2-22 見上げた空は暗い
[視点:アイリス]
「……様、アイリス様! 大丈夫ですか?」
「えっ、ああ、どうしたの?」
ロゼリアの声で惚けていた頭が強引に現実へと戻される。
「どうしたのって、先程からずっと上の空ですよ……ネロ殿下の言葉を聞いていましたか?」
彼女は心配そうな表情のままで私の顔を覗き込んで言った。
私達は今マグダート王国の王都にあと少しという所で休憩をとっていた。そこで確か今後の事について話し合っていたはず。
しかしいつの間にか意識はどこかへと飛んで行っていたらしい。お陰で直前の会話など思い出せそうになかった。
「ごめんなさい……もう一度だけ聞かせて頂いても良いですか?」
完全に私が失礼な事をしてしまったので頭を下げた。すると目の前にいたネロは苦笑しながら口を開いた。
「まぁ気にするなって……俺も心配なのは同じだからよ」
彼はもう見えなくなったインダート共和国の方角を見ながらそう言った。ネロは私が何故話に集中できないのかを理解しているのだろう。
インダート共和国で黒魔騎士に襲われ、置き去りにしてしまったハルカ達。
彼らの事を考える度に何故一緒に戦わなかったのかという後悔が込み上げてくる。しかし同時に、残ったとしても何の役にも立たなかっただろうという気持ちもあった。
するとネロは一度だけ自分の両手を叩くと、話を続け始める。
「でも逃がして貰った分だけ、俺達にしか出来ない事をやるしかないだろう? 大丈夫、猛将に魔将もいるんだから死ぬことはないさ」
持ち前の眩しい笑顔を作るネロ。おそらく彼なりに私を励ましてくれているのだろうと思い、素直に感謝した。
「そうですね……ありがとう。それで先程は一体何を?」
「あーそうだ、それを聞かなきゃいけないんだった。……この前に言っていたフロガ陛下の手紙の内容って教えてもらえたりしないか?」
ネロが出した言葉の意味を直ぐに理解する。確かにヴェル第一王子が信用できない今の状況では、三国連合の会議へと参加するにしても立ち回りを考える必要があった。
「もちろん良いですよ、どうぞ」
二つ返事で了承すると、懐から取り出した封筒をネロへと手渡す。すると彼は直ぐに中の紙を読み始めた。
「……ほうほう……なるほど? ……あーそういう事か」
一行読む度に反応しているのか様々な声を上げていたネロはしばらく経って全てを読み終わると、俯いて大きく息を吐いてから黙り込んだ。
考え事をしているのは目に見えてわかったのでしばらく待っていると、やがて顔を上げたネロはゆっくりと口を開く。
「今の時代では誰もが忌避する事なのに、よく決断したよな……でも自国の姫が英雄となった今が国内の反対も抑えられる絶好の機会か……」
フロガから預かった手紙に書かれていた事、それはイヴォーク王国を中心とした新たなる同盟の枠組みを作る為の提案といった内容だった。
魔王の影響が比較的少ないこの地域、すなわちイヴォーク王国や三国連合、その周辺にある小国家群を巻き込んでの経済的かつ軍事的な同盟。しかし人間同士の国で同盟など結ぼうとするのはこの時代においてかなり異端だと言って良いものだ。
クリスミナ王国が崩壊してから、人間の国同士で同盟はそれこそ星の数程できた。しかしそのどれもが騙し、裏切り、戦争を引き起こす火種となる。魔王の恐怖によって人が選んだのは手を取り合う事ではなく、差し出された叩き落とすことだった。
そして本当に危なくなって漸くまともな同盟が出来たとしても、既に力なく魔王軍に踏み潰されるのみ。
ほぼ半分が魔王によって飲み込まれた今の世界では、同盟を結ぶ事そのものが忌み嫌われる風潮が出来上がっていたのだ。
「しかしフロガ陛下も考えたものだな……無駄に幅を利かせようとする周辺の小国家群はこの地域でも襲われるのだという恐怖と、それを打ち払った国の下に入りたいという気持ちをこの前の魔人のおかげで同時に持ったからほぼ思い通りになるだろう。そうなると……三国連合が同意したら決まりだな」
紙を持ったまま草原に座ったネロは、吹き抜けた気持ちの良い風に目を細めて寝転がった。
「しかも書いてある条件がイヴォークにはあまり得が無くて、困りまくりの三国連合には現状得しかないんだから……父の時だったらすんなり決まったんだろうが、魔王派についたヴェルが国王だからなぁ……」
仰向けに寝た体勢のまま嘆く様にネロは言葉を漏らした。
釣られる様に視線を上に向けると、もう空が少しだけ赤暗く染まってきているのに気付く。
「馬も休憩させられましたし、日が暮れる前にそろそろ出発しましょうか」
すると、ずっと静かに話を聞いていたロゼリアはそう言って立ち上がり、少し離れた場所に停めてあった馬車の方を指差した。
「確かに、日が暮れてからだと魔物も面倒だしな……よし行くかっ」
そんな言葉と共に跳ねる様に飛び起きたネロは歩き始める。しかし直ぐに立ち止まって言い忘れた、と話を続けた。
「マグダートに入ってから三国連合会議までの間、なるべく顔を隠した方が良い。俺とアイリス殿下の両方が生きているとヴェルの手の者にバレたら、勘づかれるかもしれないからな」
釘を刺すネロの言葉に頷いて同意すると、歩き出した二人に続いて私も腰を上げる。
こういう心細くなった時に最近はずっとハルカがいてくれたな。と、そんな感情が湧いてくるのは私が弱くなったからなのだろうか。
不安の様な、どこか落ち着かない様な、初めて経験する王女らしくない気持ちに、私は空を見上げることしか出来なかった。
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