1-40.9(断章) Is this the「date」?③


「他に何か買っておけば良いものってあるかな? ハルカだと難しいね」


 アイリスは不意にそう言うと、俺の方を見ながら考える素振りを見せた。


「難しいって?」


 少し頭に引っ掛かったその言葉について聞いてみると、アイリスは少し笑いながら答える。


「本当なら町を出る事も考えると武器とか揃えるべきなんだけど、君は自分で作れちゃうでしょ?」


 その説明で彼女が言わんとしている事が理解できた。


 アイリスはきっとこの前の戦いで使ったクリスタルの剣や盾などのことを言っているのだろう。

 確かにあの魔法だけなら俺の魔力が切れる事などほぼ無いだろうし、強度についても魔人と渡り合えた事から考えても十分に足りていると考えて良いと思う。


 しかし魔王軍の恐怖が常に隣り合わせなこの世界で、またオストみたいな敵と遭遇した時に魔力切れを起こして何もできないのはやはり不安だった。


「いや、念のために見ておいてもいいかな?」


 そう言うとアイリスは少し驚いた顔を見せたが、直ぐに笑顔に戻って言った。


「うん、それもそうだね」


 本当によく笑う人だ。

 そんな思いに頭が占領されている間も、彼女は俺の為に色々と考えてくれている。


「力は問題ないにしても、体格的に邪魔になりそうだし……あっそれなら魔石具の店はどう?」


 アイリスの口から出たのは、またしても知らない単語だった。


「ませきぐ?」


 頭で理解できていないせいでイントネーションすらも変になった気がする。

 すると彼女は俺が知らない事を予想していたのだろう、丁寧に説明してくれた。


「そう、『魔石』を使った『道具』のこと。多分ハルカは純粋な魔物に遭遇した事がないからわからないと思うけど、魔物は基本的にその体内に石の様なものが存在するの」


 曰く、それが「魔石」と呼ばれている。魔力との相性が非常に良く、その力を増幅させたり貯めたりする特性を持つとか。

 

 そしてその魔石をエネルギー源として様々な効果を呼び出す道具が魔石具と呼ばれるらしい。


「増幅は必要ないにしても貯めておく種類の魔石具はきっと武器になるものもあるだろうし、見に行ってみましょう?」


 そういって歩き出したアイリスにそのままついていくと、少し大通りからは逸れた路地の一つにその店はあった。


 煉瓦が積まれた様なその建物の外観は怪しいの一言で、何故か蔦が垂れ下がっている。またその重厚な黒い扉は先程服を買った店よりも入りずらさを覚えるものだった。


 というよりは最早、客を呼ぶ気が無いとすら思える。


 そんな店を示されて戸惑いを隠せずに呆けていた俺を見て、アイリスは少し慌てた様に言った。


「えっと、見た目は怪しいけど信頼できるお店だから! 店主の方も優しいし……早く入りましょ!」


 半ば強引に話を締めくくったアイリスは、そのまま扉をゆっくりと開ける。


 そのまま彼女についていくと、意外にも落ち着きと清潔感のある店内が俺達を迎え入れた。


 暖かい色で統一された照明は商品を見る妨げにならない程度に暗めで保っている。

 また木材で出来た床はその光を少しだけ反射させて足元を照らす。


 そして壁一面に存在する棚には、武器の様なものから何やら変な色の液体が入った瓶まで様々なものが並べられている。


「すごいなこれは……」


 思わず声が漏れると、それに返す形で店の奥から男の声が聞こえてきた。


「そこのお嬢さんが言うには怪しい店、らしいけどな」


 その声と共に現れたのは、青い髪を伸ばした中背の男だった。筋肉質なその体に片方だけ刈り上げた髪型が少しだけ威圧感を与える三十歳程のイケメンだ。


「クエリさんお久しぶりです」


 アイリスがその姿を見て話しかけると、クエリと呼ばれた男は少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。


「久しぶりだなお姫様。いや、今は『銀の英雄』様とお呼びした方が良いかな?」

「それはやめてくださいっ」


 おそらくこんな冗談を日常的に言う人なのだろう。アイリスが慣れた様に笑いながら答えていることを見てもそれは伝わってきた。


 するとクエリはその視線を俺へと向ける。


「それで君が……ああ、なるほどね。という事は今日は君が必要な物を探しに来たのかな?」


 少し意味深な笑みを浮かべたかと思えば、突然何かを理解した様に言った。

 その様子が気にはなったが、間違いではなかったのでそのまま答える。


「えっと、そうです。実は……」


 先程アイリスと話していたことをそのまま伝える。


 するとクエリは少し考える様にしてから店の奥へと行き、何かを手に持って戻ってきた。


「魔力切れの時にでも使えて魔力貯蔵量も多い、また武器としても使えるとなると……これになるかな」


 そして見せてきたのは、柄の部分に灰色の宝石の様なものが埋まった短剣だった。おそらくその灰色のものが魔石なのだろう。


 それは柄の部分こそ作り込まれているものの、それ以外は普通の短剣といった印象を受ける。クエリはその剣を鞘から抜いて見せると、少しだけ魔力を出した。

 

 するとその灰色の魔石は淡く光り始める。だがそれ以外に変化は見られなかった。


 すこし不思議に思っていると、クエリは得意げな笑みを浮かべる。


「気付かないだろう? この短剣の刃の部分をよーく見てみるんだ」


 その言葉に促されるままに顔を近づけると、刃の部分が薄く、本当に薄くだが乱れのない魔力を纏っているのがわかった。


「そう、これは刃に高密度の魔力を集中させた魔道具なんだ。これの最大の利点は……」


 クエリは短剣を握っていない手の上で魔力を込めると、火で作られた球体が出現した。


 意図が分からずに眺めていると、クエリはその魔法でできた火球に向けて短剣を振り抜いた。


 すると、火球は真っ二つに裂けて消え去る。


「このように、魔法を斬ることが出来る。武器に魔力を纏わせるのは熟練の技が必要だけどこれは魔力さえあれば簡単に使えるしな。それに大概の魔法はこの剣の魔力の密度を超えられないから同じように斬れると思うぞ」


 言い終わると、その短剣を俺へと投げ渡してきた。


「え、危な……っと!」


 辛うじて受け止めると、クエリはその笑みを崩さずに続ける。


「差し上げよう。初めての来店祝いと……『投資』の意味も含めて」


「あ、ありがとうございます。投資って……」


「まあ細かい事は気にするな。せっかく来たんだし、他のも見て行けよ」


 投資という言葉の真意が解らずに聞き返すが、綺麗にスルーされた。

 アイリスは既に店内を物色していた様で、それに加わる形で店の中を見て回る。


 形の歪な盾に、なぜか沸騰している液体、さらには魔石がまるでワゴンに入れられた様に雑に置いてあるもの等。


 この店が異世界に来た感覚を一番味わえるかもしれない。


 そんな楽しみを感じながら過ごしていると、ふとアイリスが何かの前で立ち止まっているのが見えた。


「何か気になる物でもあった?」


 アイリスの見つめる物へと視線を移動させると、そこには一つの指輪があった。

 

 金で形作られたその指輪は、真ん中に深紅に輝く石が付けられただけのシンプルなもの。しかしその指輪を、アイリスは食い入る様に見つめていた。


 その時、後ろからクエリの囁く声があった。


「女性への贈り物をするのも、『王』の器というものでは?」


 急にかけられたその言葉は俺を驚かせるには十分なものだった。


 今この男は、王と言わなかっただろうか。


 もしかすると俺の出自を知っているのか、それを問い詰める前に今度はアイリスにも聞こえる声でクエリは言った。


「それは稀代の錬成術師アースが作った遺作の内の一つだ。彼の作った物の中で唯一『何の役にも立たない』、魔力を流せば発光する美しいだけが取り柄の品物だな」


「そうなんですね……でも、綺麗な魔石」


 話は聞きながらもアイリスはずっと指輪を眺めている。するとクエリは後ろから俺の両肩を掴んで、彼女の方へと押し出した。


「なんと、ハルカが君への感謝を込めてその指輪を贈ってあげたいそうだよ!」


「えっ、ちょっと何を……」


 突拍子もない提案に慌てて抗議をしようとしたが、それはもう手遅れだろう。


 既に、驚きで見開かれたアイリスの黄金の瞳が俺を捕らえていたからだ。


「本当に?」


 この流れで断ることができる男性を、切実に知りたかった。


「えっ、本当……です」


 少なくとも俺は無理らしい。









 結局、その指輪は一日で一番の高い買い物となってしまった。


 張り裂けそうな程あった金貨はもう残り数枚となっていて、気が遠くなりそうだ。それにクエリに何故俺の事を知っているのか聞くタイミングも逃してしまった。


 しかし、夕焼けが空一面に広がる帰り道で茶髪が橙に染まったアイリスの嬉しそうな顔。


 そして輝く黄金の瞳で見つめられながら感謝の言葉を貰えたのだから、後悔などできるはずもなかった。

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