2-16 因縁の剣戟
「黒魔騎士ッ! イレイズルート様が目の前で殺されてから、お前への憎しみが消えることは無かった! ここでその命、貰うぞおおおおおッ!!」
レウスが上げた気迫の籠った叫びに、黒騎士は初めて口を開いた。
「……猛将アリウス、久しいな。てっきり死んだと思っていたが……ああ、今はレウスと言うのか?」
静かに発せられたその言葉に、レウスの怒りは頂点に達した。
「お前が、その名前を……呼ぶなああああああッ!」
その言葉と共に、レウスの姿が霞んで見える。
自分の目がそう認識した瞬間、彼の体は黒騎士の所まで急接近していた。
レウスが横から振るった大剣が、黒騎士の構える長槍と衝突する。
魔力で最大限にまで強化されたレウスの振るう本気の一撃と、それを受け止めた黒騎士の防御が発生させた衝撃は離れた俺達の所まで伝わってきた。
レウスは防がれた攻撃から合間を作らずに黒騎士へと蹴りを放ち、そのまま横回転してもう一度横に薙ぐ。
その全てを両手で構えた槍で弾いた黒騎士だったが、最後の一撃で大きく後ろに後退することとなった。
そのまま地を蹴ったレウスは距離を詰め、さらに攻撃を重ねていく。
防ぐ黒騎士もさることながら、一連の攻撃は見ることは出来たとしてもとても反応できないだろう。
これが『猛将』、かつて最強と謳われた王を守り続けた十将の隊長たる者の本気なのか。
目の前で繰り広げられる格の違う攻防に思わず鳥肌が立つのがわかる。
すると呆気に取られていた俺達に向けて、エルピネが静かに声を掛ける。
「……お前達、今のうちにこの国から逃げるんだ。いくらアイツでも、『黒魔騎士』の相手をすればどうなるかわからん」
「黒魔騎士って……あの四天魔のですか!?」
エルピネの声にロゼリアが驚愕の声を上げる。しかし声を上げたのは彼女だけだったが、アイリスもネロも同様に驚いている様だった。
「そんな……初めて見ますが、何故そんな敵がこの町に……」
ロゼリアはその紫の瞳を泣きそうな程に揺らした。
彼女の出した四天魔という言葉を少しだけ思い出す。
四天魔。それは魔王軍において長たる魔王の下に存在する四人の将。
「目的はわからんが、とにかくお前達は逃げるべきだ……ハルカもな」
そうしてエルピネは俺の方へと視線を向けて言った。
「レウスもだけど、エルピネはどうするんだ?」
彼女にそう聞き返すと、レウスと黒騎士が戦っている方を見たエルピネは小さく答える。
「あの戦いには手を出さんが……馬鹿男が少しでも生きて帰れる様にしてやらんとな」
エルピネの言葉には、この場に残るという明確な意思を感じられた。
彼女はもう何を言っても動かすことはできないだろう。
「ハルカっ、行くぞ!」
ネロ達はエルピネの言う通りに逃げることを選択したようだ。
だが彼らの声を聞いても、自分はどうするべきなのかを迷ってしまい足が動かない。
四天魔、俺はその恐ろしさをあまり知らないから直ぐに逃げるという選択肢を取れないのだろうか。
この場に残ったとして、役に立つのかはわからない。
黒騎士から逃げてネロとアイリスを三国連合の会議に間に合わせる方が大事なのは分かっている。
そんなまとまらない考えが頭を支配して動けないでいた時、それは訪れた。
『ハルカ、危ないぞッ!』
内側から聞こえたレオの焦る声に、背筋を駆け巡った突然の悪寒。そのせいで半ば反射的に未来を見通す力を使った。
見えた映像は、一瞬のものだった。
自分の視界に映った黒い何かが通りの向こう、レウス達が戦う場所から飛んでくる。
それは一瞬で視界の半分を埋め、そのまま俺は意識を手放した。
そこで映像は途切れる。
不味い、このままでは確実に不味い。
慌てて顔を傾けるが、あの速度で飛んできた何かには間に合わないだろう。
本当に咄嗟の判断で顔の半分へと魔力を集め、不細工な造形だが表面を覆う程の魔結晶を生み出した。
そして黒い何か、見るのが二回目であるためにその正体を理解した。
俺へと放たれたそれは、黒魔騎士の長槍。
槍は予知通り真っ直ぐに俺へと飛び、顔を覆ったクリスタルに直撃した。
その勢いに体は後ろに吹き飛ばされる。
「ハルカっ!!」
「おい大丈夫かっ!」
あまりにも突然起こった事に驚きの声を上げて駆け寄ってくる仲間たち。
しかし一番初めに到達したのは彼らではなかった。
「おい、お前」
いつの間にか、倒れた俺の体を跨ぐ形で立っていたのは黒魔騎士。
その男は俺の顔に指を差しながら言った。
「今の、その力……」
おそらく、一瞬だけ顔を覆ったクリスタルの事を言っているのだろう。
槍がぶつかった衝撃で砕けてしまったので今は存在しないが、この男はそれが見えていたらしい。
「お前がクリスミナの……噂は本当だったというわけか」
そして男は顔を覆った兜ごと、俺の方へと近付けてくる。
「どういう経緯か、『見せて』貰うぞ」
「なんだとっ……?」
不可解な行動を取る男から発せられる圧力のせいか、逃げようとしても体が動かない。
何をされるかわからず必死に身構えたその時、銀閃が輝いた。
「お前の相手は、この私だあああああッ!!」
「っ……!」
黒魔騎士を追って急接近したレウスは、その勢いのまま大剣を振り抜いた。
その一撃は、初めて有効打となって黒い鎧を腕の部分だけ砕く。
しかしレウスが一撃を更に奥へと振り切る前に、黒魔騎士は跳び退いた。
「お怪我はありませんか!」
レウスがそう言って伸ばしてくれた手を取って立ち上がる。
「ああ、大丈夫……」
前でいつの間にか拾った槍を構える黒魔騎士は、その腕を軽く振った。
その動作だけで、砕かれたはずの鎧は元通りになる。
「猛将よ、もうお前に用は無くなった。あるのは……そこのお前だけだ」
口を開いた男が獲物と見定めた相手は、どうやら俺の様だった。
この短時間のうちに圧倒的なまでの強さを見せた黒い騎士。
どうやら俺に逃げるという選択肢は、初めから用意されていなかったらしい。
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