2-6 素性と……勘違い?


「そんなっ、頭領!」


 倒れた青年の姿を見て、賊の恰好をした者達は戦闘で傷付いた体を引きずってでも駆け寄ろうとする。


 しかしそれを許す訳にはいかない。


 その考えは、彼女も同じだったのだろう。


「おっと、動いてくれるなよ。お前達が言う通りにすれば、これ以上の危害を加えることは無い」


 エルピネが魔法の矢を構えてそう言った事で、遂にその者達の戦意は折れたようだった。


「……わかった、どうすれば良い?」


 賊が小さく発したその言葉を聞いてようやく、この戦いが終わった事の実感が訪れた。



 それから少しだけ時間が経った頃。

 賊達を武装解除させて、一か所に集まらせていた。


 抵抗を全くせずに素直にこちらに応じる姿勢からも、いよいよただの賊とは思えない。


 そんな彼らに向けて、アイリスが呼びかけた。


「あなた方の中で、この青年の次に立場のある方はどなたですか?」


 アイリスがこの青年、と言ったのは未だに目覚めていない頭領と呼ばれていた彼の事だった。


 すると先頭にいた大男が、筋肉で引き締まった腕を上げる。


「……私がそうです。それで、こんな状況で失礼だとは思いますが少しだけ、お聞きしてもよろしいですか? ……アイリス王女殿下」


 顔に巻いていた魔力反応を阻害するという黒い布を取り、アイリスに向かって言葉を発する。


 布の中から出てきたのは焦げ茶色の髪を伸ばし、手入れのしていない髭を生やしてなお精悍せいかんと言える顔立ちの男だった。


「ほう? この状況で先に質問とは、賊にしては中々に良い度胸じゃないか?」


 エルピネがそう挑発すると男は厳しい表情でうつむくが、アイリスが大丈夫ですとエルピネを抑える。


 そして話の続きを促したアイリスの目を真っ直ぐに見つめると、彼は話を続けた。


「貴女は何故ここに……いえ、貴女は三国連合の魔王派と関わりがあるのでしょうか? というよりも、御自身が魔王派なのですか?」


 立て続けに男から発せられたあまり要領が掴めないその問いに、彼女は物怖じせずに答える。


「いいえ、私は魔王派とは一切の関わりがありません。そして私の行動の理由が知りたいのでしたら教えましょう」


 そう言ってアイリスが懐から取り出したのは、イヴォーク国王のフロガから預かったという手紙。その封筒に記されたイヴォークの印を男に見せた。


「私は今、イヴォーク国王から預かったこれを三国連合会議に届ける為に向かっています。流石に内容をお見せすることはできませんが、これで信じてもらえますか?」


 アイリスの答えに髪と同じ色をした目を見開くと、男はその野性味が溢れた髭を掻きながら言った。


「そんなまさか……いや、度々の無礼を重ねて厚かましいのは重々承知の上だが、最後に一つだけ頼みを聞いてもらう事は可能でしょうか?」


 するとアイリスに変わってロゼリアが答える。


「内容によるとしか言えないな……その頼みというのは一体なんだ?」


 男はそれを聞いて少し驚きながらも、緊張しているのか生唾を飲み込む。そして一呼吸置いてから意を決したかの様な表情で前を向いた。


「馬車の中を……確認させてはもらえないだろうか?」


 とても重要そうに一言ずつ、しっかりと声に出して男が言った内容に俺達はきっと呆気に取られていたことだろう。


 真剣な表情を崩さない男とは対照的に俺達は殆ど全員が間の抜けた表情で固まった。


 何とかロゼリアがその硬直から抜け出してその男に答える。


「あ、ああ……別に構わないが」


 すると今度は男がそれを聞いて固まり、焦った様に声を上げる。


「ほ、本当に良いのか!?」


 男の様子に、いよいよ俺達の疑問は頂点に達した。


 一体この男は何がしたいのだろうか。


 馬車には途中の町で買った食料などがあるのみで、積んでいるものは他に何もなかった筈だ。


 するとこの疑問ばかりが積もっていく状況に耐え切れなくなったのか、レウスが少しだけ怒気を含んだ声を上げた。


「ええい、もうわかったから好きなだけ確認するが良い! ただしその後でお前達の素性と我らの問いには全て答えてもらうぞ!」


「あ、ああ! 勿論そのつもりだ」


 そうして男はレウスを伴って俺達の馬車へと向かった。


 これは大人しく待っていれば良いのだろうか。暇を持て余して視線を他の賊に移すと、俺達の話を聞いていたからなのか彼らも騒がしくなっていた。


 その声に聞き耳を立てると、「裏切られた!」や「まさかあの御方も魔王派……」等とあまり良くない単語が聞こえてくる。


 すると、その長く尖った耳を器用に動かしていたエルピネが呟いた。


「これは思ったよりも……重めの事情かもしれんな」




 そして十分程が経った頃、眉をひそめたレウスと目を伏せたままの男が出てきた。


「どうやら気は済んだ様です」


 無駄足を踏んだとばかりにそう言ったレウスは、男の背中を押し出す。


「さあ話してもらうぞ。こんな辺境とは言えイヴォーク王国内で王女を襲ったのだ、余程の理由があるのだろう?」


 その言葉で既に男は泣きそうになっていたので少しだけ可哀想に思えた。しかし命を狙われた身としては許す訳にもいかないので黙って見守る。


 すると男は少し立ち尽くしてから、膝を付けて俺達に頭を下げた。


「すまなかった! 確認もしないままに身内の事を信じ込んだ我々の弱さが招いた結果だ……」


 だがそこに、エルピネの厳しい声が掛けられる。


「謝罪など求めてはおらんのだ。お前達は一体誰で、どこに所属していて、何故なにゆえこのような行動をしたのかが聞きたい」

 

 その言葉を受けて男が語り出した内容は、全く想像もしていなかった事だった。


「私達は三国連合の一つ、マグダート王国の第三王子直属の部隊です。私の名前はギルメ、騎士として守っていた国を失って彷徨っていた所を王子に拾われた者です」


 マグダート王国、という聞いたことがない国の名前を思い浮かべる。三国連合の一つというのだからインダート共和国とは近いのだろうな、という印象しか持てなかったが。


「なるほど、マグダートか……お前達が何者であるかは分かった、それで何故このようなことを?」


 少し考える素振りを見せると、エルピネは話を促した。


 こういう時の彼女は本当に頼りになる。


 そんな薄い考えを頭に巡らせていたせいか、ギルメの続けた言葉に思わず噴き出してしまった。


「実は稀代の錬成術師アースが作った遺作の一つにして殺戮兵器である巨大な魔道具が三国連合の魔王派に持ち込まれようとしているとの情報がありました。そしてそれが成功すれば……三国連合は崩壊する、と」

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