2-23 マグダート王国:王都ノード
[視点:アイリス]
「ネロ殿下ではありませんか! こんな時に一体どこへ出かけていらしたのですか!?」
マグダート王都の王都ノードへと到着した私達は門を抜けようとした所で早速ネロが門番の兵士につかまってしまった。しかし前の王が亡くなって次の王に変わったという国の一大事にいつまでも帰って来ないとあれば当然かもしれない。
するとネロは今まで見たこともない程に真剣な表情を作って口を開いた。
「実は兄上……いや、ヴェル陛下から極秘の任務を受けていてな。質問は控えてもらえると助かるんだが」
そのあまりにも普段の緩んだ表情と違う顔つきに思わず笑いそうになってしまうがなんとか堪える。しかし中々に上手い言い訳だと感心してしまう。
「っと……これは失礼しました、無礼をお許しください。それで、後ろの二人は?」
兵士はそう言って私とロゼリアの方を見た。その少しでも曖昧にしない所は門番としては素晴らしいが今は全く好ましくない。
情報誌によって顔が広まってしまった今では直ぐに気付かれる可能性もあるので適当な布をフード代わりにして隠しているが、外せと言われたらお終いだった。
だがそれもネロの助け舟によって回避される事になる。
「待つんだ、この二人こそが任務の内容なのだ……他言無用で頼むぞ? 特にこの二人の存在については陛下以外の誰にも言うな」
「わ、わかりました……それではお通り下さい」
許可が下りたのでそのままノードの中へと足を踏み入れると、再び馬車の中に入り込んで一息ついた。ネロは御者席に乗り込んだロゼリアに道の指示を終えると同じように張り詰めていた息を吐く。
「殿下はこういった嘘に慣れているのですね?」
既に先程とは真逆の緩み切った顔になったネロに少しだけからかう意味も含めて言ってみると、苦笑を返してくる。
「まぁ普段から国で大人しくしてる方が珍しいからな。それにああ言っておけばヴェルの手の者にも二人の存在が伝わるのは遅らせれるだろう」
そしてネロは真面目な話をする時の少しだけ引き締めた顔を作ると、話を続けた。
「さて、とりあえずこの馬車ごと一先ずは俺の知り合いがやっている宿屋に向かってもらっている。そこで二人はしばらく外出はせずに待機していてくれ、俺は城の方へと顔を出してくる」
彼の言葉に頷いて納得する。
「私達は会議までの間にしておかなければならない事はありますか?」
そう聞くとネロは頭を悩ませながらしばらく考え込んでいたが、何かを思い付いた様に答え始める。
「とりあえずは俺と合流してからの話になるが……三国連合会議っていうのは重要な提案に対して多数決で決めるんだ。これは王国や共和国関係なく国によって手持ちが三票、合計で九票となるようになっている」
ネロが語り始めたのは会議のシステムの話だった。
三国連合においては各々の国が個別に行動する事は少ない。戦争や経済などほぼ全てを会議において決定し、同時に行動する事が決まりの様なものだ。
だからこそ、たとえヴェルが王になったとしてもマグダートのみで好き放題できない仕組みではあるのだが。
理解しながら頷くと、それを見て彼も話を続ける。
「だがマグダートは三票ともヴェルが握る事になるだろうし、同盟に反対する事は間違いない。そこに俺達が介入する余地は無いが、インダートとウォルダートならば間に合う」
そこでネロが言いたかった意味を理解した。
つまり会議が始まる前に両国の権力者と接触し、イヴォーク王国が提案する同盟に関しての票を動かせという話だ。
「こういうのはあまり褒められた事じゃないのは分かっているが、明確に禁止されている事でもない。事態が事態なだけに綺麗事は無しだ。……それにあいつも父を殺したしな」
少しだけ表情を暗くしたネロだったが、その言葉には少しだけ引っかかる部分があった。
「その事なのですが……まだヴェル陛下が前国王を殺したというのは確定していないのですよね?」
ヴェルが魔王派に何らかの理由で協力しているのはほぼ間違いないとしても、前国王の死とは全く関係ないのだとしたら話が変わってくる。
それこそ他国を説得する時に正義がどちらにあるのかが曖昧であれば、同盟の提案もマグダートの内部争いの一環と受け取られる可能性があった。
そうなった場合にいくらこの提案が利益のある物だとしても、同盟というもの自体が忌避される風潮によって渋られるかもしれない。
この一連の行為を成功させるためには、人間が生き残るために必要な同盟の提案に反対する魔王派の王、という構図を作り出す必要があった。
ネロもそれをわかっているのか、静かに頷いて私の言葉を肯定した。
「俺の中ではほぼ間違いないんだが……アイリス殿下の言いたいことはわかる。要は全員がヴェルを疑う様な確実な材料が欲しいんだろう? だからこそ、俺は城に行くんだ」
そのあまり要領を得ない言葉を受けて、思わず聞き返す。
「城に行けばその、材料というものがあるということですか?」
「いや少し違うな。正確にはそれを持っているであろう人に会いにいくんだ」
ネロはそう言ってたっぷりと時間を置いてから再び口を開いた。
「第二王子、レフコだよ」
「第二王子殿下……ですか? 何故その方が証拠を……」
想像もしていなかった名前に少し驚いた。この旅が始める前はネロともあまり会ったことがなかったが、レフコは身体が弱いという理由であまり表に出なかったので面識はない。
何故そこで名前が出てくるのかと疑問符を浮かべる私の表情を見て、ネロは言葉を続けた。
「兄上……レフコはとても頭が良くてな。体が弱くなければヴェルよりも圧倒的に王に推薦されていただろう。そして最近ヴェルの周りに魔王派の影があると最初に気付いたのもレフコだったんだ」
そこで一呼吸置いたネロの言葉を頭の中で整理しながら納得すると、それを見計らってかネロは口を開く。
「そこから兄上は裏で徹底的にヴェルの事を調べていた。それは兄上の部下と俺だけが知っていたが、俺は突拍子もない話だとあまり信じていなかったんだ。だからヴェルの一声でアイリス殿下達を襲うっていう馬鹿な事をしたんだが……」
自嘲気味にそう漏らしたネロは思考を切り替える様に頭を振った。
「だが今ならレフコの正しさがわかるし、兄上なら証拠を集めているかもしれない。だからそれを確認して帰ってくるまで、アイリス殿下達は待っていてくれ」
覚悟を決めた様な表情を作ったネロの言葉で漸く納得し、ゆっくりと頷いて応えた。
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