2-25 魔の理


「しかし……短い時間で教え切れるものではないぞ?」


 エルピネが確認をする様に聞いたそう聞いてくる。しかしそれは、自分自身でも理解していることだった。


「わかってる。それでも良いんだ」


 彼女の目を真っ直ぐに見てもう一度頼み込む。


 するとその緑の瞳が小さく揺れたかと思うと、彼女は少し経ってからまた温かい笑みに戻った。


「そうか……私が断る理由も無いな」


 エルピネはふと、何かを思いついた様な表情をする。


「それならば、この待っている時間に少しだけ魔法というものの概念について教えておくとしようか。無駄にするよりも頭を動かした方が良いだろう」


 そして立ち上がった彼女はイゴスの部屋を物色してから紙と鉛筆の様な物を持って帰ってきた。その用途が分からずに不思議そうな顔をしていた俺を見て、エルピネはいつもの片頬を上げた笑みを浮かべる。


「まあ少し待っていろ、直ぐに説明してやる」


 彼女はそのまま机に置いた少し茶色がかった紙に何かを書き始めた。覗き込むと何か球体の様な物が描かれているのがわかる。


 不意に正面へと目を向けると、同じようにレウスも身を乗り出して紙を覗き込んでいた。するとその額に鉛筆が飛来する。


「痛っ!?」


「影になって見えんだろうが馬鹿者め……お前は教えた所で理解しようとせんかっただろう」


 鉛筆の持ち手側の部分でレウスの額を小突いたエルピネは呆れた顔でそう言い放った。


「まあ、それもそうなんだが……」


 その言葉にレウスは反論することも無く、段々とその声は尻すぼみになる。


 いつもの光景を苦笑いで見ていると、エルピネが「出来たぞ」と声を掛けてきた。彼女の言葉と共に俺の正面に差し出された紙を見ると何やら二つの図が描かれていた。


 一つは二次元の円が四分割された絵。そしてもう一つは立体的に描かれた球体の絵だった。


「これは……?」


 描かれた内容の意味が分からずに聞くと、彼女は焦るなと言わんばかりの表情で答える。


「今から説明してやるさ。まず初めに、この円を見ると良い」


 そう言ってエルピネは四分割された円の方を指し示した。そこを注視した時、不意にエルピネが一度指を鳴らした。


 するとその四分割された図の上に、それぞれ四種類の魔法が形作られる。


 紙に燃え移らないか心配になる火の玉に、動き続けて保たれた球体の水。小さな粒子を集めて作られた茶色い土の渦に、可視化される程に凝縮された木枯らしの様な風。


 この全てが、小さな魔力を宿していた。


「すごっ……」


「これが基本の四属性だ。火、水、風、土というもので、人によってどれか一つの適正を持つとされている」

 

 俺が思わず漏らした感嘆の声も気にせずにエルピネは話を続ける。しかしその言葉の中には一つだけ気になる事があった。


「えっと、じゃあエルピネは全てに適正を持っているのか? それとも、得意不得意の違いがあるだけ?」


 何気ない質問のつもりだったが、それを聞いてエルピネは笑みを深くする。


「着眼点も素晴らしい、良い質問だな。しかしどちらも不正解だ」


 それを聞いて少し驚く。どちらも違うとなれば他に思い付かず、諦めて白旗を上げた。


 するとエルピネは小さく笑ってから話を続けた。


「正解は、私も同様に適正は一つだ。こんなものはただの子供騙しに過ぎない」


 そこから語られたエルピネの魔法についての話は、俺の想像とは全く違うものだった。


 曰く、属性というのは魔力を放出する時に存在する鍵穴の様なものらしい。


 つまり通常は魔法というものに属性変化を加えた時は、自らの持つ鍵穴に形を固定されてしまう。


 エルピネが様々な属性を使えるのは、彼女が言うには自身の魔力操作によって他属性の鍵穴を無理やり作ったかららしい。そんな離れ業は途轍もない知識と魔力の操作技術を持ってやっと実現できるとのことだった。


 だがそんな彼女をもってしても、属性が違えば一定以上強力な魔法は使えないという。


「私も火の適正を持っているし、このことわりには例外など存在しない。だが全ての魔法使いが使える属性というのが存在する」


 エルピネがそう言って示したのは、隣にあった球体の図だった。


「丁度先程の円が、この球体の真ん中に入るんだ。するとどの属性からも距離が同じ部分が二つあるだろう?」


 先程の円を中心にいれてみると、確かに全ての属性から距離が同じ点が二つあった。それは当然、上と下に存在する球の頂点である。


「このうちの一つ、上の頂点が全ての魔法使いが使える属性が『光』だ。会得は難しいが、各属性よりも遥かに汎用性がある」


 彼女の口から説明される魔力の仕組みに、先程から納得と感心の声しか漏らしていない気がする。だが当然気になるのは反対側の頂点の事だろう。


「この下の頂点、光の反対側ってことはつまり……」


 俺の言葉を、エルピネが頷いて肯定した。


「そう、魔王が作り出したとされる闇属性だ。私達がどれほど研究しようともこの闇属性についてはわからないし、人間が使う事は出来ない。一説によれば、魔王の力を分割したものとさえ言われている」


 苦い顔で言葉を放つエルピネはその顔に悔しさを滲ませていた。彼女をもってしても分からないのであれば、他の誰にも分らないだろう。


 しかし、今はそれよりももっと気にするべき所があった。


「うん……? でもそれなら、結晶魔法とか召喚魔法ってどの属性にも含まれてなくないか?」


 エルピネが描いた球体には確実にそれらの魔法の場所は存在しないだろう。その事を問うと彼女は先程の表情をどこかへと飛ばし、真剣なものへと変えた。


「ハルカにも属性の適正はあるのだがそれは後にして……ここからが本題だな」


 彼女はそのまま少し間を置いてから、ゆっくりと話し始める。


「ではここから、召喚や結晶といったこの属性球体には含まれない魔法……『特異魔法』について話すとしようか」

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