2-27 唯一の繋がりと再出発
「おや、随分と騒がしいの」
開いた扉から帰ってきたイゴスは俺達を見るなりそう言って笑った。だがその視線が俺の持つ水の属性判定球に向けられると、他の二人と同じように懐かしむ様子で口を開く。
「『水』か……イレイズルート様と同じ属性じゃな。そう言えばアトラ様は『風』だったかの?」
その言葉の中に出てきた人物に、少し引っ掛かりを覚えた。
「アトラって確か、俺の兄だっていう?」
フロガやレウスの話で少しだけ聞いたことがあるが、きっかけも無かったし何故かあまり話題にしたくはなさそうな雰囲気を感じていたので詳しくは聞かなかった。
しかしイゴスの言葉で半ば忘れかけていた名前を思い出すと、どうしても気になってしまう。
「なんじゃ、お前達はまだ話をしておらんかったのか?」
イゴスはエルピネとレウスを交互に見つめて問いかけた。
「いや、私はてっきり出会う前に説明を受けているものかと……」
と言って驚いた様な顔を浮かべるエルピネ。
「すまん……あまりに曖昧な話で混乱させてしまうかと思って」
と目を伏せて謝るレウス。
そんな二人の様子に盛大なため息をついたイゴスは仕方がないとばかりに首を振る。
「全く、肉親の話なのだからお前達がしっかり教えてやらんでどうするのだ……では簡単にだが儂が話すとしようかの」
イゴスはそんな言葉と共に空いてある椅子に腰かけると、少しだけ間を置いてから話し始めた。
「前クリスミナ国王であるイレイズルート様にはハルカ様を除いてもう一人の息子がおった。それが第一王子殿下、アトラ様じゃ」
イゴスが言うには、アトラは現在行方不明だそうだ。クリスミナが滅亡した戦争には参加していなかったものの、その少し前から既に行方をくらませていたとのこと。
現在は生きているのかさえ分からず、目撃情報もどこにも無いらしい。
「その少し前に行方不明っていうのはどういう事だ? 戦争が始まるから逃がされたとか?」
何か濁す様な言い方をしたその部分が気になって聞いてみると、イゴスは少し言い辛そうにしていた。その様子に更に首を捻っていると、レウスが横から話し始めた。
「ここからは私が説明しましょう。まず、イレイズルート様には二人の奥方がいました。正妃であるマリー様とハルカ様の母上であります側室のアリス様ですね」
そして公式にはアトラは正妃マリーの息子で、アリスに子供はいなかったらしい。
「しかしこれは秘密にされていたのですが、実はアトラ様は側室であるアリス様の子だったのです。それを知らずにアトラ様はとてもマリー様を慕っていらっしゃいました」
だがここで事件が発生する。
正妃であるマリーが突然自殺を図ったのだ。
「その原因をアトラ様は必死で探し続け、ついに自身の出生についても突き止めてしまったのです」
当然、アトラはイレイズルートを憎んだ。
自殺の原因もそのことによる心労であると考えたアトラは、国を継ぐ事を拒否してどこかへと姿をくらませたらしい。
「そしてアトラ様の行方がわからない内に、魔王軍との全面戦争が始まってしまいました。そこからはずっとアトラ様の消息は不明です」
そうして一気に語られた王家の重たい話に、思わず辟易としてしまう。
というよりも好感度が振り切っているレウス達からの話しか聞いていなかっただけに素晴らしい王だと思っていたが、とんだ馬鹿親父なのではないだろうか。
心に現れたそんな疑問に、しっかりと解答する者がいた。
『あの馬鹿は政治もできれば人も惹きつけられる偉大な王ではあったが、こと肉親の関係についてはだらしない奴だったからな』
そんな声が頭に響くと同時に、肩に何かの重量を感じた。
「正しく、イレイズルートは馬鹿親父で間違いないぞ」
目を向けるとそこには白い体毛で全身を包んだウサギもどき、アスプロビットの姿があった。
使い魔なのに主人の悪口を真顔で放ったその姿に、思わず苦笑が漏れる。
「まあ、アストが言うならそうなんだろうな……」
するとアスプロビットの姿を見て、声を震わせている者がいた。
「これは……アスプロビット様。またお会いできるとは思ってもみませんでした」
「久しいな、イゴスじゃないか。まだ元気そうでなによりだ」
イゴスの泣きそうな声に柔らかく答えたアストは、いつもの様に鼻を鳴らして笑う。
「ゆっくり話がしたいの気持ちもあるのだが、生憎今の私にはそんな時間は用意されていないのでな。本題に入るぞ」
そうして俺の肩から頭へと飛び移ったアストは、この場の全員に聞こえる様に話し始める。
「三人をマグダートまで連れて行くとなれば、転移ができるのは明日の朝ぐらいになるだろう。それまでに用意をしておくんだな」
アストの放ったその言葉を聞いて、少しだけ安堵する。明日の朝であれば三国連合会議の一日前には到着できるということになるからだ。
「では、ハルカ様も今日はこちらにお泊り下さい。二人も一緒にな」
そう言って笑うイゴスの言葉に甘えて、今日も泊まらせてもらえることになった。
その晩、先程のアトラの話からくだらない話まで様々な事を話した。彼の家には静かな町と打って変わって笑い声が遅くまで響いていたという。
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