2-26 特異、即ち未知


「ではここから、召喚や結晶といったこの属性球体には含まれない魔法……『特異魔法』について話すとしようか」


 そう前置きしたエルピネの続く言葉に、思わず身構える。


 しかし彼女はその真剣な表情を崩して笑いながら言い放った。


「これについては、全くわからんのだ」


「……えっ?」


 つい間抜けな声で聞き返してしまったがそれも仕方の無い事だろう。エルピネは申し訳なさそうに笑って続ける。


「現状として確認されている数が少なすぎるのに加えて、それらには共通点が全く無い。唯一魔力を使うという点で魔法には分類されるが、本来はそこに含めて良いのかすらも曖昧だと言える」


 彼女が語った魔法の定義というのは、魔力というエネルギーを放出する際に属性という鍵穴を通すことで事象を引き起こすすべの事。


 しかし特異魔法というのは鍵穴どころか属性の概念すらも超越した埒外の事象を引き起こすものの総称とされるらしい。また、それら一つ一つに何の法則も無いせいで定義のしようがないとのことだった。


「そして特異魔法の生まれる始まりは個人とされる。まあ突然変異の様なものだな」


 加えて特異魔法を持った強力な個人は大多数が国を興すか、国に取り込まれる。それを代々受け継ぐからこそ王族が特異魔法を持つ場合が多いそうだ。


「まあその中でも召喚と結晶は特異の中でも極まって特異だな。召喚については竜の一族がイヴォークの王族を選んでいるからだが、もしそうでなければ理論上は契約すれば誰でも使えるということになる」


「確かに……」


 考えてみればその通りかもしれない。納得の頷きを返すとエルピネは続けた。


「そして結晶魔法は魔力そのものに創造と破壊を働きかける性質を持つ唯一無二の魔法だ。それにイレイズルート様のように使い続ければ『転移』といったまさしく神の力ともいえる魔法も発現するのだから、学者としても今はお手上げだよ」


 両手を軽く上げて揺らしてお手上げのポーズを取ったエルピネはそう言って笑った。


「その力って……俺にもあるのかな?」


 彼女にというよりは俺の中のレオに問いかける様に呟く。すると頭に響く声は少しだけ遅れてやってきた。


『勿論だ、其方の中にも確実に存在する。しかしまだ扱える時期では無いな』


「そうか……」


 レオの言葉に少しだけ肩を落としていると、目の前でエルピネが自分のローブを探る様に動かしているのに気付いた。


 一体何をしているのだろうと見つめていると、彼女が取り出したのは拳ほどの大きさを持った透明な球体だった。


「それは何?」


 球体を机の上に置いたエルピネにそう聞くと、そのうちの一つを持ったエルピネが答えた。


「これは属性判定球だよ。見ていればわかる」


 彼女は持つ手に少しだけ魔力を込める。すると透明な球体の中には静かに燃える赤い火が灯った。


「へぇ……」


 感嘆の声を漏らす俺を見て柔らかい笑みを浮かべた彼女は、その球体を俺に手渡してくる。魔力が流れなくなったせいか中の灯は静かに消えていた。


「結晶魔法の創造と破壊についてはかなり使い分けられる様になっているだろうが、通常の魔法との区別は出来ていないだろう? それの練習も含めてやっておくといい」


 そう話すエルピネは机に置いた別の球体を持ち上げた。


「魔力による身体変化と同じで、何の効果も思い浮かべる必要は無い。ただ体を流れる魔力をこの球体へと移すだけだ」


 そして同じ様に魔力を流し込まれたエルピネの手の球体には、密集する風の渦が発生していた。


 身体にある魔力を手の先へと移し、彼女の動きを真似る様に透明な球体へと流し込む。


「……あれっ?」


 しかし何も起きなかった。


 魔力の流し方を間違えたのだろうか、戸惑って頭を捻っているとエルピネが小さく笑った。


「大丈夫だ、間違っていないよ」


 俺の思考を読み取ったかの様に言ったエルピネは俺が球体に手を重ねた。


 するとその瞬間に火が灯る。


「属性球と言っただろう? つまりハルカに火の適正は無いというだけのことだ」


 その言葉で漸く納得した。エルピネは全て使えるからこそであって、通常は一つの球体にしか反応しないという事なのだろう。


「おっと、これは……」


 ふと聞こえたレウスの声に振り向くと、机に置かれた内の一つの球体を手に取っていた。その球体の中には薄っすらと砂嵐の様なものが見える。


「お前は土属性だと知っているだろう?」


 エルピネがレウスを軽くあしらうと、俺の方に向き直って言った。


「さぁ、他の属性を試してみると良い」



 その言葉に従って次々に魔力を込めて試し続ける。


 変化があったのは四つ目、つまり最後の属性判定球だった。


 魔力を流し込んだ時点で今までと違う感触がわかる。込めた魔力が形を変えて透明な球体へと吸収されていき、その姿を現す。


「これは……」


「成程……ハルカ様の属性はこれだったのですね」


 俺の呟く声にレウスが少し嬉しそうな、それでいて懐かしむ様な声色で返してきた。自分自身、新たな魔法の形に気分が高揚しているのがわかる。


 するとエルピネも何かを思い出す様に言った。


「ハルカの属性は……『水』か。本当にあの人に良く似ている」


 透明な球体の中には、流れ続ける水が回っていた。

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