2-15 侵攻と接触
少し灰がかった白い石と暖色の煉瓦が組み合わさった様な建物が続く街並み。
所々から吹き出る蒸気が空へと溶ける都市ドルアは、想像していたよりも美しく新鮮に映った。
馬車を門の近くに預け、この先で必要な分の食料を買いに歩いて通りに出る。
だが目に映る町に存在したのは、またしてもあの光景だった。
「静かだなぁ……」
見渡す限り、大通りにも拘らず人の数は十数人程度だろうか。
あまりの少なさには、以前のイヴォークよりも酷いと感じさせられる。
周囲の建物から響く工業都市ならではといった金属音などは微かに聞こえるので人の気配はあるものの、やはり活気は失われている。
時折通る大人数の者達は殆どが兵士か作業着の様なものを着た人々ばかり。
「まあ仕方ないな、今は首都と言えどもこんなものだろう」
ネロがそう言って眉をひそめた。
ふと路地の方を見ると、やせ細った子供がもの珍しそうにこちらを見ているのに気付く。
「ひっ……」
声を掛けようと近付こうとした瞬間、その子供怯えた声を上げて路地の奥まで走っていってしまった。
「……ネロの国も、今はこうなのか?」
すると彼も気付いていたのだろう、子供が逃げて行った路地を見つめながら小さく答える。
「……そうだ。あの子供の怯え方、おそらく治安の悪化で台頭した奴らが原因だろう。こう戦争が長く続けば、国も中から壊れ始める」
その言葉に続ける様に、エルピネが難しい表情を作って話す。
「魔王軍との戦争は、人間同士とは違って得る物が少なすぎる。現状は負け続けているが、一度の衝突に勝ったとて微々たる領土しか回復せん」
彼女は微かに聞こえる鉄の音を示して続ける。
「……かつては、多様な魔道具を作り出すドルアに溢れる音はこんな単調なものではなかった。だが今は、兵士の戦争道具ばかり作らされているのだろうな」
それを聞いたネロは気まずい表情を浮かべ、申し訳なさそうに話す。
「それに関しては、俺の国にも責任がある。インダートには三国連合全ての武器を作って貰ってるからな……もちろん買い取りではあるが」
するとエルピネが小さく笑った。
「お前の責任ではないよ……それにこの国の者達も、今の情勢では武器を作るしか稼げないのは承知しているさ」
彼女の言葉をきっかけに、僅かな静寂が流れる。
暗い話題が続いて重くなった空気に少し気まずくなっていると、いつもより明るく感じる声でアイリスが言った。
「と、とりあえず早くこの町で必要な物を揃えましょう?」
おそらく場の空気を変えようとしたのであろう、短めの茶髪を揺らす彼女に追従する。
「そ、そうだね! とりあえず金の無い第三殿下は揃えられる店を案内ぐらいはできるか?」
「さらっと嫌味を言うなよ……よし、案内ならまかせろっ!」
アイリスと俺の空気に便乗するかの様に真面目な雰囲気からいつものネロに戻った。
そのまま早歩きで俺達の先頭にまで来て案内を始める。
「さて、とりあえず保存の利く物ならこの通りの奥で、味を重視するなら」
「……ちょっと待て」
すると突然、ネロの言葉を遮る様にエルピネが立ち止まって言った。
「おいおいどうしたよ魔将さん、これからって時に……」
「なんだ、この音は」
文句をつけるネロの言葉は全く耳に届いていないのだろう。
彼女のその様子を見て、冗談で言っている訳じゃないと理解した。
「音、か……この金属の音ではなくて?」
するとエルピネは、小さく首を横に振る。
「違うな、何か遠くで爆発したかの様な……!? なんっ、だこの魔力の、気配は」
急に焦った様子になった彼女の額には、大粒の汗が流れていた。
「魔力の……っ!?」
エルピネに駆け寄ろうとしたその時、強烈な魔力の気配を感じた。
俺達の背後に現れた気配は距離こそまだ遠いが、闇を覗いたかの様な冷たさを体の奥深くまで与えてくる。
「なんだこれ、一体誰の……」
圧倒的なまでの魔力の存在感は、あの魔人オストよりも確実に上。
そして確実に、俺達に近付いてきているのを肌で感じた。
ならばこの何者かの目的は、俺達かその中の誰かである可能性が高い。
その時、ふとある事に気付いた。
「レウス……? どうした?」
レウスの肩が震えている。
そしてその手は、背中に付けられた借り物の大剣の柄へとかかっていた。
怯えているのだろうか。
一瞬そんな考えが頭を過ったが、彼に限ってそれはあり得ない筈。
すると彼は、俺の問いにゆっくりと答え始めた。
「私は……この気配を知っています……」
「本当か?!」
その答えに、思わず驚きの声を上げてしまう。
レウスの知り合いであるならば、この町に来た目的である昔の仲間だろうか。
しかしそんな考えは、続く言葉と共に剣を抜き放ったレウスの様子を見て否定された。
「えぇ……一度も、忘れたことはありませんよ」
「レウス……?」
尋常じゃない程に体に魔力を流し出したレウスを見て、困惑するしかない。
するとエルピネは何かに気付いたかの様に声を掛けた。
「おい、まさかこの気配って……アイツか?」
彼女の見開かれた緑の瞳と視線を交差させたレウスは、小さく頷く。
「お前の想像通りだ」
短く答えた彼は、通ってきた大きな道を睨んで大剣を構える。
俺達が話している間にも魔力の気配は、通りを歩いているかの様にゆっくりと近付いていた。
そして漸く、その姿を視界にとらえる。
「黒い……騎士?」
その姿を見て口から出たのは、そんな言葉だった。
現れたのは全身を騎士風の仰々しい黒い鎧で包んだ者。
体型から考えれば人間の男なのであろうその者の顔は、全体を隠す兜のせいで見えない。
しかし何故か、見えない筈の瞳と目が合ったと感じる。
そのせいで呆気に取られていた時、不意に黒騎士の体が揺れたのが見えた。
そして次の瞬間、黒騎士の姿は目の前にあった。
「なっ!?」
あまりにも突然のことに、頭が付いて行かない。
だがその騎士の手に握られた黒い槍が見え、無理やりに意識を戻される。
避けられない。
浴びせられる冷ややかな、それでいて強烈な殺気に体が動いてくれない。
仮に動いたとしても避けられなかっただろうが。
構えられた槍から与えられる死の予感に耐え切れず、目を閉じようとした時。
銀の線が弧を描き、黒い槍を上空に弾き飛ばす。
そのあまりの勢いに体ごと浮き上がった黒騎士は、空中で回転しながら槍を持ち直して距離を取った。
「三年間……一度たりとももその姿を忘れた事はなかった」
銀の輝きを持つ大剣を構え直し、俺と黒騎士の間に入るのはレウス。
彼は、その命を燃やし尽くすかの様に迸る叫びを上げた。
「黒魔騎士ッ! イレイズルート様が目の前で殺されてから、お前への憎しみが消えることは無かった! ここでその命、貰うぞおおおおおッ!!」
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