2-17 黒の衝撃


「そんな……四天魔最強は、いくらあなた方でもっ」


 アイリスの悲痛な制止の声が聞こえる。


 確かに、今の俺では相手をする事すら難しいのかもしれない。

 しかし狙われてしまった以上、目の前の黒い騎士から逃げ切る事の方がもっと難しいだろう。


 それに、俺が一緒に行けば確実に追ってくる。ならばレウスとエルピネがいるこの状況で戦うことが考えられる最善だった。


「ロゼリアッ! ネロ! アイリスは任せるぞっ!」


 きっと今アイリスの声に反応してしまえば、弱い自分の心は逃げてしまいたくなる。

 だからあえて無視を貫き、黒騎士を警戒しながら彼らの方へと声だけを掛けた。


「わかっています! ご武運を!」


「先にマグダートに入ってるぞ、無事でいろよなっ!」


 ロゼリアとネロは力強い返事を返した後、アイリスを無理やりにでも連れて行く。それを視界の端に捉えながら、体に魔力を漲らせた。


「放してっ……ハルカッ!」


 アイリスの声には答えられないが、せめて黒魔騎士が彼女達を狙わない様に最大限の警戒を向ける。

 幸いにも黒い騎士は興味すら示さなかったが、隠れた顔から出された声は心なしか上機嫌に思えるものだった。


「ほう……お前、名前はハルカというのか。それにその魔力の質……」


 その声に反射に近い速度で体が身構える。


 両手に魔力を集めて魔結晶で作られた手甲を纏った。そして片手には小型の盾、もう一方には短剣を少しだけ長くした片手剣を作り出す。


 この形が自分の中では一番慣れているのだろうか、無意識に作り出したクリスタルの装備はオストと戦った時とほとんど同じ物だった。

 身体を低くして構えた肩にはレオが現れる。


「こいつは……また随分な大物が相手だな、ハルカ」


「そうらしいな……」


 レオの声には、いつもは存在しない緊張感の様な物が含まれていた。

 それに答えながらも黒魔騎士を観察していると、その男は何故か笑い始める。


「何か、面白いことでもあったのか?」


 兜を押さえながら上機嫌に笑う黒い騎士を不審に思って問うと、ひとしきり笑い終えた男がゆっくり口を開く。


「なるほど、管理者までもか……もっとお前の事を知る必要がある様だ、ハルカ」


 その声と共に男は地面を蹴った。

 いや、蹴ったと認識した瞬間には既に目前の距離まで肉薄されていた。


「なッ!?」


 未来を見通す力を使っていなかったせいで、全くと言って良い程反応ができない。

 せめてもの抵抗で盾を構えて歯を食いしばる。


 しかし、予想した衝撃は訪れなかった。


「おおおおおおおおッ!」


 雄叫びと共に斬り上げたレウスの大剣が、騎士の体を弾き飛ばす。

 通りの石畳を破壊して粉塵を巻き上げる凄まじい威力に、槍で弾きはした黒魔騎士だったがまたしても大きく間合いを取ることになった。


「基本は私が相手をっ! ハルカ様はご自身の身を守る事を最優先に、エルピネは援護を頼む!」


「わ、わかった!」


「こうなってしまえば致し方ないな……任せて攻めろ!」


 指示を出して黒騎士の方へと攻め込んだレウスに答えて身構えると、力強く返したエルピネが俺の隣へと駆け付ける。


 彼女が腕を振るうと、エルピネと俺を包み込む円形の壁が作り出された。


 これも彼女の魔法なのだろう。輝く壁にはかなりの魔力量が含まれているのがわかる。


「すっごいな……」


 思わず漏れた言葉に、彼女は小さく笑って返した。


「私とて、腐っても当代最強の魔法使いなのだぞ? このくらいはな」


 エルピネはそう言ってから直ぐに新たな魔法を上空に作り出した。

 それは以前にも草原で見せた光の矢、ではなくもっと鋭く大きな光の槍が無数に作り出される。


 そしてエルピネが指を動かすと、かなりの速度を持って槍は発射された。


 レウスと黒魔騎士が斬り合いによって距離を取った直後、数本の光の槍は黒騎士へと向かって飛ぶ。

 あまりにも絶妙なタイミング、速度で着弾したそれは黒騎士の鎧を数ヶ所砕いて潰す。


 そして急所は避けようと横に跳んだ黒騎士に向かって、レウスが斬りかかる。

 鎧の回復が間に合わなかったのか確実に直撃した一太刀は黒騎士から初めて赤い血を舞わせた。


 堪らず、といった雰囲気で距離を取る。

 しかし尚もエルピネによって作り続けられる光の槍が追撃を続けた。


 目に映るのは、圧倒的な力を持った二人による一方的な戦い。

 正直この二人の力に実感が湧いていなかったせいで、これほどにまで強いとは思っていなかった。


 地面に片膝をついた黒魔騎士の鎧は既にボロボロで、いくつもの傷から噴き出す血は割れた石畳に血だまりを作っている。


「なんだよさっきからうるせえなぁ……」

「どこぞの酔っ払いが暴れて……ってなんだこれっ!?」


 唐突に聞こえた声に振り向くと、町の住民が先程の音で気付いたのか顔を出しては大通りで巻き起こった破壊の跡に驚いていた。


「はやくここから離れろっ!!」


 こんな所で戦いを始めておいて申し訳ないが、それでも命が無くなるよりは良いだろうと叫ぶ。


「ひっ、あいつら絶対にやばいっ」


 すると怯えた様子ではあったものの人々はこの場から逃げてくれた。


「おいっ早く逃げるぞ! 警備の兵達を呼ぶしかねぇ!」


 その騒ぎは次第に大きくなり、先程の静けさからは想像も出来ない程に多くの住民達が逃げ出し始める。


 この間に黒魔騎士に暴れられると不味かったが、思ったよりも傷が深かったのか動こうとはしなかった。

 初めから俺など居なくても、というよりはアイリス達をわざわざ逃がす必要があったのかなとすら思っていたその時だった。


「……不味いな」


 エルピネの口からそんな言葉が漏れる。

 思わず聞き返そうとするが、その言葉の意味は直ぐに目の前に現れた。


 動かない黒魔騎士にゆっくりと近付いていたレウスだったが、突然黒騎士は地面に付けた片膝を基点に跳び上がって槍を振り払う。


「何ッ!?」


 負った傷の具合からそれほどの動きをするとは思っていなかったのか驚きの声を上げたレウスは辛うじて大剣で防ぐ。

 しかしその衝撃で数歩分の距離を跳ね返されてしまった。


 そして負傷を感じさせない様子でしっかりと着地した黒魔騎士は、ゆっくりと槍を構え直す。

 その動作に目を奪われていると、いつの間にか激しく損傷したはずの黒い鎧は綺麗に直っていた。


「なんだよあれ……」


「奴め、遊んでいたのだろう」


 俺の呆けた呟きにエルピネは厳しい表情で答える。

 この状況で遊んでいるという彼女も声に、自分の顔が驚愕で歪むのが分かった。


 そして黒魔騎士はゆっくりと聞かせる様に、それでいて押し潰すかの様な圧力を放って言葉を放つ。


「……三年、俺の事を恨んでいたというから念入りに『見た』が……そこの魔将はともかくとしてお前、明らかに弱くなっているじゃないか」


 聞こえた言葉に続いたのは、強烈な破壊音。

 いつの間にか黒い騎士の姿が見えなくなったかと思うと、通りに面した建物が音を立てて崩れている。


 漸く黒魔騎士の姿を視界にとらえると、そこは先程レウスが立っていた場所だった。

 そこで何故か足を上げて固まっている男に対してレウスの姿は見えない。


「……ゲホッ!」


 その時、建物の瓦礫からの聞き覚えのある声が耳に届いてやっと理解した。


 蹴り飛ばされたのだ。

 あの一瞬で、ここまでの威力を持って。


 全く目で追えなかった、その事実がこの状況をより絶望で染めていった。

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