2-8 調子の良い王子と波乱の予兆


 風の吹き抜ける平原で騒いでいた時、ふと足元で声がした。


「ん……あれ、俺は一体なにを……?」


 そんな声を出したのは先程の戦闘中にギルメ達から頭領と呼ばれていた青年だった。


 気絶して倒れていた体を上半身だけ起こした青年が辺りを見回した時、戦闘で切れていたのか顔を覆う黒い布が地面に落ちる。


 中から現れたその顔は、隙間から見えていた赤みがかった茶色の瞳と同じ色をした髪を少し長めに伸ばした青年だった。


 天然なのか少し曲がった髪を鬱陶しそうに掻いたその青年は、今の状況を理解できていない様だった。


「頭領っ!」


 目覚めた事に気付いたギルメ達がその青年に駆け寄っていく。


「お前達……一体これは」


 そして俺の隣に来たアイリスの表情は、青年の顔を見て驚きに染まった。


「……まさか、本人だったのですね」


 その表情のまま、彼女は少しだけ固く感じる声を出す。


「お久しぶりです、ネロ第三王子殿下」


 アイリスのその声に勢いよく振り返ったネロと呼ばれた青年は、その表情を怒りに燃やして叫んだ。


「アイリスっ! 王女の身で魔王派に身を落として民衆を騙すとは、お前はっ……!」


「おっ、落ち着いて下さい殿下! それは誤解で……」


 ギルメが焦ってなだめようとするが、ネロは聞く耳を持とうとはしない。


「うるさい黙っていろ! ここで俺がっ……!?」


 その勢いのまま立ち上がってアイリスに詰め寄ろうとするが、途中でバランスを崩して地面に突撃した。


「なんだっ、これは!? ……取れないっ」


 ネロはそう言って、自分の腕や足に付けられたを忌々しそうに見た。


 その様子を見て、ため息と共に思わず安堵の声も漏らした。


「大正解だな、レオ」

「そうだろう? こういう人種は人の話を素直に聞く訳がないんだ」


 肩に乗った相棒に話しかけると、ドヤ顔を貼り付けて返される。


 ネロの手足を拘束したのは、クリスタルを使っているから当然だが俺だった。


 先の戦闘が終わって少し経った頃。


「ハルカ、この男を拘束しておいた方が良いんじゃないか? 誤解が解けぬまま意識を失っている様だし、起きた瞬間に飛び掛かってくるかも知れんぞ」


 レオにそう忠告されると、戦闘中の男の様子を思い出して納得するしかない。そのまま魔力を元に剣を作り出す時と同じ要領で枷を作り、手足にはめていたのだ。


 そんな経緯を思い出していると、急に叫んだネロの声によって現実に意識を戻される。


「おい! この変な魔法はお前のだろっ! はやく解放しろっ」


 その瞳を俺に向けたネロを落ち着かせるために声を掛ける。


「待て、少し落ち着けって。とりあえず話を……」


「魔王に心を縛られた者の話など聞ける訳も無いだろう! ……これが魔法であるならば、使用者であるお前をっ」


 しかし全く話を聞かないネロは、唐突にその体から鋭い魔力の気配を出す。


 不味い。

 全く構えていなかったせいで、この速さには対応できないかもしれない。


 そんな考えが頭を巡った時、半ば無意識で全力の魔力を練り上げた。


 身体の中心から爆発する様に拡散したそれは、衝撃の波となって外へと飛び出す。


 その魔力の衝撃は一瞬にして草原を駆け抜けた。


「っ!……なんっだ、その魔力。いや、お前は一体」


 そして衝撃を浴びた者達は、一瞬その膨大かつ強烈な圧力に呼吸を忘れたという。


 ネロもそれは例外ではなかったようで、意図せず起こった出来事によってやっと話が出来る状態になった。






「いやーすまなかったアイリス姫! まさかとは思ったが、あの腐った腹黒兄貴だったらやりかねんな!」


 先程の濁流の様な怒りは何処へ行ったのか、事情を話し終えると一気にお調子者の様になったネロを見て思わず毒気を抜かれてしまった。


「ようやく私の知るネロ殿下になりましたね……」


 アイリスに至っては苦笑いしか出来なくなっていた。


「いやしかし、お主が第三王子に拾われたとは言っておったが……まさか一緒に賊のフリをしているとは思わんかったぞ」


 エルピネはギルメに向かってそうため息をつきながら言った。


 すると申し訳なさそうにするギルメに変わってネロが笑いながら答える。


「いやー俺には王子やってるよりも、こうしてる方が性に合っててな。戦争で国を無くした騎士達を集めて目についた『魔王派』を裏で狩ってるんだ」


 その言葉を聞いたロゼリアが不思議そうな表情でネロに問いかけた。


「しかし今まで黙認していたという第一王子ヴェルが、なぜ貴方達に嘘の情報を?」


 ロゼリアの問いかけに、ネロは癖のある髪をいじりながら少し考えていた。


「……おそらくだが、最近ヴェルの周りにも魔王派の影があって俺達が嗅ぎまわったからだろうなぁ。それに確証はないが、あんた達だとわかっていて俺に襲わせた気がする」


 ネロはそのまま、少し声を落として続ける。


「つまり、俺達があんた達に潰されるのを分かっていたんだろう。そうでなくとも、あんた達が潰れてもヴェルにとって美味しい結果になったと考えて良い」


 それを聞いたエルピネが真剣な表情で口を開いた。


「成程な、考えられるとすれば……三国連合会議にイヴォークが介入する事を嫌った、または魔王派を消される事が『急に』都合が悪くなったか……」


 急に、という強調したエルピネの言葉にネロは頷いた。


「そう、つまり魔王派を消す事をなんとも思わず黙認していた筈が今度は都合が悪くなった……ヴェルは何かしらの理由で魔王についたと考えて良いだろう」


 エルピネは口角を上げるが、笑っているとは思えない怖さを含んだ表情で言った。


「……三国連合会議か、思ったよりも荒れそうだな」


 その言葉は程度の差こそあれど、全員が感じていた事を代弁したものだった。

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