2-14 黒魔騎士の足音
マグダート王国の王都、ノードに存在する一室。そこに存在する二つの影は照明もつけずに暗い部屋で向かい合って話をしている。
ただし、そのうちの一つの影は怒気を含んだ声を張り上げていた。
「なんだとっ!? 今更協力は出来ないとは一体どういう事だ!?」
叫ぶ男の声にもう一つの影は、女性にしては低い声で落ち着いて返す。
「だから私の主様は、この地域から手を引くと申している。どういう事も何もこれが理由の全てだ」
するとその一室に繋がる扉をノックする音が響き、静かに開けられた。
小さく開いた扉の隙間から一人の老いた男が顔を覗かせて声を掛ける。
「ヴェル殿下、もうすぐ葬儀の時間でございます。そろそろ来て頂かないと……」
その声に食い気味で返すのは、先程叫んでいた男の声。
「そんな事は分かっているっ! それに今は俺が国王だっ、返事も聞かずに勝手に入るなと何度言えばわかるのだっ!!」
「も、申し訳ありません……陛下、それではよろしくお願いします」
「くどいぞっ!!」
そう言い終えると、そそくさと出ていく老人を見ながら怒りを隠そうともせずに音を立てて椅子に座りこむ。
するとその様子を見ていた女は静かに、しかし嘲る様に嗤った。
「まぁそう怒るな、老人は労わるべきであろう?」
「誰のせいだと思っているんだ……それで、お前のご主人様が手を引く理由は何なのだ?」
ヴェルは努めて心を落ち着かせると、少しだけ冷静になった様子でそう聞いた。
漸く話せる状態になったかとため息を吐いた女は、わざと大きく溜めてから口を開く。
「それはだな……この地域の支配権が『黒魔騎士』に移る事となったからだ」
「なんだとっ!? あの四天魔最強と名高い……あの黒魔騎士か!?」
女の言葉を聞いて椅子を倒す勢いで立ち上がったヴェルに、女はあくまでも冷静な声で返す。
「そうだ、魔王軍に同じ名前の者はいない」
唖然としたヴェルは、頭を抱えて座り込む。
「馬鹿な……いやしかし、お前の主人も四天魔ではないのか? どうにかできるのでは……」
「無理だな。これは四天魔会議で決定された事だ、覆ることは無い」
「そんな……これでは私の計画が……」
肩を落とすヴェルを見ながら、用意されたカップの中身を飲み干した女は見下した目で話を続けた。
「そう焦るな愚か者、このまま何もせずに手を引く訳ではない。主人には手を引けと言われたが、お前が黒魔騎士よりも先に結果を出せば文句も無いだろう」
「それは本当かっ!?」
「ああ、予定通り『魔人化石』を十個くれてやろう。ここまで集めるのは大変だったのだ、早急に結果を出せよ」
その言葉と共に女は中身の詰まった布袋を取り出した。机の上に置かれたそれは、大きな音を立てる。
すると袋を抱える様に握りしめたヴェルは、その口角を吊り上げる。
「ああ分かっているさ、三国連合をこの手で支配して見せるっ! ……その為にも今は『犠牲』となった父上の葬儀に出てやるとするか」
そう言い残し、ヴェルは部屋を後にした。
一人になった女は、独り言の様に呟く。
「愚かな男だ。身に余る支配欲に目がくらみ、人間の身でありながら魔王軍の力を借りるとは……自らの父まで手にかけたあの男の行く末はどうなるか」
ふと、先程話題に上がった名前に考えを移す。
「
そんな言葉を口にした時、自分の舌が少し痺れているのに気付いた。
「あの男め、毒でも盛ったか……魔人に人間の毒など効かないというのに、どこまでも浅はかな人間だな」
女は吐き捨てる様に言うと、その背中から生えた巨大な翼を広げて窓から飛び立った。
王城の高い部屋から飛び立つその姿を見た何人かの人々も、最近よく城に停まる鳥だなぁと気には留めなかった。
太陽がまだ高い位置にある時間、平原を行く一つの黒い人影があった。その者を包むのは仰々しい黒の全身鎧。
もしその者の隣を通ろうとした人がいたのであれば、発せられる圧倒的な黒い魔力の気配に足を止めることになっただろう。
「ここか……」
黒い兜の中から見つめる視線の先には、巨大な外壁で囲まれたインダート共和国の首都ドルアが存在していた。
「さて、本当にただの噂であるのか……だがもし本当なのであれば、俺は……」
独り言を空気に聞かせる男は一度足を止めたが、しばらくして再度歩き始める。
「まずはイヴォークの第一王女、アイリスだな」
するとドルアの外壁から数名の兵士が出てくる。
「お前、ここは正規の門ではなっ……!?」
兵士が声を掛けるが、その声は黒騎士のあまりの威圧感に途切れた。
「お前……以外は要らないな」
そして黒騎士の体が揺れた時、既に一人を残して全ての兵士が地面に伏していた。
「なっ、何をっ」
「お前は何もしなくて良い」
何が起こったのかわからない兵士は、次の瞬間に自分が浮いているのに気付く。
それは、黒騎士に首を掴まれている所為だった。
「ゲホッ……放せっ……」
「……わかった、もう良いぞ」
必死の抵抗を続ける兵士は、急に放されたせいで地面に倒れ込んだ。
そして次の瞬間、兵士の意識は消えることとなる。
「やはり、この町に来ているな」
そうして黒魔騎士は、ドルアに足を踏み入れた。
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