2-9 到着、辺境の町


「ともあれ、そうであればアイリス姫は本当に魔王軍幹部を倒した訳か。さすがに召喚魔法は強力だな」


 ネロが思い出した様にそう口にすると、アイリスは首を振って否定する。


「いいえ、私の力だけではないの。ここにいる人達のお陰よ」


 そう言ってこちらを見たアイリスの言葉に、ネロは大げさなまでに反応した。


「あっ、そういえばお前のっ……痛い!」


 自分が拘束されていたことなど忘れていたのだろう、飛び起きた彼は見事に体勢を崩して地面に突っ伏していた。


「……もう大丈夫そうだな」


 先程とはあまりにも違うネロの態度に苦笑いしながらも、危険ではないと判断して手足のクリスタルを砕いて解放する。


「おお助かった。しかしその力、お前は本当に何者だ? イヴォークの姫にクリスミナの『猛将』、『魔将』まで一緒に行動してるなんて……」


「それは私が説明しようかの」


 赤みがかった透き通る瞳を向けられてどう説明すれば良いか困っていると、エルピネがそう言って助け船を出してくれる。


 彼女なら安心そうなのでその場は任せることにした。


 それよりも、俺にはもっと気にしていたことがあったのだ。


「ちょっと聞いていいか、レオ?」


 彼女達がはなしている間にそう聞くと、先程から消えずに肩の上で寝息をたてていたレオが目を覚ます。


「……ん、どうした?」


「いや少し気になったんだが、アストって今どうしてるんだ?」


 レオに問いかけた内容は、魔人オストとの戦い以降姿を現さなくなったアスプロビットについてだった。


 それを聞いたレオは、「あぁ……」と納得したように頷く。


「しっかりとハルカの内側の世界に存在はしているぞ。ただし、今は出てこれないだろうな」


「それは……何か理由があるのか?」


 少し心配になって聞いてみると、レオは一呼吸置いてから話を続けた。


「そうだな……固有の結晶魔法もクリスミナの血統を持つ者は扱えると言ったが、本来その魔法の保持者でない者が使うには多少の負荷がかかるのだ」


「負荷?」


「ああ、結晶魔法に関わらず魔法というのは使用者の魔力のみで行使する。しかし『転移』の様な本来は固有の魔法を別の者が使うにはそれなりの代償、つまり負荷がかかる。その負荷は全て結晶本体、アスプロビットに行くのだ」


 レオから告げられたその魔法の仕組みに思わず息を飲んだ。


 もしそれを知っていたら一度だって使うことを躊躇っただろう。


「それ、本当にアストは大丈夫なのか……?」


 するとレオは俺の顔を見て、鼻で息を吐いてから器用に笑う。


「大丈夫だ、気にする事じゃない。負荷といっても痛みや苦しみを感じるわけではないさ。具体的には……」


「具体的には……?」


 何故かためを作った言葉に待ちきれずに思わず聞き返すと、レオは真剣な顔を作って言った。


「凄く……眠くなる」


「……は?」


 どうやらアストは今、俺の内側で就寝中だったらしい。


 その言葉に思わず頭を押さえてため息をついていると、後ろからネロの叫ぶ声が聞こえた。


「はあああああ!? クリスミナ王家の本物の生き残りぃ!?」


 この反応をされるのにも慣れないといけないんだろうなと、その声を聞きながら少しだけ憂鬱になった。






 それから少し時間が経った頃。


 俺達はまた馬車での移動を再開し、もう辺境の町は目前に迫っていた。


 ギルメ達の第三王子直属部隊とは別れを告げ、本来の目的を果たすために馬車に揺られていたのだが……


「いやーしかし、本当に驚いたぞ! まさかこんな状況でクリスミナの生き残りが現れるとは」


 ネロは俺達の馬車に乗り込んで行動を共にしていた。


 というのも、ギルメ達は人数が多いため別の移動手段を使うらしいのだが、第一王子ヴェルの行動が気になるからとネロだけ先に俺達と途中まで一緒に向かうことになったのだ。


「もうその話は何度目だよ、ネロ」

「いや仕方がないだろ? それだけ衝撃的な話なんだからよ」


 苦笑しながらそう言うと、ネロは快活に笑って返してくる。


 ちなみにこの砕けた口調での会話も、年齢が近いからという強引な彼の提案に押し切られたものだった。


「ただこの男がいれば、一々確認を取らなくても三国連合の中で移動には困らんからな」


 エルピネがネロを指し示して言った。確かに、連合の中でなら一国の王子がいれば色々と楽なのかもしれない。


「おいおい俺の価値はそこだけかよ、流石に魔将様はキツイねぇ」


 そんな取り留めのない話をしていると、御者席からロゼリアの声が聞こえてきた。


「見えてきましたよ。あれがインダート共和国の国境にある町アルヴです」


 馬車の窓から顔を覗かせると、王都と同じ程大きなの外壁が見える。その上に見える内部の背の高い建物からは所々に蒸気の様な物が出ていた。


 門の向こうに見える全体的に灰色がかった町は、オスト襲撃前の王都よりも活気がある様な気がした。


「はぁ……また随分と毛色が変わった町で……」


 そんな声を漏らすと、横でエルピネが笑う。


「インダートの首都はよりもっと変わっているぞ。まあ今の情勢でイヴォーク程に活気があるかは知らんがな」


 エルピネのその言葉に付け加える様にしてアイリスも言った。


「ここはインダートとの国境ですから、同盟国としてかなり向こうの物を取り入れているのです。インダート共和国は大国ではないですが、その魔法を使った工業力はいまだに世界有数ですからね」


「なるほどなぁ……」


 頷いて納得していると、話が終わるタイミングを見計らっていたのかロゼリアが更に声を掛けてくる。


「おそらく話は通っていると思うので、このまま正門から入ります。降りる準備だけしておいてください」


 そして俺達は、辺境の町アルヴへと足を踏み入れた。

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