1-40.7(断章) Is this the「date」?①
「ハルカ、貴方の服を買いに行きませんか?」
オストの侵攻があった日から一週間程が経った頃、アイリスは突然俺にそんなことを言った。
本人が言うにはいつまでも赤一色を着させるのは申し訳ないということらしいのだが、借りている立場なので特に不満は無かった。
それにこの世界の通貨など持っている筈もない。
「いやいや、申し訳ないよ。それにお金だって持っていないし……」
そう言って断ろうとすると、思わぬ声に阻まれた。
「あっ、言い忘れていましたがハルカ様。フロガから国の危機を救ってくれた報酬という名目で大量の貨幣を預かっていますよ」
レウスがその言葉と共に持ってきた布袋の中には、張り裂けそうな程の金貨が入っていた。
竜の意匠が施されたそれは、明らかに一枚一枚が高額だとわかる。
「ちなみに、この町で服ってどれくらいの……?」
大まかな貨幣の価値も気になってそう聞くと、アイリスは少し考えるようにしてから答える。
「えっと、町で普通に売っていた服でしたら一枚で十着程は買えますね。私の着ているこの服とかだと、大体はイヴォーク金貨二枚から四枚ぐらいかな」
それを聞いて頭痛がしてきた。
アイリスの着ている様なものは別格にしろ、そんな価値のものを普通は数百枚単位で渡すだろうか。
まあ値段の事は置いておくとして、有難く受け取るとなるとお金の心配は無くなったという事だ。
そうであれば逆に服を借り続ける方が失礼になるかもしれない。
「わかった、それなら是非行かせてもらうよ。そうだレウスも……」
一緒に行こうと誘おうとして目を向けると、何故かエルピネに連行されていた。
手足を暴れさせて抵抗するレウスをエルピネが魔法かなにかで浮かして問答無用で運び出している。
「すまない、これから私達は外せない用があるんだ」
「えっ、いや私は何も……」
そのまま部屋を去った二人の様子を見て、アイリスも堪え切れずという風に笑う。
「本当にあの御二方は仲が良いですね。 あっ、ロゼリアはどうで……」
アイリスは思い付いたとばかりにロゼリアに声を掛けようとすると、先程まで部屋にいたはずの彼女の姿が忽然と消えていた。
何故か一瞬で静まり返ってしまった部屋には、形容し難い変な空気が流れていた。
「ええと、じゃあ……」
「……二人で行きましょうか」
これは、まさか。
もしかするとデートというものではないだろうか。
いや王女という身分の人に対してそんな考えを抱くのは失礼かもしれないが。
頭の中を、そんなまとまらない考えが駆け巡っていた。
城を出てすぐに見える景色には、かなりの竜達が暴れたこともあってかなりの被害が出ていた。
通りかかると復旧に当たっている人の姿が見えるが、建物は依然として壊れたままの場所も多い。
そこから少し歩いた場所にくると、街並みも綺麗になって行き交う人も増え始める。
目的の店があるというアイリスについて歩いているが、その彼女は目深にフードを被って顔を隠していた。
あれから住民達のアイリスに対する態度はかなり変わったらしい。
以前は竜と契約できなかった出来損ないだと影から言われることも多かったらしいが、今では町を救った銀竜使いと英雄扱いだった。
それについてアイリスは仕方の無いことだと笑って済ましていたが、やはり少しだけ思う所はある様子だった。
「あっ、着きましたよ。この店です」
立ち止まったアイリスが指を差した店は、大通りに面した幾つも立ち並ぶ建物のうちの一つ。
しかしその外観は清潔感のある白一色に高級そうな黒の扉のみが付いた、いかにも一見さんお断りの様な雰囲気を醸し出す建物だった。
「おおう……これは中々に」
「さあ、行きましょう!」
思わず足踏みして戸惑った俺の手を取ってアイリスはその扉を開けた。
時々思うが、この
ここまで整った顔を持っていて尚且つ王女様だというのに、ここまでフットワークが軽いと心配になってしまう。
そんな親の様な感情で見ていたが、店の中に入るとその光景に思わず息を飲む。
いくつもの高級そうな服が吊られている店は暖かな色の光が満たしている。その内装はとても細かい模様が彫られている石造りで、ここだけみれば何かの神殿の一室と勘違いしてしまいそうだ。
すると店の奥から一人の女性が出てくる。
「あら、アイリス様。今回は何か新しい服をお探しですか?」
短めの茶髪を後ろに束ねた黒一色の服装を身に纏う長身の彼女は、モデルさながらの空気感を持っていた。
「いえ、今日はハル……この人の服を買いにきたの」
「えっと、よろしくお願いします」
フードを取ってそう言ったアイリスに便乗して挨拶をすると、その女性は少し驚く様にして言った。
「あらあら、なるほどねぇ。私はここの店主のマリーよ」
髪と同じ茶色の目は興味深いといった様子で口角を上げながら俺の事を見ている。
確かに国の王女が男と二人で服を買いに来たとなれば、これほど面白いことはないだろう。
「私もよくお世話になっているお店で、初めて会った時に着ていた服もここで買ったの」
アイリスの言葉に、記憶を遡って思い出す。
確か深紅に染まったチュニックの様なもので、鉄の防具の下に着ていた服だっただろうか。
「男性の服はこちらの部分からですね。彼にはどんな服が似合うかな……」
マリーが案内した場所には触ったことも無いような生地や元の世界では考えられない程に奇抜なもの等、様々な服が所狭しと並んでいた。
するとアイリスは小走りをして向かって行く。
「普段見ないけど男性服もこんなにあるのね! ……これなんかどうかしら?」
「いやいや、こちらも中々……」
それからしばらく、俺は着せ替え人形へと生まれ変わることになる。
二人が次々と新しい組み合わせを提案しては違うこれじゃないを繰り返し、その勢いは店の服を全て着せる気なのかと本気で疑った程だった。
しかし目を輝かせて話すアイリスを見ると文句など言えそうにもない。
それに気を張っていない自然体のアイリスはとても新鮮だった。
こういう所はちゃんと女の子らしいんだな、とか。
こんなに無邪気に笑うんだな、とか。
考えてみれば出会って一週間しか経っていないのだから、彼女について知らない事が多いのは当然なのだ。
そんな考えに耽りながらも着せ替えを淡々とこなすこと数十分。
「……これ、すごく良いと思わない?」
「ええとても良いと思います!」
どうやら彼女達の納得のいくものが見つかったようだ。
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