2-5 圧倒


「アイリスを狙うのなら、貴方を潰す」


「なんだと……? いや待て、なんだその魔力の量は」


 身体から吹き出る魔力の煙を見てなのか驚きに開かれたその赤褐色に似た瞳と目を合わせる。


 対人戦闘に慣れている訳じゃないが、目の前の青年が魔人オストよりも強いという事はなさそうだし大丈夫だろう。


 するとレオが肩から俺の頭を小突いてきて忠告をした。


「おいハルカ、それだと加減を間違えれば殺してしまうぞ。もう少し弱めろ」


「……そうだな、ありがとう」


 殺す必要はおそらく無いだろうから、その助言を有難く受け取っておく。そして溢れて噴き出す程の魔力を体の内側に行き渡る程度に留めた。


 そのまま両手に持つ魔結晶の短剣を構えると、青年の様子がおかしい事に気付く。


 まるで怒りに燃えるかの様な厳しい目を向けて体を震わせながら何かを呟いた。


「……か」


 だがその声は顔に巻いた黒い布のせいで全く聞こえない。


「なにか言ったのか?」


 そして俺のその言葉は、彼の逆鱗に触れたようだった。


「舐めているのか、と聞いているんだッ! 手加減して勝てると思いあがるなよ!!」


 青年はそう叫びながら、踏み込んで向かってくる。


 それを聞いてようやく彼が怒っていた意味を理解した。どうやら魔力を弱めたのを見て、手を抜かれたと思ったらしい。


 事実、手を抜こうとしているのは正しいから弁解をするつもりはない。


 それよりも彼について少しだけ引っかかる点があった。


 これほどの規模の賊を従えている割には、先程から感じる何かを様な短絡的な思考や幼稚さが目立つ。


 そして彼の言う『情報』や、『魔王派』という言葉の数々。


 この青年は、というよりもこの人達は、本当にただの賊なのだろうか。


「確かめる必要があるか……」

「そうだな……しかしハルカ、この青年は中々にやるぞ。気を付けるんだ」

「わかった」


 そんな短い言葉のやり取りが終わるとほぼ同時に、青年は短剣を突きの姿勢で構えて向かってくる。


「おらあああっ!」


 突き出された切っ先を片方の短剣で弾いて体の外側へ逸らすと、不意に魔力の気配を感じた。


「っ!」


 それは青年が懐に隠したもう一つの手から放たれ、真っ直ぐに俺の頭を狙ってくる。


 咄嗟に頭を傾けると、元あった顔の場所に向かって強烈な勢いの魔法が飛んできた。


「これは……水?」


 回避が少しだけ遅れた事もあって頬を掠めた水は魔力で限界まで鋭利にされ、容易く切り傷を作った。


 それなりに深く切れたのか、頬に流れる温かい血の感覚がある。


 それを見て布越しでもわかる笑みを浮かべた青年は間髪入れずに片足を上げて回し蹴りを仕掛けてきた。


 しかしそれよりも前、未来視を使ってその攻撃は見ている。


 青年が足を上げたとほぼ同時に、軸足となった方を蹴り払って体勢を崩させる。そして空中に投げ出される形となった青年の体に向かって、思い切り殴打して吹き飛ばした。


 地面に転がって土まみれになりながらも、青年の闘志は消えていない。


 むしろ燃え上がったことだろう。


「お前っ、何故いま斬らなかった! まだ舐めているのかっ!」


 怒りに歪んだ目を向けられて、少し複雑な感覚になる。


 本当に余裕がない時やどうしても許せない相手以外は極力、人は斬りたくないと言ってもこの青年はきっと理解してはくれないだろう。


 もしそれがこの世界において正々堂々と戦っていない、ということになるのであれば申し訳ないとは思う。


 しかしいま俺の頭にあるのは別の事、この戦いの終わらせ方についてだった。


 殺すのは論外、この青年には先程の『情報』を聞き出す必要がある。ならば戦意喪失するまで戦う、というのも俺の今の戦い方を続ける限りは無理そうだ。


 では仮にこの青年の意識を奪う事が出来れば、話す機会を作れるかもしれない。だが単純に意識を失う程の攻撃というのも調節を誤れば殺してしまう可能性がある。


 そこまで考えたときにふと、ある事を思い出した。


「ふざけるなっ!」


 目前まで迫った青年の振り抜いた剣を弾き、続く殴打を避ける。


 おそらく戦いに慣れているのであろうトリッキーな魔法や体術を繰り出してくるが、それは未来を視て回避した。


 その光景を周りから見れば、異常としか言いようがなかっただろう。


 仕掛けているのは青年の筈なのに、何故か一度も攻撃は当たらない。それどころか、完璧に回避されてはまるで動きを知っているかの様に反撃を浴びせられる始末。


 そして青年が、その異常さを一番噛み締めている筈だ。


 布のせいでただでさえ呼吸がしにくい事に加えて、疲れと魔力の枯渇。上がる息は確実に青年を追い詰めていった。


 ここまでくれば、後は仕上げるだけだ。


 頬を伝う血を、青年に見える様に拭う。


 黒い布から覗く赤褐色の瞳が、少し揺れた気がした。そして青年は力を振り絞る様に踏み出す。


「おおおおおおっ!」


 雄叫びを上げながら向かってくる彼の手には、強烈な魔力の反応があった。


 しかしそれは、未来を視るまでもなく読めていた事。


 一度も当たらない体術で折れかけた心に残るのは、初めに俺に血を流させた魔法の一撃だろう。


 もう体力も尽きかけた彼が最後に放つのは、全魔力を込めた捨て身の魔法。


 俺は両方に持った剣を霧散させると、魔力を腕へと集める。


「これで、終わりだあああああっ!!」


 至近距離で爆発した彼の魔力は、膨大なまでの量の水となって現れる。それは意思を持っているかの様に唸り、まるで巨大な水の龍だった。


 その龍を迎え撃つために、集めた魔力を開放する。


 龍が噛み付く様にその腕に触れた瞬間、その水は動きを止めた。青空を少しだけ映した様な水の龍は、その色をより濃くしたクリスタルへと。


 一瞬で出来た魔結晶の像は、風が吹くとその輝きを散らしながら空気に溶けていく。


「だから……なんだよ、それ」


 何が起こったのかわからずに自分の魔法が跡形もなく消えた青年は、その意識を手放して倒れた。


 魔力切れ。

 俺が思い出し、この戦いの幕を引くために使ったのはこれだった。


「戦い方が鬼の所業ではあるがな」


 エルピネの心を読んだかの様なその言葉には、苦笑いを浮かべることしか出来なかったが。

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