顔面で挨拶した赤バンダナの男は、隙を与えないようにするためか直ぐに体を起こす。


 男は汚れて目に被ったバンダナを取って捨てると、俺を睨みつけながら言った。


「変則的な水属性の魔法に、その身のこなし。お前がネロだな?」


 突然自分の名前を言い当てられた事には少しだけ驚いたが、魔王派の連中にバレた所で何の問題もない。


 内心の余裕を誇示する様に、口角を上げて答える。


「兄上にでも聞いたか? どれだけ癒着してるんだよお前達」


 だが俺の挑発には絶対乗らないと言わんばかりに男は話を続けた。


「お前は陛下の弟だろう? 陛下は俺達を必要としているんだ。お前も陛下と手を取り合って魔王の為に国を良くしようとは思わないか?」


 そして何を言い出すかと思えば、あまつさえ国を語るとは。


「それは笑えねえな、本当に」


 よくもここまで俺の逆鱗に触れるものだと感心すら覚える。


 俺は一気に全力の魔力を解き放った。


 体を中心として解放させた魔力の奔流は、巨大な水の龍の顎となって男に襲いかかる。


「あああああああっ!?」


 珍しい叫び声を上げる男を捕まえた水龍は、そのままの勢いで壁に叩き付けた。


 聞きたいこともあったから生かしておきたいが、もしかしたら死んだかもしれない。まあどちらでも良いか。


 しかし悪運が強いのか当たり所が良かったのか、壁に張り付いた男は辛うじて意識がある様だった。


 だが先程の言葉は見逃せない。


「国を語るには、お前達は役不足だろう」

 

 おそらく聞こえていないであろう男に言い放つと、そのまま気絶したらしい。呆気なく終わった戦いに肩透かしを食らった気分だった。


「さて……手伝いますか」


 俺はそのままギルメ達の援護へと加わる。それから十分程で、マグダート王国の魔王派の本拠地は制圧が完了した。

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