1-40.8(断章) Is this the「date」?②


「ありがとうございました~」


 マリーの声に見送られて外に出た時には、とっくに正午は回っていて辺りには強い日差しが当たっていた。


 大体夏の匂いがしてきた頃の春、といった過ごしやすくはあっても少し汗ばむ程度の気候だった。


 この世界に季節があるのかは知らないが。


「ごめんなさい私はしゃぎ過ぎて……気に入ってくれた?」


 アイリスは先程のやっと興奮が冷めたのか、恥ずかしそうに目を伏せて聞いてきた。


「あ、結構良い感じだと思うよ」


 その言葉に嘘はなく、実際にかなり気に入っていた。


 下はジーンズの様な触ってみると固い素材の黒いズボンとなったが、不思議と動きを制限されることはない。何の素材で作られているのかが気になって聞いてみたが、結局知らない動物の謎素材ということしかわからなかった。


 胴の肌着には明るい青のTシャツで、張り付いたそれはまるで着ている事を忘れる様な密着感だった。


 そしてアイリスが押しに押したのが、その上に羽織る黒地に青い線がいくつも入った半袖のロングコートだった。


 しかし袖も短いのもあるがこれまた謎素材の効果なのだろうか、暑さは全く感じない。


 所々に入った鮮やかな青もかなり目立ち、元の世界で着ていたらさぞかし変な目で見られていたであろう。


 だがアイリス達曰く、髪と目の色が似合っているから大丈夫とのことだった。


 全て謎素材で固められたしっかり金貨十枚はした服には未だにコスプレ感が拭えないが、そろそろ慣れるべきなのかも知れない。


 歩きながらそんな事を考えていると、何やら食欲を煽る香ばしい匂いが鼻に届いた。


「……何だろ、いい匂いがする」


 するとアイリスが少し前を指さして言った。


「たぶんあの店かな。ちょうどお昼時を過ぎて空いてるみたいだし、入る?」


 その提案に、中身が無くなって叫んでいた胃袋が躊躇う事なく賛成した。






「あーお腹いっぱい、ごちそうさまでした」

「あら、素敵な言葉だね。……ごちそうさまでした」


 昼飯時を少し過ぎてもまだ騒がしい店内で食事をとると、向かいでアイリスが俺の真似をしている。


 この世界でも基本的に食文化は変わらないらしく、外にも届く匂いを出していた鳥の肉料理を選んだ。

 鳥の名前は聞いたこともないが味は元の世界とあまり変わらず、身構えていた心を撫でおろす。


 そして先程の服のせいで壊れた金銭感覚は、その料理に払った金額によって正常を取り戻した。


 簡単に言うと服が高すぎて料理が安すぎたのだ。


 ちなみによく創作物で見た魔物の肉を食べる事はないのかなと遠回しに聞いてみたところ、どうやらかなり忌避されている事らしい。


「さて、まだお昼だしこれからどうしましょうか?」


 そう言って可愛らしく首を傾げるアイリスは、とても幻界の森で張り詰めていた彼女と同一人物には思えなかった。


 そんな彼女に、少し気になっていた事を聞いてみる。


「アイリスはその、時間とか大丈夫なの? やらなきゃいけない事とか多かったりは……」


 すると俺の意図を察したのか、少し笑う様にして言った。


「うん、今は私が何か出来る状況じゃないからね。でもあの日から多少は面倒な事が増えたけど……」


 そう言って店の少し離れた壁へと目を向けたので、同じく視線を移動させる。するとそこには大きな一枚の新聞の様なものが貼られていた。


「”イヴォーク王国第一王女、銀竜の使役に成功!”、”大戦後初、魔王軍に歴史的勝利”、か。随分と大々的に広がったね」


 アイリスはため息をついて答える。


「本当はハルカ達のお陰なんだけど、竜は目立つものね……それにここまで本格的な侵攻を受けて勝利を収めるのは本当に久しぶりだから気持ちもわかるけど」


 そして懐から、何枚かの紙を取り出した。


「これは?」

「以前交流のあった国からの同盟締結の打診と……縁談の申し込み」

「え、縁談!?」


 想像すらしていなかった答えに思わず大きな声が出そうになるのを、何とか押し込める。


 アイリスは紙を机に置いて、その目を冷たく細めて続けた。


「うん。それも、前は私を出来損ないだと言ってた人達がこの前の情報を聞いてここまでわかりやすく掌を返してくるんだもの。もう笑っちゃうよね」


 少し熱が入ったのかアイリスは止まらずに話続けた。


「それってただ竜の力が欲しいっていう事でしょ? イヴォークは大きいからこれぐらいのは跳ね返してもなんとも無いけど、でも人の心は怖いね……」


 そう言って拳を握りしめるアイリスに、掛けられる言葉はあるのだろうか。


 違う世界を生きてきた俺が何を言った所で、それは慰めにすらならない気がした。


「……大丈夫?」


 しかしその表情を見れば、黙っている事などできない。泣きそうな顔で視線を落とす彼女と強引にでも目を合わせて言った。


「……何も助言はできないかも知れないけど、話ならいつでも聞くよ」


 今はそれが、俺が責任をもって言える最大限の事だった。


 すると驚いた様に目を少し大きく開いた彼女は、少し顔を逸らして視線を外す。


 そしてもう一度視線が戻ってきた時にはもう、元の笑顔に戻っていた。


「約束だからね……さあ、まだ時間はあるからもう少し町を見て回りましょう!」


 またしても彼女に握られた手に引かれて、そのまま俺達は店を出た。

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