2-13 インダート共和国:首都ドルア


 アルヴを出発してから一日と少しが経った頃。


「そういえば、インダート共和国ってどういう国なんだ?」


 マグダート王国に最短距離で向かうにも一度インダート共和国の首都ドルアを通るため、俺達は今インダート領を馬車で進んでいた。


 しかしその国についての知識も殆ど無いまま来た為、時間を持て余している今の内に詳しそうなエルピネにでも聞いておこうと思ったのだ。


 すると自分に聞かれたというのが分かったのか窓の外を見ていたエルピネは振り返り、少し考える様に間を置いてから口を開く。


「そうだな……インダートというよりも三国連合の全てが、主要都市を一つしか持たない都市国家だ。領地は、イヴォーク領を均等に三分割したものとほぼ同じだと考えて良い」


「へぇ……イヴォークって本当に大きかったんだな」


 エルピネの話に改めて、イヴォークが大国と言われていた所以を思い知らされる。イヴォークは王都の他に規模は小さいがアルヴの様な都市が四つ存在しているらしい。


 そんなことを考えている間も、エルピネはそのまま説明を続けてくれる。


「三国連合とは元々、規模が殆ど同じだったインダート、マグダート、ウォルダートの三国が五十年ほど前に同盟を結んで成立したものだったはずだ」


 エルピネは確認を取るかの様にネロへと視線を向けると、彼は頷いて返した。


「その通りだ。元々小国だったからこそ周辺にある大国に飲み込まれない様にと手を組んだのが始まりだった。現在でもそうだが、各々が違う色の国だったのも幸いしたな」


「違う色?」


 補足して説明したネロの言葉に気になる箇所があったので聞き返す。


 すると俺の疑問にネロは少し驚いた表情になったが、そういえば違う世界にいたんだなと納得していた。


 おそらくこの世界では有名な話だったのだろう。


「インダート共和国は科学に優れていた。初めて『魔道具』が開発されたのもこの国だ。そして俺の生まれたマグダート王国は人口こそ少ないものの魔法の研究では世界一を争うと言われる」


 ネロの言葉を聞いて、今度は俺が驚く側に回った。その有名というよりも常識の範囲に入りそうな話に、本当にこの世界の事を知らないんだなと実感してしまう。


 もし時間が作れたら、一度は勉強しておいた方が良いのかもしれない。


 そんな考えが頭を巡っていた時、話を聞いていたレウスが御者席と繋がった窓から参加してきた。


「ウォルダート王国は私の出身国ですな。三国連合内では一番人口が多く、魔力を織り交ぜた独自の体術を使う兵士は強力そのもの。『戦士の国』との呼び声も高いとか」


「へぇ……レウスの故郷か」


「もっとも、十代の頃に親父に勘当されて以来一度も帰っていないのですがな!」


 そんな言葉と共に豪快に笑うレウスを見て苦笑が漏れる。


 すると丁度レウスの声が一番近い場所に座っていたエルピネは、拳を窓へと突き刺した。


「痛っ!? おいお前一体何をするんだ……!?」


「うるさいのだ馬鹿者、声が響く。それよりもドルアまでは後どのくらいで着くのだ?」


 抗議するレウスの声を冷たく一蹴したエルピネが聞くと、代わりにロゼリアが答える。


「この先は高低差の無い平地ですから、もうそろそろ目視できるとは思います。……あ、丁度見えてきましたね」


 ロゼリアの声を聞いて半ば反射的に窓から顔を出すと、続く道の先の方に少しだけ見える影があった。


「ここからだと一時間位で着くでしょう。もうしばらくですよ」


 彼女のその声を聞いて馬車の中に戻る。するとネロが小さな声で話しかけてきた。


「そういえば俺、手持ちのお金がないんだが……後で必ず払うから貸してくれ! この旅でかかった他の物も請求してくれて良いからっ!」


 手を合わせてそうお願いしている彼の小声は、残念ながらエルピネに聞かれてしまったようだ。


 エルピネは身を乗り出し、とても良い笑顔でネロの肩を叩いた。


「もちろんそのつもりだとも。加えてマグダート王国までの第三王子の護衛料、輸送料もしっかりと請求するからな?」


「えっ……あっ、はい。お手柔らかに……」


「ふふっ……」


 満面の笑みで要求するエルフに絶望した表情になったネロは、肩を落として答える。


 そんな彼らを見て隠す様にアイリスは笑っていた。ネロには悪いがアイリスの笑い声に釣られて俺も思わず笑ってしまう。



 偶にロゼリアやレウスも参加しながら皆で絶えず話しているとあっという間に一時間が経ち、遂に首都ドルアは目前に迫っていた。


「はー、これは凄いな……」


 ドルアを取り囲む外壁はかなり背が高く、とても中の景色を見ることが出来ない。


 それによく見ればただの外壁ではなく、所々に空いた穴から見える内部には人影や大砲の様な物まであった。


 その巨大な壁とは明らかに不釣り合いな小さい門に馬車を近づけていくと、壁の中から突然出てきた兵士が門の直前で俺達の進路を防ぐように立つ。


「止まれ! ここは正規の入り口ではないぞっ! 今日誰かが通る予定は無い筈、お前達は何者だ!」


 兵士の中から一人が歩いてきて、叫ぶ様に声を張り上げた。


 そのまま馬車へと近づいてくるのが見えた時、エルピネがネロを馬車から放り出した。


「ほら、出番だぞ殿下」


「えっ、ちょっと待っ……うおお!?」


 扉から転がり落ちる様に外へと飛び出したネロは、そのまま地面で二回転した。


「あ、あなたはマグダートの……第三王子殿下では!? なぜ今ここに……」


「いや、えっと……」


 そんな様子でネロが兵士に説明している最中、馬車から降りようとした時に少しだけ門が開いているのに気付いた。


 その門の隙間から見えた町の景色に、思わず目を奪われることになる。


 少し灰がかった白い石と暖色の煉瓦が組み合わさった様な建物が続く街並み。所々から吹き出る蒸気はアルヴを連想させるが、規模は桁違いに大きい。


 インダート共和国の首都ドルア、自分の常識から全く外れた新たなる異世界の都市に感動を覚えずにはいられなかった。

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