2-24 今更だとしても
イゴスの家で寝ていた部屋から出ると、そこから下へと降りる階段が繋がっていた。おそらく二階は一部屋だけなのだろう。
そのまま降りていくと、温かみのある煉瓦造りの居間の様な部屋が見えてくる。最近は城や豪邸にしか行っていなかったせいで感覚が狂っていたが、少し狭く感じるこのくらいの方が俺にとっては心が落ち着いた。
「ハルカ様、もう起き上がるのは大丈夫そうですか?」
降りてきた俺の姿を見つけたその声はレウスのものだった。その方向に視線を向けると、部屋の中央にある机に備え付けられた椅子でくつろいでいたレウスが立ち上がった姿勢が映る。
その力強い見た目に反した心配症加減には、毎度の事ながら少し笑ってしまった。
「ああ、もう大丈夫だよ。オストの時みたいな身体の痛みは全く残っていないし」
身体の色々な部位をこれでもかという程に動かしても、筋肉痛一つ感じない。以前とはまるで違う回復具合に少しだけ戸惑う。
するとレウスと机を挟んで向かい合っていたエルピネが小さく笑いながら口を開いた。
「ふふっ、少しは私の魔法に感謝してくれても良いのだぞ」
「あ、もしかしてエルピネのお陰なのか?」
エルピネが含みを持たせたその言葉を聞いて、少し間抜けな声を返してしまう。すると俺の様子を見て更に笑みを深くした彼女は頷いて肯定した。
「そうだとも。あの黒魔騎士との戦いであまり良いところを見せられなかったからな……魔将とは名ばかりではないと少し奮発してしまった」
そう快活に笑う彼女と、黒魔騎士の名前が出てきて明らかに一人で落ち込んだレウスの様子があまりにも対照的で苦笑いが抑えきれなかった。
「そういえば……イゴスは?」
ふと、その場にいないイゴスの事が気になって聞いてみた。するとレウスが言う事を忘れていたとばかりに話し始める。
「あいつなら、用事があるといって自分の工場の方へと行きました。それほど時間がかからないのでここで待っていろと」
「なるほど……それなら大人しく待ってた方が良いね」
その言葉に納得すると、エルピネの横にあった空いてある椅子へと座る。すると直ぐにエルピネが話し始めた。
「そういえばハルカ、アスプロビット様の魔法は使えそうなのか? その可否によってはかなり予定が変わってくるんだが……」
エルピネの考えは
「確かにそうだな、聞いてみるから少し待ってくれ……アスト、聴こえてたか?」
改めて考えれば自分の頭の中に話しかけるというのは変でしかないのだろうが、今更気にしていられない。
すると少し間を置いてから声は返ってきた。
『……ああ、聴こえているぞ』
もしかしたら返って来ないのかもという不安もあったせいか、声が聞こえただけでも安堵する。しかしいつまでもそうしてはいられないと思い直して早速本題に入った。
「ここから……インダートの首都ドルアから俺とレウス、エルピネを連れてマグダートの首都まで転移って出来るか?」
そう聞くと、見えない筈なのに唸り声を上げて悩み込むウサギもどきの姿が自然と想像できた気がした。しばらく悩んでいたアストはやがてゆっくりと話し始める。
『マグダートだと王都はノードか……それぐらいの距離ならまあ大丈夫かもしれん』
「本当か!?」
間に合わないと諦めかけていた所で差し込んだ希望に思わず頬が緩みそうになる。しかしそれは続くアストの言葉によって引き締められることになった。
『だが今すぐには無理だ……あと一時間後くらいなら可能だろう。それよりもずっと重要なことがある』
「重要なこと?」
一時間位なら全然許容できる範囲だろうとは思ったが、それよりも重要な事に想像がつかなかったので聞き返す。するといつもより真剣な声色でアストが言葉を放った。
『おそらくマグダートに転移してからしばらくの間、今まで違って私は全く姿を現せなくなる。また四天魔級の相手をする事は中々無いだろうが、助けてやれないというのは頭に入れておいてくれ』
アストの言葉に、自分の心が少し不安に襲われたのが分かる。考えてみればこの世界に転移してからずっと助けてくれていたアストが与える安心感というのは、俺にとってとても大きかったのかもしれない。
「……わかった」
しかし寂しさや不安を感じるからと言って、転移をしませんという考えにはならなかった。
『……では準備が出来てからまた声を掛けることにするぞ』
そう言って消えていったアストの声に、いつもの様に鼻を鳴らして笑っているのが何故か想像できた。
「大丈夫そうか?」
エルピネは話が終わったのを見計らってそう聞いてくる。その言葉に、下向きになりかけた心を無理やり起こして答えた。
「大丈夫だと思う。少し準備に時間がかかるみたいだけど、これでマグダートまで一気に行けそうだ」
「おお、それは良かったですね!」
「そうだな、これで姫たちと合流できるかもしれないな」
そう言って二人は表情を明るくした。しかし俺が話したい事は終わりでは無い。
「エルピネ、頼みがあるんだけど……」
「ん? 私に何の頼みだ?」
今から話すこと、それはこの世界に来てからあまり関心を示さなかった内容だった。今更興味を持つのも変だと思われるかもしれない。
ただ必要になった時に教えてくれる相棒がいて、それに従ってきただけ。
しかしアストに頼れなくなってきていた最近では、受け身のままでは駄目だという思いが強くなってきていた。これを言うとレオが『私がいるだろう!』と怒ってきそうではあるが。
何かを守るために、この世界では自分自身が強くならないといけない。
そのために。
「俺に、魔法を教えてくれないか?」
この世界にのみ存在する魔法という
しかしその理に組み込まれた俺に与えられた力を理解するため、そして自分のものにするため。
だが何よりも、強くなるために必要な事だと思った。
ある意味では、黒魔騎士との戦いで得た敗北は自分にとって何よりも大きな収穫だったのかもしれない。
「あ、ああ。私は全然構わないが……」
そしてあまりにも突然の頼みに、エルピネとレウスは呆然とした表情のまま固まっていた。
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