2-21 Discovery


「……初めましてだね、ハルカ様。儂は以前に貴方の父に仕えていた十将の一人、『打将』のイゴスじゃ」


 そのイゴスと名乗る男から発せられた言葉に少し驚いた。レウス達の口振りからそれなりの年齢なのは察していたが、まさかここまで高齢の方だったとは。


 しかし見た目よりもはっきりとした口調のイゴスに、失礼になってはいけないと直ぐに自分も挨拶を返す。


「初めまして、俺はハルカ……先代クリスミナ国王、イレイズルートの息子らしいです」


「聞いておるよ。よく来てくれたね」


 イゴスは少しだけ顔を近づけて、殆ど閉じた瞼の隙間から見える赤い瞳を真っ直ぐに向けた。真剣な表情のまましばらく動かなくなってしまったので、見られ続ける側としては段々と居心地が悪くなってくる。


「あの、えっと……」


 どうにか遠回しに止めてくれと伝えられないだろうかと全力で頭を回して考えていると、イゴスはゆっくりと口を開いた。


「やはり良い瞳をしている……イレイズルート王に瓜二つよのう」


 満足したのかイゴスは優しい表情に戻して、その白髪を掻きながら話を変える。


「ここにはいつまでもいてくれて構わないよ。積もる話もあるだろうし……と言うつもりじゃったが、貴方は何か急ぎたい用事があるのじゃろう?」


「えっ、何故それを……」


 そんな事を言い当てられて思わず驚く。先程のエルピネとの会話でも聞いていたのだろうかとも考えたが、続く言葉でそれは間違いだと気付かされた。


「重ねた時間が多いからの、顔を見れば分かるよ。それに貴方は若さ故にわかりやすいからのう」


 声を出して笑うその老人にはもう白旗を上げるしかないだろう。先程のイゴスの言葉を素直に肯定する。


「……はい、行かなければというよりは行きたいというただの我儘なんですが……でも何か嫌な予感がするというか」


 まだ三度目だが、あの夢を見た時は決まってアイリスに何かが起こる前兆だった。


 すると初めて驚いた様な表情をしたイゴスは少しの間動きを止めると、今度はもっと声を上げて笑う。


「なるほどのう、貴方は王子としては育てられなかったのが良くわかる。……我儘でも良いではないか」


 イゴスは手を伸ばして俺の頭に置いた。その仕草はまるで祖父の様に感じられて、意味もなく気持ちが安らぐ。


「その意思は何よりもとうといものだ。知らない世界へと紛れ込んだ自分自身が状況に流されずに通したい『我』が生まれたのであれば、我儘でも十分よ」


 あまり力が入らないのか少し震えた手が頭を撫でる様に動かされる。


「それはきっと一番強い力になる、大切にしなさい」


「……はい」


 その言葉は、すんなりと心の中へと入り込んだ。何かふわふわと現実感が無くて掴み切れなかった自分の意思が少しだけ固まった気がする。


 すると何故か泣きそうになっていたレウスが閉じた口を開く。


「それでハルカ様、一先ずマグダートに向かうという事でよろしいでしょうか?」


「ああ……間に合わなかったとしても、行きたい」


 その時イゴスが何か思いついたかの様に言った。


「マグダートか……レウス、少し前に話した事は覚えているか?」


 イゴスの問いに少しだけ考える仕草を取ったレウスは、確信が持てないのかはっきりとしない様子で返す。


「それは……もしかして私の剣の話か?」


 レウスの答えに、イゴスは静かに首を縦に振った。


「その通りじゃ。今の儂ではもう剣を打つ事など出来そうに無いと話したな?」


 それを聞いてレウスは苦笑を漏らす。


「ああ、それはもう納得したさ。最後に会った時でも年齢的には怪しかったから少し覚悟もしていたしな」


「もしお前の剣を作れる者がいたとしたら?」


「……なんだとっ!?」


 自信に満ちた表情で口角を上げたイゴスの言葉に少しの間固まったレウスは、弾ける様に驚きの声を出す。


「……お前が言うのだから、腕は確かなのか?」


「ああ、もう儂以上だ。なんせ儂が完璧に育て上げた弟子なのじゃからな」


 静かに問いかけたレウスへと笑いかけるイゴスはイタズラに成功したかの様な無邪気な表情だった。


「その人は一体どこに?」


「マグダートじゃよ。儂の代わりに仕事を任せていた」


 エルピネが聞くと、その質問を待っていたとばかりにイゴスは言葉を続ける。


「まだしばらく帰ってこない予定であったが、儂から手紙を書いてやろう。それを渡せば何を言っても従う筈じゃ」


 そして愉快に笑いながら、お前も手伝えとレウスを連れてイゴスは部屋を出ていった。


 底抜けの明るさを持った彼のあまりの元気に呆気にとられながら彼らの後ろ姿を見送る。


 するとエルピネが肩を軽く叩いて言った。


「どのみち直ぐに出発は無理だろうから、少しゆっくりしていこう。その机に上着は置いてある」


 そして彼女もイゴス達に続いて部屋を後にした。


 悪い夢のせいか少しだけ汗で濡れた青い肌着が少し肌寒く感じた。近くの机にたたまれた黒い上着へと目を向ける。


 思い出すのはアイリスと一緒にその服を買った日の事。


 初めは違う世界に来て何処か居場所が無い思いを持っている自分がいた。


 しかし先程のイゴスから貰った言葉。


『知らない世界へと紛れ込んだ自分自身が状況に流されずに通したい『我』が生まれたのであれば、我儘でも十分よ』


 もうここには、いつの間にか知らない世界と切り捨てるには多すぎる程の思い出ができていた。


 黒い上着へと袖を通す。少し長めの丈が揺れるそれを着るだけで温かさを感じるのは、気持ちの変化のせいだろうか。


 一先ずはアイリス達と合流する。そして目覚めてから徐々に強くなっていった思いは、小さく口から零れた。


「強くなりたいな」


 初めての敗北を味わって、この世界では生きていられるだけ幸運だったのかもしれない。


 でも力に流されているだけでは、あの騎士にはいつまで経っても勝てないだろう。


 強くなりたい、それはこの世界に来てからの初めての感情だった。


 すると呟いた言葉に返ってくる声が一つ。


『なれるよ、クリスミナの王子だからな。それになんと言っても私がついている』


 頭の中に響いた少し自信過剰なレオの言葉に思わず吹き出した。


「ああ、その通りだな」


 一頻ひとしきり笑った後、決意を新たにして部屋を後にした。

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