2-10 アルヴの夕


 門を通り抜けてからまず感じたのは、人々の喧騒だった。


 大通りを行き交う人々は忙しそうに駆け回っているものや、ゆっくりと買い物をしている人まで様々。その中でも、荷馬車に商品を詰め込んだ商人や黒く汚れた作業用にも見える服を着ている人達が目立つ。


 その次に多いのは、イヴォーク特有の赤い鎧に身を包んだ騎士だろうか。


 通りに広がる人々の様子に目を奪われていると、アイリスが声を掛けてくる。


「インダート共和国との国単位での貿易は全てここで行われるから、騎士達も多いの。もちろん半分以上はここに暮らす人々だけど」


「なるほどなぁ……」


 周りに見える景色は、どちらかと言えば王都よりも近代的に感じる。


 アルヴはかなり最近できたと聞いたが、やはり新しく作った建物ばかりで余計にそう感じるのだろうか。


 すると俺と同じように馬車の中から窓を覗いていたネロは、関心した様子で言った。


「インダートの王都を見た時もかなりの衝撃だったが、アルヴも中々に発展してきてるじゃねえか。イヴォークはまだまだ安泰だな」


 それを聞いて少し苦笑したアイリスは、少し間を置いてから口を開く。


「でもこのアルヴの発展は、このアルヴ地区を治める方がとても優秀だったからよ。これからその人の所へ行くのだけれど……」


 窓から見える空はもう赤く染まってきたことや三国連合会議までに時間の余裕もある事から、今日はこの町に泊まるらしい。


 ここからインダート共和国の首都まではそう遠くないとの事だった。


「へぇ、そりゃあ楽しみだな。是非話してみたいものだね」


「まあお主は発展のコツを聞いたところで、第一王子を何とかしなければ意味はないかもしれんがな」


「……ねぇちょっと魔将さん、俺への対応が冷たくない?」


「気のせいだ」


 そんな談笑を馬車の中で繰り広げながら揺られること十五分ほどが経った頃。


 馬車が緩やかに速度を落として止まった。


 そして直ぐに御者席からロゼリアの声が聞こえる。


「到着しました、ここで降りましょう」


 その声に従って順に馬車から降りていくと、視界には端まで広がる豪邸が映り込んできた。町の景観に合わせたのか落ち着いた雰囲気の色使いだが、それに見合わない威圧感を放っている。


 そしてその門の前に並んでいるのは使用人達だろうか、こちらを見て一斉に頭を下げるその光景に思わず息を飲む。


 するとその人達の中から一人の男がこちらに近付いてきた。


 三十代程だろうかとても若く見えるその男は金髪を後ろへとまとめた長身の、いかにも出来る男といった雰囲気を出している。


「ようこそお越しくださいました、アイリス殿下」


「わざわざ迎えまでありがとうございます、ハーフル公爵」


 アイリスと短い言葉と共に握手を交わしたハーフル公爵と呼ばれた彼がこの地方を治める男なのだろう。


 すると続いて俺達を見ると、微笑みながら話しかけてくる。程よく年を取った彼には色気さえ感じる程の魅力があった。


「あなた方は……話は聞いております。お会いできて光栄です、クリスミナの皆様」


 レウスやエルピネを見て少し興奮した様子だったが、やがてその視線は俺へと固定された。


「貴方がクリスミナの王子、ハルカ様ですね。イヴォークを助けて頂きありがとうございました」


 そう言って差し出された手を握ると、その大きな手に出来たいくつものタコに気付いた。


「あっ、えっと……初めまして」


 何を言って良いのかわからず咄嗟に挨拶だけは返した。しかしそれは気にならなかった様で、ハーフルは話し続ける。


「私も兵を出して向かおうとしたのですが、ここからだと余りにも時間がかかり過ぎて……ああいった場合も想定しなければなりませんね」


 そしてハーフルは視線を移動させると、ネロに気付いて少しだけ驚いた様子だった。


「あなたはマグダート王国の……第三王子殿下では? 何故ここに……」


「あーえっと、それには深い事情がありましてな……」


 どこから話して良いのか迷っているのだろう、少し言いにくそうにするネロを見てハーフルは笑いかける。


「何か事情があるようですね。とりあえず、皆様中へと入りましょうか。ゆっくりと疲れを癒してくださいませ」


 そして彼に促されるまま、目の前の豪邸に足を踏み入れた。







「あー気持ち良い……このベット、直ぐに寝てしまいそう……」


 俺は今、自分にあてがわれた部屋のベットに顔を埋めていた。


 あれから大きな部屋に用意された夕食をハーフル公爵と全員で食べ終え、久しぶりに体を洗わせてもらった後だった。


 ハーフルはやはりクリスミナの事に関心が凄くあったようで、レウスやエルピネを見る目は完全に憧れの存在を前にした少年のものと同じだったのが印象に残っている。


 また俺の事も当然ながら気になっていた様で、この世界に来た経緯から話していると常にネロと一緒に頻繁に驚いていた。


「明日はそんなに早くないらしいから、ゆっくり寝れるんじゃないか?」


 レオも同じ様にベットに体を埋めながらそんな事を言ってくる。


 聞いたところによると、俺の中にいても良いのだがこういった感触は味わえないらしい。


 特に何もない空間にいるよりはと、最近は頻繁に出てくるようになった。


「いやーしかし、もうこの世界に来てから一か月近くになるのか……」


「それなりにこの世界には慣れたのか?」


 両方ともベットに突っ伏しながら話している為にかなりシュールな光景だが、気にせずに話し続ける。


「まだちょっと慣れないなぁ……なんというか、地に足がつかない感覚」


「なるほどな。しかし、い……」


 レオが何かを言おうとした時、部屋の扉がノックされる。


「誰だろう……はーい!」


 扉に向かって少しだけ大きな声を出すと、向こう側から帰ってきたのはアイリスの声だった。


「ハルカ、少しだけ時間大丈夫ですか?」


 その言葉を聞いて少しだけ考えるが、この後は寝るだけだったので特に用事はない。


 扉の前まで歩いて行ってそのまま開けると、いつもとは違った服装の彼女が視界に入ってきて少しだけ心臓が跳ねる。


 目が合った時、思わず黙って見つめてしまいそうになるのを何とか堪えて返事をした。


「全然大丈夫だよ。どうかした?」


「あ、えっとハーフル公爵に勧められたのだけど……この建物の庭が夜に見るととても美しいと……一緒に見に行かない?」


「えっ、それは見たいな。レオは……」


 単純に興味を刺激されたのもあり二つ返事で了承すると、ふとレオの事を思い出して振り返る。


 すると既にベットにレオの姿はなかった。


「? どうかしましたか?」


「いや、なんでもないよ。行こうか」


 こういう時、レオは結構消える癖があるなぁと思いながらも部屋を後にした。


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