2-11 アルヴの夜と届いた知らせ


「これは……凄いな……」

「私もまさか、ここまでとは……」


 アイリスに連れられ、ハーフル邸の庭へと出て直ぐに飛び込んできた光景に思わず二人で声を上げた。


 噴水が中央で控えめな音を立てる中、それを取り囲む様に咲いた黄色い花が淡く発光している。


 視界一杯に広がる程の大きな庭に所狭しと咲く花は、吹き込む夜風に揺られていた。


 はじめは夜に庭を見に行くというのは一体どういう事なのかと少し疑問に思ったが、ハーフルは夜だからこそ見せたかったのだろう。


「この『魔光花』は自然に咲く花なのだけれど、手入れがとても難しくて中々ここまでの数を育てられないの……本当に綺麗」


 淡く光る黄色を、その黄金の瞳に映すアイリスの姿を含めて今見ている光景が一つの絵画の様だった。


「えーっと……あっ! あの噴水の傍に椅子が置いてあるわ、行きましょう?」


 息をするのさえ忘れていた俺は、その言葉で我に返る。そして出来るだけ不自然な間を作らない様に慌てて答えた。


「え、ああっ、そうだね」


 しかし思い切り不自然な口調になってしまう。それを首を傾げて少しだけ不思議がっていたが、いつもの笑顔で歩を促された。


 そのまま進んでいくと丁度二人程が座れる程の幅を持った木製の椅子が静かに佇んでいる。椅子に彫られた意匠や控えめに主張する装飾がその椅子は決して安いものではないと教えてくるが。


 殆ど同時に腰掛けると、当然だが並んで座る事になった。


 肩が触れそうで触れられない距離のまま、アイリスは話し始める。


「どう? もうこの世界には慣れた?」


 視線を真っ直ぐに俺の目へと届ける彼女は、その笑顔のまま聞いてくる。


「……うん、だいぶ慣れたよ。心配してくれてありがとう」


 つい数分前にレオに言った内容とは矛盾するかも知れないが、きっとネガティブな事を言ってもアイリスは心配するだけだろう。


 そんな内心を悟られないように、少しだけ話題を逸らした。


「そういえば、このアルヴは活気が凄いね。オストが来る前の王都よりも人口が多く感じたよ」


 すると彼女は、小さく声を出して笑う。


「確かにそうかもね……でもこの町はハーフル公爵の力も大きいかなぁ」


「あーあの人、結構出来る人っぽいよね」


「そうそう、とても優秀なの。……でも少し前まではここも王都とあまり変わらない状況だったのよ?」


「えっ、本当に?」


 昼間に見た町の様子からは想像もつかず、思わず聞き返した。


 するとアイリスは静かに肯定してその視線を下に伏せる。少しだけ彼女の纏う雰囲気が普段のものから、王女としてのものに変わった気がした。


「ハーフル公爵の話によると、やっぱり魔王軍の幹部を国が倒した事も大きかったみたい。魔王の四肢とも言われる『四天魔』に最も近かったのがオストだったらしいの」


 そのせいで思わず黙ってしまうが、彼女は話し続ける。


「本当に久しぶりに魔王軍との大きな戦いで勝ったから、一時的に湧いているだけなのが現状。このまま何も動きが無ければ、直ぐに元に戻ってしまう……」


「アイリス……?」


 その声が少しだけ震えているのに気付き、名前を呼んだ。


 すると伏せた目をアイリスはもう一度俺に視線を向けた。その表情は笑っているのだけれど、何故か泣いている様にしか見えない顔だった。


「ちょっとだけ……王女としてじゃない、独り言を言っても良い?」


 アイリスのその仕草や言葉に、驚きで鼓動が跳ねたのが分かった。しかし断る選択肢など無く、首を縦に振って了承する。


 すると彼女はその悲しそうな笑顔のままに口を開いた。


「ハルカ、気付いた? 町の至る所にあの日の記事が貼っていて、私の肖像画がどの店にも飾ってあるの……私の力で国が元気になったのなら喜ぶべきなんだろうけど……」


 そして自分の手で顔を覆うと、小さく言葉を漏らした。


「少しだけ……私には、重いなぁ……」


 絞り出した声に乗った彼女の感情は、どれほど重いのだろうか。


 彼女は正面の噴水を見つめながら、その頭を俺の肩に預けてきた。夜風が運ぶ肌寒い空気は、肩から伝わる温かい熱を一層に感じさせる。


 普段ならば鼓動が飛び跳ねて喜ぶところなのだろうが、今はそんな気分にはなれない。


 こんな時、彼女にどんな言葉を掛ければ良いのだろうか。

 

 町を見ている時も初めての景色に興奮して騒いでいただけだった。少しでも気にしていれば、気付けただろうに。


 きっと今の俺が言う言葉には、何一つ責任が伴わないだろう。


 しかし軽薄でも、せめて彼女の気が紛れるのであればと、口を閉じている訳にはいかなかった。


「それじゃあ……その重さ、半分だけ背負ってあげる」


「えっ……!?」


 小さく驚いて頭を上げたアイリスは、その少し潤んだ瞳を俺に向けた。


 向けられた視線に言葉が詰まりそうになる。しかしここで黙ってしまえば変な雰囲気になりそうで、あえて無視をして続けた。


「だって俺はクリスミナの王子なんでしょ? 確かにイヴォークではアイリスに期待を寄せる人は多いけど、人類規模なら俺の方が重いっ! ……だから、その半分くらいどうってことないよ」


 そのまま立ち上がり、夜空に向かって叫ぶ様に言った。


 俺自身そんな覚悟は持っていないけど、それでも虚勢を張る。


 きっとそれはとても無礼で、軽薄で、中身の無い言葉。


「ふふっ……」


 しかし今、彼女が笑えたのならきっと価値はあったのだと信じたい。


「そうね……でも私は、貴方に会えただけでも十分に……」


 吹き抜けた風が魔光花を揺らした音で、アイリスの声はかき消される。


「何か言った?」


「いいえ、なんにもっ」


 その夜、もしかしたら朝日の光が薄く空を照らすまで。


 二人の笑い声は、その庭を一晩だけ賑やかにしていた。








「おいっ! ……起きてくれっ!」


 そんな大声と共に、扉を叩く音でベットから飛び起きた。


「眠い……」


 あれから部屋に戻って何時間くらい寝ただろうか。


 この眠さ具合だと、そんなに時間は経っていないかもしれない。


 ベットに居座りたい欲求を何とか振り払って歩き、扉を開けた。


「はーい、どちらさまです……」


「直ぐに出発してくれないかっ!!」


「おおっ!?」


 開けた瞬間に部屋へと突撃してきたのは、汗で額を濡らしたネロだった。


 その様子に思わず文句を言おうとしたが、勢いそのままに話し始めたネロの言葉を聞いて驚愕する事になる。


「父が……マグダート国王が崩御した! 次の王に選ばれたのは……第一王子ヴェルだ!」

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