2-12 急ぎ足
「崩御って……国王は病気を患っていたのか?」
あまりにも突拍子もないその話に思わず聞き返すが、ネロは厳しい表情で否定する。
「いや、少なくとも死亡する様な病気は一度もなかった筈だ。死因は公表されていないが、何かあったことは間違いない……」
「なるほど……」
だが先程のネロの言葉に、少し疑問に思う部分があった。
「言い方が冷たくなってしまうかも知れないが……ネロは俺たちを置いて先にマグダートに帰った方が良いんじゃないのか? 俺達を連れて行くよりも、立場的には……」
しかしネロはその首を静かに振って、俺の言葉をまたしても否定する。
「どうやらお前達も無関係じゃないんだ」
「無関係じゃない……? どういう意味だ?」
するとネロは急いで来たからであろう荒れた息を整える様に間を置くと、ゆっくりと話し始めた。
「……今回の三国連合会議はインダート共和国の首都ドルアで行われる予定だった。だがマグダートで行われる葬儀とヴェルの戴冠式を考慮して、会議の場所もマグダートに変更されることになったらしい」
ネロが言い終えた時、廊下から来た別の者の声がした。
「それに開催日も五日後と若干早くなっておる。今からインダートに向かい、寄り道せずにマグダートに行ってもギリギリだな」
声の主はエルピネだった。彼女の後ろに続いてレウスやロゼリア、アイリスの姿も見える。
その時、レオはその膝を床へと付けて座り込んだ。
「なっ、何をして……」
彼が取った突然の行動に驚いて思わず声を上げるが、それに構わずにネロは話を続けた。
「頼む、一緒にマグダートに行ってくれないだろうか……インダートに用事があったのは前に聞いたから知っている。それでも、頼む……」
その言葉を聞いて、彼が言わんとする意味を理解した。
俺達がインダート共和国に向かう理由は、かつて父であるイレイズルート王に仕えていたという人に会うため。そしてその人にレウスの新しい剣を作ってもらうためだった。
いつかにその話をしていたのをネロは覚えていたのだろう。
「正直、その力を当てにしたい気持ちもあるが……ヴェルが明確に邪魔だと判断したお前達だからこそ、来てくれるのならこれほど心強いことは無い……」
縋りつく様に言葉を続けるネロの姿には、いつもの軽薄そうな雰囲気は全くなかった。
こんな姿を見せられては、断るのも難しいだろう。しかし俺だけの判断で決める訳にもいかないと思い直し、エルピネとレウスに視線を向けた。
すると、まるで予想していたかの様に彼らは口を開く。
「私達は、貴方の言う事に従うまでです」
「ハルカはどうしたいのだ?」
レウスの力強い言葉と、エルピネの問いかけに少し考える。
しかし答えは決まっている様なものだった。
「俺は、行くべき……いや、行きたいと思う」
するとエルピネは柔らかい笑みで答えた。
「ならば、決定だな」
そのやり取りを見ていたネロが頭を下げて言った、小さな感謝の言葉がとても心に残った。
「出来ればずっと貴方達と話していたいものですが、仕方ないですね。国境の警備には話を通してありますので、馬車のまま通り抜けて大丈夫です」
そう言うハーフルに見送られ、彼が用意してくれた馬車に乗り込む。
「本当にありがとう、ハーフル公爵。また是非」
短くだが感謝を述べたアイリスに続いて、彼に声を掛けた。
「色々とありがとうございます。……あの庭、本当に綺麗でした」
それを聞いたハーフルは少しだけ驚いた様子を見せたが、直ぐに笑って答えてくれる。
「魔光花の原生地は今や、魔王の支配域ですからね。あの庭を大切に守っていきますので、また是非一緒に来てください」
小さく会釈して、馬車に乗り込んだ。
俺が最後だったようで、馬車の中では既に全員が用意していた。そして中を確認したレウスは声を掛けてくる。
「それでは、出発します!」
迫力のある声に乗せて、馬は鳴き声を上げながら前進を始めた。
そのまま町の大通りに出た後、入ってきた方とは逆の位置にある門へと向かう。
窓からの景色を眺めていると確かに露店の壁や路地、掲示板などの至る所にオストとの戦いの記事と、アイリスの肖像画が貼られてある。
何とも言えない気持ちになり、馬車の中に視線を移すとアイリスと目が合った。
彼女は俺が何を見たのか察しているらしく、困った様に笑うだけだった。
だが他に人もいる状況でそんな話をする訳にもいかないので、出来るだけ柔らかい笑みを努めて無言で答えた。
そして空気を変える為に、ネロへと声を掛ける。
「この町からマグダートまでだと、真っ直ぐに向かってどれくらいかかるんだ?」
すると少し考える様な仕草をしてから彼は言った。
「馬車でなら、早く着いたとしても三日か四日だな。必要最低限の数だけ町を経由することを見積もると四日と見ておいた方が良さそうだが」
「本当にギリギリだな……」
そう答えながらも、少しだけネロの事が気になった。心が逸っているからか先程から少しだけ挙動不審といった様子だ。
するとそれを見かねたのか、エルピネが声を掛ける。
「焦るのはわかるが、こればかりはどうしようもないのだ。それでは余計に体力を使うだけだぞ。少し落ち着け」
エルピネの忠告に、ネロは少しだけ顔を伏せて黙り込む。
そしてしばらく経ってから顔を上げると、無理やりだろうがいつもの様子に戻したネロが口を開く。
「それもそうだな……すまないっ! いざという時に動けないんじゃ意味無いしな!」
そんな彼の様子に、アストが起きてさえいれば転移が使えるのになと考えずにはいられなかった。
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