2-7 思わぬ繋がり


「アースが作った……魔道具の殺戮兵器だと?」

「そんな馬鹿な事がある訳ないだろうっ、いい加減にしろ!!」


 ギルメの言葉に、異常な程の反応を示したのはエルピネとレウスだった。


 レウスは今度こそ怒りが爆発したのか、声を荒らげた。


「確かに戦闘に適用できる物もあったが……アースは決して兵器などは作らなかった!」


 エルピネもレウスに続いて否定する。


「あいつの遺作を全て確認した訳ではないが、絶対に殺戮兵器を作っていない事は断言できる」


 二人の表情は、真剣そのもの。その口振りからは何かしらの繋がりがあった事だけは感じられた。


 あまりの威圧に声が出なくなってしまったギルメに変わって、二人に問いかける。


「二人は……そのアースっていう人を知っているのか?」


 すると表情は暗いままだったが、レウスはゆっくりと口を開く。


「……はい。以前にロゼリアが言っていたと思うのですが、イレイズルート様の代には歴代最強の精鋭軍と呼ばれた『十将』がいました。私とエルピネ、そしてアースもその十将の一人だったのです」


 語られた内容は衝撃的なものだった。死んでなお語り継がれる錬成術師が、彼らと同じく自分の父に仕えていたというのだ。


 一体自分の父親とはどんな人物だったのだろう。また時間がある時に二人に聞いてみるのも良いかもしれない、そんな気持ちが少しだけ湧いた。


 少し複雑な思いを巡らせながら視線を移動させると、ふとある事に気付く。


 その視線の先ではギルメが、というよりも俺達以外の全員がその顔に驚きを貼り付けていた。そしてギルメは固まった表情のまた低い声を絞り出すようにして呟く。


「いやそんな、死んだはずじゃ……」


 そしてレウス達をまじまじと見つめると、何かに気付いた様に声を上げる。


「あなたはまさか、『猛将』のアリウス……? ということはそちらのエルフは『魔将』のエルピネ……」


 そうしてギルメは耐え切れずと言った様子で膝をつき、放心した表情になった。


「……私は今、何を見ているんだ。全員が死んだと言われていたクリスミナの十将、人類の最高戦力がこんな所に二人も……私達はなんという事を……」


「……これで少しは、話を聞きやすくなったかの」


 ギルメ達の様子を見て、エルピネはため息交じりの声を漏らす。


「それで? お前達に我らを『獲物』と定めた情報を持ちかけたのは誰だ?」


 その問いを聞いてギルメは表情を真剣なものに戻すが、それはどこか暗さを感じさせるものだった。


「……マグダート王国、第一王子であるヴェル殿下です」

「そんなっ……」


 ギルメの言葉に、アイリスが思わず声を上げた。


 すると厳しい表情になったロゼリアが少し考える素振りを見せてから口を開く。


「第一王子が私達の事を邪魔に思う理由など……考えたくはないですがヴェル殿下が魔王派と仮定するのであれば、既にマグダート王国も危ないのでは?」


 その言葉に、ギルメは怒りや失望といった様々な感情の混じった様な声で答える。


「そんな筈はない、と言いたい所なのですが……あの御方はとても野心家で、以前から三国連合を統一しようと考えておられました。その為に魔王派と手を組んだのだとすれば……」


「そこが納得できないな。何故お前達はそんな第一王子の言う事を鵜呑うのみにしたのだ?」


 エルピネが更に追及すると、ギルメは少し間を置いてから言った。


「ヴェル殿下は私達が魔王派に対して行っている非合法な活動を知りながらも、今まで黙認して下さっていたのです。それに独自で情報の裏付けも行いました」


 その言葉と同時に、彼らの中から一人の女性が出てくる。黒い布を取った彼女はギルメと同じ焦げ茶色の髪を長く伸ばした迫力のある美人だった。


 彼女はとても聞き取りやすい高い声で話始める。


「アース様の作品は殆ど世に出回らず、それも遺作の一つとなれば個人所有のものしかないと思っていました。当初はその線で調べていたのですが……」


 一呼吸置いた彼女は、その表情を少しだけ苦いものにして続けた。


「しかし調べるうちに、数日前に条件に当てはまる物が王都イヴォークのとある魔道具店から購入されたとわかりました。それで私達はヴェル殿下の言葉を信じたのです」


「今となってはこれが私たちの完全な早とちりでした。本当に申し訳なく……」


 その女性の説明に続いて、ギルメがもう何度目かもわからない謝罪をした。


 しかし何故だろう。彼女達の言葉に何か引っ掛かりを覚えたのは俺だけだろうか。


 数日前、稀代の錬成術師アースの遺作、王都の魔道具店。


 とても、とても身に覚えがある気がする。


 しかしあれは皆に言う必要はないだろうと黙っていたのだ。というよりも単純に、恥ずかし過ぎて言えない。


 ましてやこんな大人数がいる状況で、その説明をしたくはなかった。


 だが彼女も、思い出してしまったらしい。


「もしかして……の事でしょうか?」


 そして彼女は気真面目な王女殿下、この状況で思い出した関係のありそうなことを言わないという選択肢は持ち合わせていなかった。


 アイリスはそう言って、ネックレスの様にして服の下に潜らせていた物を外して見せた。


 その先にぶら下がって揺れている金色の指輪は太陽の光を反射して輝き、赤い宝石が淡く燃える様に光っている。


「クエリさんの魔道具店で、その……ハルカに頂いたものです」


 アイリス言葉が聞こえた後、個人的にはとても長く感じた静寂が周囲に訪れる。


 それが途切れた後の反応は大きく二つに分かれることになった。


 まずはギルメを含んだマグダート王国の者達。彼らはその指輪を鋭い眼差しで見つめると、直ぐに緊張を解いた。


「どうやら私達の聞いていた物とは違う様です。何よりこの大きさの魔石では殺戮兵器どころか、人を殺すことも不可能でしょう」


 ギルメが落ち着いた声でそう話す。


 彼らはその言葉でようやく確信が持てたのか、肩の力が抜けた様だった。


 そしてもう一つの反応は、奇人達のものだった。


「ついに姫様もそんなお年になりましたか……」


 と、静かに泣くロゼリア。


「いやはや、王たるものとして見事な甲斐性ですなっ!」


 と、先程までの機嫌は何処へ行ったのか、豪快に笑うレウス。


「この前二人で町に行った時か? なかなか隅に置けんな? ん? しかし一国の王女に指輪を贈るなど流石だな?」


 と、こういう時にとても生き生きとする、途方もなく面倒くさいエルピネ。


 そしてこの状況になって漸く失敗したと気付いたのか、赤面して俯きながら黙ったアイリス。


 一気に作り上げられた混沌とした空間に思わず漏れた長いため息を吐きながら、俺は諦めて空を見上げた。


「……良い天気だなぁ」


 快晴だった。

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