1-40 決着


「うあああああああっ……痛っ!」


 クリスタルとなって姿を変えたその雲へと顔面ダイブを決め込み激痛が走る。


 魔力の弾けた衝撃によって押し返されたせいか緩やかに落下して怪我が少なく済んだのがせめてもの救いだろうか。


「あの魔人……オストは、死んだのか?」


 暗闇に染まる雲と同化していた筈のオストだったが、透き通る一面のクリスタルを見渡しても姿が見えない。


「魔力の反応が無いところを見るとおそらく……完全に同化していたのだとすれば、尚更なおさら助からないだろう」


 レオの言った内容に少しだけ複雑な気持ちになる。


 この世界に来て初めての殺しというものが頭を駆け巡るが、それでもオストを食い止める為には間違っていなかったと思えた。


「そっか……」


 吐いた息と共に透き通る魔結晶を静かに見つめていると、いつもとは違う現象に気付いた。


「あれ、いつもは直ぐに砕けて消える筈なのに……大きすぎるからか?」


 すると肩に乗っていたレオが何かに気付いた様に目を見開く。


「少しずつ砕けてはいるが、直ぐに消えないのは巨大すぎるからで間違いないだろう。それより……不味いぞ」


 少し焦りを含んだその言葉の意味を聞こうとしたが、その原因は直ぐに感覚として俺にも感じられた。


「なにが……もしかしてこれ、落ちてないか?」


 否定されることを期待して言ってみたものの、返ってきたのはレオの静かな頷きという名の肯定だった。


「こんなものが落ちたら大惨事じゃ済まないな」

「やばいやばいやばいやばい」


 笑いながら話すレオと違い、俺はただやばいとしか言えない機械になりそうだった。


 オストを止めたとしても俺が取り返しのつかない被害を与えれば意味がない。


 この巨大なクリスタルを割る事ができるだろうか?


 周りから少しずつ砕けてはいるものの、地上に衝突するまでには間に合いそうにない。そんなパニック状態になった俺を落ち着かせる様に、レオはゆっくりと話し始める。


「前にも説明した事の続きだが、砕くことに関しても同じ様にハルカが魔力を流せばできる。今残っている少量の魔力でも大部分は何とかなる筈だ。一番やり易い形で流し込め」


 時間がない事もあり、レオの指示通りに手をクリスタルの地面に添わせる様に置いた。

 そして指先から魔力を伸ばしていく。


「流すイメージはなにも水の波の起こし続ける様な必要はない。張り巡らせるように糸を伸ばす方が全体には楽に作用できる」


 それに従い、五本の指先から伸ばされた魔力の線を更に枝分かれさせて伸ばし続ける。

 俺達が今いる場所はクリスタルで出来た大地の丁度中心辺りで、その半分程には魔力が行き渡った感触があった。


「とりあえずはそれで良い、今だっ」


「砕けろッ!!」


 レオの声を合図に吼え、魔力で繋がった線へと命令を送る様に発動させる。


 次の瞬間、クリスタルの大陸はその巨大な姿の半分が空気に溶ける様に砕けて消えた。


「うわあああ……危なっ」


 真ん中にいたせいで、半分消えた大陸に足を滑らせて思わず落ちそうになった。

 何とか縁に捕まった手でよじ登ると、先に肩の上から避難して余裕の表情のレオに迎えられる。


「お前……こういう時だけは先に逃げるのな」

「さぁ? 一体何の話をしているのかわからないな?」


 器用にそのぬいぐるみの様な頭を傾げながらとぼけて見せたレオは、そんなことより……と口を開く。


「あと半分程残っているが……大丈夫そうか?」


 レオの問いかけは、俺の魔力残量が分かってのことだろう。


「正直……少し厳しいと思う」


 ただでさえこの雲を変化させた時に大部分を使ってしまったのに、先程のでまたしても魔力切れになりかけていた。


「そうだろうな……まあでも、残りは大丈夫そうだぞ」


 視線を下に向けて言うレオに釣られて、同じ様に見下ろす。すると、透き通って見えるクリスタルの下には太陽の光を浴びて輝く銀竜の姿があった。


 そして開かれた巨大な口からは、無数の光線が放たれる。


 それは半分になったこのクリスタルの大陸を揺らして次々と削っていく。


「えっ、あいつっ、絶対俺達がっ、いること考えてないだろっ」

「まあっ、非常事態っ、だしなっ」


 まともに話せない程揺れている巨大なクリスタルの雲は、既に崩壊を始めていた。


 どうやって脱出しようか、またアスト呼ぼうかな、そんな事を考えていた時だった。


 背筋に、黒い気配が駆け巡る。


 それはほんの僅かな気配で、気のせいで済ましてしまいそうになる程のもの。しかしそれは今日何度も感じた、見逃せる筈もない黒い魔力の気配。


 その気配がした方向へと弾ける勢いで目を向ける。


「あれは……まさかっ」


 それを目視した時には、既に足は動いていた。


「よく気付いたな……確かにまだ『生きている』」


 レオも驚いたような表情を向ける、その視線の先にあったもの。


 雲の様に形の定まらなかったオストの魔法をそのまま変化させたせいで、所々で歪な影があったとしても気に留めなかった。


 しかし遠くにあった一つの塊は、よくよく見ればまるで骨の竜の様な形になっている。


 だが仮に生きていたとして、あの体も大部分がクリスタルとなっている事は間違いない。


 その時、結晶となった竜の


 揺れる結晶の大地のせいで勝手に落ちた様にも見えなくもない。しかし今度は、その首だけが明確に闇の魔力を纏ってみせた。


『なんという魔法……本当に厄介だよ、クリスミナのハルカ』


 間違いなくそれは骨の竜と一体化したオスト、その頭部だった。


 一瞬で黒く染まったそれは、闇を纏って浮遊する。


「不味いぞハルカ、逃げられるっ」


「わかってるよっ!」


 足を踏みしめる度に、地面は音を立てて崩れていく。少し横に目を向ければ、下から放たれる銀竜の光線が突き抜けている場所もあった。


 このクリスタルに崩壊が迫っている中で、空に逃げられるのは不味い。


 限界まで捻り出した魔力を全身に流して加速させると共に、手の先には枯渇しかけている魔力を集めながら剣を作り出す。


「ほう、中々に造形は上手くなったじゃないか」

「こんな時に褒めることじゃないだろっ!」


 アストも同じだが、使い魔というのはマイペースが売りなのだろうか。


 焦りで荒くなった口調をレオにぶつけた分だけ、加速してオストへと迫る。


『お前も本当にしつこいなっ!』


 そして目前にまで迫ったが、予想外のものに阻まれた。


「駄目だハルカっ、一度横に飛べ!」


 レオのその声に、一瞬だけ躊躇ちゅうちょする。


 あとほんの一歩の距離まで迫ったのに、そんな気持ちもあるがレオがこの状況で判断を間違えるとも思えない。


 惜しい気持ちを押し殺して横に飛ぶと、さっきまで立っていた場所は下から突き抜けた光の線で焼き切られた。


 かなり落下したことですぐ近くに地上が迫ったからだろう、メビウスの攻撃は畳みかける様に激しさを増しているせいだった。


『残念だったな! お前の運を恨めっ!』


 少しずつ上昇するオストとの距離が開いていく。


 だがここで諦めて逃がすわけにはいかない。このクリスタルの大地ごと蹴り飛ばす勢いで、上へと跳ぶ。


「届けえええええええッ!」


 手だけを前に伸ばして飛んだ、単純な突きだった。


 しかしこれぐらいの攻撃しか間に合いそうにもない。身体は真っ直ぐにオストへと飛んでいき、その剣先がオストを貫こうとする。


 だがその時、竜の頭部となったオストは煙となって消えた。


『このくらいの魔法は使えるんだ。それとも闇魔法に関する知識不足だったか?』


 その声は、貫いた煙から少しだけズレた場所に現れた。


「幻覚っ……!?」


 そして俺の体は徐々に勢いを失い、それに合わせるようにオストは同じ高度で飛んでいた。


 まるで煽るかの様に、剣が少しだけ届かない位置で。


「そんなっ……ここまでなのか」

『これほどまでに僕が追い詰められたのは初めてだったよ……じゃあね』


 そしてゆっくりと距離が開いていく。


「待てっ!」


 叫ぶ声も空しく、ただ自分は何もできずにこのまま落ちていくしかないのか。


 その時、相棒の声が響いた。


「まだだっ、全力で振れっ!」


 もうそのレオの言葉に、疑う要素などどこにもなかった。


「あああああああああッッ!!」


 空を切るだけになったとしても、それでも全力で振る。しかし空気しか斬らないはずだったその一撃は、途中で何か別のものに当たった。


 それは下から伸びた、メビウスの光線。


「グルゥ……ガァァァァァァァアウッ!!」


 同時に、またしてもレオは世界を揺らすかの様な強烈な獅子の咆哮を響かせた。


 すると突如として、メビウスの魔法による光線が姿を消す。そして手には今までに感じたことも無いほどの重さが加わった。


 それはまるで、結晶の剣が光の魔法をかのように巨大で、途方もなく長い剣となった。


 これは一体何なのだろうか。


 それを知っている相棒に聞いても、どうせまた後でと言われるのだろう。


 だからこそ、今は全力で振ったそのままの力で。


 目の前の敵を倒せばいい。


「消えろおおおおおおおおッ!」


『なっ何故届いてっ……あああああああああ』


 青い光が、横一線。


 その軌道が通り過ぎた後には何も、雲さえ残らなかったという。






「やっ……た?」


 手に持つ剣は消えて、体は重力に従って落下を始めた。


 そして意識も朦朧とし始める。これは確か、魔力切れだっただろうか。


 そのまま意識を手放そうとした瞬間、銀の柔らかい毛に包まれる感覚と一つの声だけが聞こえた。


「ああ、よくやったよ。本当に」


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