2-19 思いがけない幕引き
「すまない、助かったよハルカ」
エルピネがそう言いながら駆け寄ってくる。そのローブが少しだけ汚れている事に気付き、先程かなりの力で突き飛ばしてしまったのを思い出した。
「あっ、急に突き飛ばしてごめん……」
すると彼女は少しだけ目を丸くして驚いていたが、直ぐに口角を上げて笑った。
「あの程度、気にしなくても良い。しかしそういうところは父親には似ていないのだな」
何かを懐かしむ様に笑ってそう言ったエルピネの言葉に思わず首を傾げる。
「えっ、それってどういう……」
彼女の口から出た父の話が気になって聞こうとするが、その言葉は途中で遮られることになった。
黒魔騎士を飛ばした瓦礫の中から強烈な魔力の気配が発せられる。あの程度の攻撃で倒せない事は薄々分かっていたが、肌で感じる圧倒的な魔力からは全く効いていないという声が聞こえてきそうな程だった。
「その話は、この場を生き抜いた後だな……」
エルピネのそんな声が聞こえたのとほぼ同時に、瓦礫の中から黒い鎧で包まれた腕が這い出てくる。次いで頭や胴体、足まで出てきたその身体には汚れはあっても傷一つ無かった。
黒魔騎士はゆったりとした口調で話し始める。
「今の……イレイズルートと同じだな。あの男の結晶はお前が持っていたのか」
背筋に冷たい緊張が走る。その男が発した気配に思わず反射的に未来を見通した。
そこに映った光景は本当に単純なもの。反応しきれない速度で真っ直ぐ迫った黒騎士はその腕で俺の首を掴んで持ち上げた。
悠長に見ていられる余裕はないと無理やり未来視を止めてその場から跳び退く。直後に瓦礫を足場に急接近した黒騎士の手が迫った。
回避できたお陰で空振りした黒魔騎士の腕に目掛けて全力の蹴りを放つ。魔力で強化された一撃は咄嗟に防御されて有効打にはならなかったが、黒い騎士を少しだけ後退りさせることには成功した。
そして体勢を戻そうとした黒魔騎士に向かって、先程と同じ白き輝きを持った巨大な火球が飛来する。エルピネは今度は一発では終わらずに何発も絶やすことなく撃ち続けた。
その大通りは最早原型を留めておらず、彼女の魔法が着弾した周囲は殆ど何も残らなかった。
「流石にこれなら……死にはせずとも無傷ではいられない筈だ」
そう言うエルピネはかなり魔力を消費したのか、傍目からでも分かる程に消耗している様子だ。
しかしこれ程の魔法をまともに受け続けたのであればひとたまりもないだろう。と、そんな希望的観測は白い炎の中からゆっくりと姿を現した人影によって直ぐに打ち砕かれることとなった。
「嘘だろ……?」
その黒い鎧は依然として白い炎で覆われているのに、平然と歩き続けている。
だが少しだけこちらに近付いた所でその歩みは唐突に止まった。直立のまま動かなくなった黒魔騎士は、やはり相応のダメージを受けたのだろうか。
倒せる、そう確信して近付こうとした。
だが次の瞬間、黒魔騎士を中心として爆発的な魔力の気配を感じ取る。その押しつぶす様な圧力は息を吐くことすら許そうとはしなかった。
そのあまりの力にまたしても未来視に頼ろう魔力を集めたとき、肩から発せられたレオの焦る声が耳に届く。
「
しかしその言葉を飲み込むよりも魔力の流れる速度の方が早かった。
弾けた魔力は一瞬だけ、黒い騎士から放たれた視界を全て埋め尽くす程の魔法の映像を見せる。
それはこの場だけでなく町全体にまで広がらんとする勢いで俺達を飲み込んだ。
そこまで見えたが直ぐに映像は途切れ、代わりに途轍もない痛みが頭を襲う。
「痛っ……なんだこれ」
「しっかりしろハルカ、来るぞっ!」
痛みに耐え切れず意識を手放しそうになったが、レオの声で何とか踏み止まる。
一瞬だけ見えたのは間違いなく魔法、であるならば結晶魔法で対抗できる筈。
「……レオ、前と同じだ! 魔法の形成は頼んだ!」
「分かっている!」
この前のオストが放った魔法を上回る威力を想定して役割を分担して対抗する。身体の中心から解放した魔力を放出し続けると、それはレオを通して周囲に瞬く間に拡散した。
そして黒魔騎士から、破壊という単純な効果のみを持った黒い魔法の爆発が起こる。
黒い爆発の衝撃と、薄っすらと青く輝いた魔力の波が激しく衝突を始めた。黒い魔法は青い魔力と接触してその姿をクリスタルへと変化させていく。
しかしここで予想外のことが起こる。
今までは一度も経験したことがなかったそれは、魔結晶へと変化していく速度よりも黒い爆発が広がっていく速度の方が速いという事だった。
「負け……ているのかっ!?」
「ハルカッ! もっと魔力を込め続けろ!」
漏らした弱気な言葉にレオが発破をかけて返す。その言葉に促される様に、文字通り全ての魔力を解放する勢いで捻り出した。
「おおおおおおおおおッ!」
叫び、それに伴って青い魔力は勢いを増した。しかし呼応する様に、黒い爆発も威力を増し続ける。
そして両者の勢いが限界点にまで達した時、その攻防は終わりを告げた。
黒い爆発が収まっていくのがわかる。
その後に残っていた視界を覆う不規則なクリスタルで出来た景色。それは殆ど身動きすら出来ない程に辺り一面を覆い尽くしていた。
「ハルカっ、無事なのか!」
その魔結晶の壁の向こう側から、姿は見えないがエルピネの声が聞こえる。流石というべきか、あの魔法の衝突から自身を守り切ったのだろう。
彼女のそんな声を聞いて無事を確認できた事に安心して返事をしようとした、その時だった。
無防備だったふらつく身体に、横から強烈な衝撃を食らう。
「……なっ……に」
あまりの衝撃に倒れ込んだ身体を何とか起こそうと手を地面に付けるが、それよりも先に現れた黒魔騎士の両足が俺の手と胸を踏み抜いた。
「がぁッ……!」
踏みつけられた痛みと圧迫のせいで、呼吸が上手く出来ない。倒し切った訳ではないのに油断してしまった事を後悔するがもう遅かった。
「まるで未来が見えているのかと思う程に鋭い時もあれば、不慮の事態には全く対処できない時もある……不思議なヤツだな、ハルカ」
降り注いだ男の言葉は、意識が
すると黒魔騎士はその槍の矛先を俺の首筋へと添えた。
このまま殺すつもりなのだろうか。大人しくやられる訳にはいかないと何とか抵抗の手段を考えるも、魔力の消えかけているこの状況では何もできそうになかった。
しかし、黒魔騎士はそこから動こうとはしない。そしてゆっくりと俺の顔を見ながら男は話し続けた。
「漸くだ……お前の過去、見せてもらうぞ」
「なに……をっ」
一体何をするつもりなのだろうか。どうにかして身体を動かそうとするも、押さえつける黒い足は全く動かなかった。
すると、黒い騎士は小さく呟く様に言葉を漏らす。
「……そうか……まさかとは思ったが、やはりお前は私の……」
部分的には聞き取れたが、その意味は全く分からない。しかし何かに驚いている様子なのは確かだった。
そして男は、十数秒ほど顔を見ただけで踏みつけた両足を退けた。
「また会うだろう、その時まで生きていることだな」
そんな言葉を残して、男は立ち去っていく。
「待てっ……一体何を」
特に何もされる事無く見逃されたせいで状況は全く分からなかった。騎士を追いかけようとするも、手を伸ばす事しぐらいしか出来そうにない。
そして自分の意識は魔力切れによってゆっくりと遠のき始める。
「ハルカっ、大丈夫か!?」
意識が無くなる寸前、エルピネの心配する声だけが耳に届いていた。
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