2-18 久し振りの一撃


「レウスっ!!」


 瓦礫に埋まって動かないレウスに声を掛けるが応答がない。駆け寄って助けたい所だがそれを制止するかの様にエルピネが焦った声を上げた。


「来るぞ! 構えておけ!」


 彼女の声に前を向いた、その瞬間。


 目の前に展開された光の壁が激しく揺らされる。それは一瞬にしてかなりの距離を詰めた黒魔騎士が壁へと攻撃したためだった。


「ほう、割れないか」


 素直に感心したかの様な声を上げる黒魔騎士に、エルピネは拳を握る仕草を向ける。


「舐めてくれる……地面を這わせてやろう!」


 すると滞空していた光の槍が散り、様々な方向から黒魔騎士を狙って飛んだ。しかしそれを騎士は難なく避け、躱し、撃ち落としていく。


「相変わらず良い魔法だな……ならば、これはどうだ?」


 黒魔騎士はそんな言葉と共に、腰を落として低く手に持つ槍を構えた。その仕草を見たエルピネが言葉を吐き捨てる。


「不味いっ!」


 彼女の言葉の意味を理解するよりも早くに騎士は動いた。矛先に濃密な黒い魔力を纏わせたかと思うと、それを真っ直ぐに光の壁へと突き刺す。


 目が慣れたのだろうか少しだけゆっくりに見えたその一撃はかなりの威力を持っていたが、それだけではエルピネの魔法は破れないだろう。


 しかしそんな考えは直ぐに裏切られることとなる。


 矛先と衝突した部分からほんの僅かに亀裂の走った様な音が聞こえたかと思えば、それは段々と魔法の壁全体に広がっていく。


「えっ……今のたった一撃で……?」


「いや、一撃ではない……」


 あまりに困惑を抑えきれずに呟いた声に、エルピネは厳しい表情で返した。


 魔法というものに触れてきて、その強弱などは大体分かるようになったと自負している。だからこそ、この魔法の壁が騎士の一撃で破れる事はないと言い切れる筈だった。


 しかし一撃でないとはどういう意味なのだろう。そんな考えが頭を駆け巡っていた時、目の前にあった光の壁にある違和感に気が付く。


 それは亀裂の中心点。一撃であればその中心は一つである筈だが、その中心は存在していた。


 そこでやっと理解する。

 

「まさか、あの一瞬で五回も……?」


 あの攻撃は少し遅めの一撃ではなく、目で追えなかった五連撃であると。


「ああ……私も目では追いきれなかったがな」


 エルピネの苦く笑った顔には、流れる汗が見えた。彼女程の実力をもってしても四天魔というのは強大過ぎる敵なのだろう。


 そしてついに、光の壁は限界を迎えた。


 音を立てて崩れ落ちる魔法を槍で振り払った黒魔騎士は、もう一度腰だめに構える。だがその行動が終わる前にエルピネの新たなる魔法が男を襲った。


「はッ!」


 気迫の籠った声を放ったエルピネは地面から無数の光槍を出現させる。一本一本が自分の身長よりも高い槍は全方位から黒騎士に向かって突き上がった。


「おっと」


 それを黒魔騎士は体をずらすだけで危なげなく避け続ける。しかし際限なく地面から生える様に出現する槍は、いつの間にか騎士の身動きを取れなくしていった。


「お前には、私の本気をぶつけても問題はないだろう?」


 そう言ってエルピネは自身の膨大な魔力を爆発させる。彼女の目の前に集まっていく可視化される程の魔力は、次第に白く燃える巨大な業火の球体を形作った。


「燃え続けろッ!」


 噴き出した彼女の魔力に息が詰まるのを感じる。だがエルピネは何の抵抗も無く魔法を作り続け、膨れ上がったそれを黒魔騎士に向かって放った。


 巨大な魔法は、その大きさに見合わない速さで黒騎士へと向かう。


 拘束されて動けずに避けられないのか避ける気が無いのかはわからないが、黒い騎士は自らに迫る魔法を見つめ続けるだけだった。


 そしてエルピネの魔法が黒魔騎士に衝突する。


 直後、爆発が巻き起こった。


 天を焦がすかの様に噴き出した白い火柱はどこまでも空高く駆け上がっていく。そのあまりの衝撃と熱に、数歩下がって盾を構えることしか出来なかった。


 耐え切れなかったのか肩に乗っていた筈のレオもいつの間にか盾の内側に移動している。


 一向に収まる気配がなかったその魔法は、しっかり数十秒燃え続けてやっと収まり始める。漸く消滅した魔法は周りの建物や地面ごと焦がし尽くし、その跡には石一つ残っていない。


「……やったのか?」


 元居た世界では誰でも驚く程のフラグ建設言葉だが、いざこんな状況になればそれしか口から出てこないのだ。


 しかしエルピネは真剣な表情のまま、警戒を怠らずに答える。


「通常の魔人程度なら細胞一つ残さんが……おそらく生きているぞ」


「おいハルカ、一応だが『先を』見ておけ」


 彼女の言葉を聞いてレオは使う言葉を選びながらも警告した。


 レオの助言は素直に聞いておいた方が良いと考えて魔力を集中させる。そのまま頭の中で弾ける様に魔力を放つと、直接頭映像が流れ込んできた。


 しかし見える景色は変わらず、警戒するエルピネの姿だけ。

 周囲を見渡してみても町の景色に変化は無く、見える範囲では隠れているといった雰囲気も無い。よくわからない鳥の鳴き声が聞こえるだけだった。


 逃げたのだろうか、そんな考えが頭をよぎった時。


「なっ……んだと」


 消えかける様なエルピネの声が聞こえ、急いで視線をそちらへと向ける。するとそこには、騎士が持つ黒い槍で肩を貫かれた彼女の姿があった。


 槍の角度を見ると、それは確実に上から刺さっていた。つまり黒魔騎士の逃げた先は遥か上空だったという事になる。


 そこで無理矢理、魔力の流れを切って未来視を終了させた。


 鳥の鳴き声が聞こえる。それはあまりにも先程の映像と一致していて、背中を嫌な汗が伝った。


 もう時間が無い、そう思って体に流した魔力を足に集中させて地面を蹴ってエルピネの方へと一直線に向かった。


「何をっ……!?」


 突然の俺の行動に怪訝な顔をして身構えるエルピネの上空には、信じられない速度で急降下する黒い影があった。


 幸いにも一歩早くエルピネに触れた俺は、その勢いのまま彼女を横に突き飛ばした。勢い余ってかなりの力が入ったのか思ったよりも飛んだ彼女を見て、後で全力で謝罪をしようと心に決める。


 そして彼女が元居た位置に俺が到着して盾を構えるのと、黒騎士が槍を突き出したのはほぼ同時。


 だが盾を上に構えるのと槍を下に突き下ろすのでは、勝負はついている様なものだ。このまま一撃をくらってしまえば地面に叩きつけられて詰んでしまうのは確実。


 だからこそ、衝突の瞬間に叫んだ。


「レオッ、だ!」

「分かっている!」


 槍の先端が盾へと触れるや否や体は唐突な浮遊感に包まれた。


 そして黒魔騎士を見上げていた筈の視界は、更に上から見下ろす形へと変わる。がら空きの黒い背中を視界に捉えた。


 転移魔法、それは肩に重さを感じるもう一体の相棒によって引き起こされたものだった。


「振り抜けッ!」


 久し振りにアストの声が肩から聞こえる。その声に合わせる様に空中に投げ出された体を無理やり回転させ、騎士に向かって剣を打ち付けた。


「なにっ!?」


 初めて焦る様な声を上げた黒き騎士は、全力の一撃を胴に受けてそのまま吹き飛ぶ。その身体が当たった建物は音を立てて破壊され、黒騎士を埋める様に崩れていった。


 思わず手加減無しの全力で攻撃してしまったが、相手が相手なので許して欲しい。誰に許しを請う訳でもないのだが。


「中で見てはいたのだが……それなりに力を使いこなせるようになったじゃないか」


 まるで保護者の様な台詞セリフだが、アストの『転移』が無ければ奇襲すらできなかったので素直に礼を言った。


「助かったよ、アスト。ありがとう」


 それを聞いたアストは笑いながら鼻を鳴らして応えると、レオと交代する様にして消えていった。

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