1-37 空が黒く染まれば
現れたのは、骨から溢れる魔力の煙によって肉付けされた形すら曖昧な黒き竜。
その竜は赤い眼を鋭く光らせて、巨大な口を開いた。
『「まさかこの魔法まで使わされることになるとは……お前達のせいで、もう僕は元の姿には戻れない」』
実体の線すら煙の様に揺れる竜は、その両翼を広げて静かに浮き上がった。
『「お前達のせいでッ!!」』
怒りの咆哮を上げる竜は空高くへ飛び、溢れる黒い魔力を地上に向けて解き放った。
「なっ……この威力はっ」
それは魔法の槍となって雨の様に降り注ぐ。思わず目を閉じてしまいそうになるが、視界の大部分を塞ぐ程の銀の竜が現れて俺達を守った。
『全く、知能があるだけに少々厄介だな』
そんな言葉を出しつつも、メビウスは何もなかったように黒い槍の雨をはじき返している。
「悪い、助かったよメビウス」
すると銀の竜は眼だけを動かし、俺へと目を合わせた。
『あの魔人の力が加わった所で私が負けることはないが、今の様に守ってはやれんだろう。動けないのであれば、大人しく隠れていろ』
そして両翼を広げ、黒竜と同じように舞い上がった。
「これが現実の光景と言われてもな……やっぱり実感が湧くのには時間かかりそうかな」
遠い空で繰り広げられる黒竜と一回り大きい銀竜の、空を焦がす様な激しい戦いを見て思わず声が漏れた。
「でも隠れてろと言われてもな……」
視線を下に戻し、目の前の状況に対して短剣を構える。未だに数が減っている気がしないアンデッドは、依然として俺達に向かって来ていた。
「レウス、まだいけるか?」
「勿論ですとも」
背中を任せる様に構えて聞くと、レウスは力強く答えた。
視線を少し横に向けると、魔法を維持し続けるアイリスの姿が見えた。彼女に何かあればメビウスも消え、勝ち目がほぼなくなってしまう。
何としても守らなければ。
その時、今までかなりの数のアンデッドを相手にしていたせいか息が切れているロゼリアが後退してきた。
「ロゼリアさんはここにいてください、近くのアンデッドは俺とレウスで」
「なっ、私ならまだ大丈夫ですっ! ハルカ達よりも楽な敵の相手しかしていないのですから……」
ロゼリアに声を掛けると、納得いかないとばかりに抗議の声を上げた。しかし彼女の様子を見る限りではとても大丈夫とは言い難いだろう。
どうしようかな、と考えながら視線を彷徨わせていた時にアイリスを見て思い付く。
「ロゼリアさんはアイリスを守っていてください。俺とレウスだけだと間に合わないやつもいるかもしれませんから」
アイリスを守れ、と言われれば彼女は従わない訳にはいかないだろう。ロゼリアは不承不承といった様子を隠し切れてはいなかったが、一呼吸置くと首を縦に振った。
「……わかりました。ハルカもレウス様も、疲れているのですから少しぐらい討ち漏らしても良いのですからね」
少し不貞腐れた様なロゼリアの様子に俺とレウスは視線を合わせると、小さく噴き出して笑ってしまった。アイリスですら口元を隠して笑っているのを見て、余計にロゼリアは眉間の
ロゼリアには申し訳ないが、こんな戦場で荒んだ心には今のやり取りが何よりも染みた。
「行きましょう、ハルカ様」
「……そうだな」
駆け出し、近付くアンデッドを一太刀で切り伏せる。元々が人なだけに抵抗もあるが、今は背負った三人が俺にとって何よりも重要だった。
だからこそ、目の前の人だったモノへと祈りながらもこの剣を振るう事は止めない。
自分の中の人並みの正義感ですら目の前をモノを見る度にオストへの、そして魔王への怒りはこみ上げていた。
「うわああああああっ」
数に圧倒されて倒れた騎士を取り囲んでいたアンデッドに突撃し、クリスタルを振るう。
「……立てますか?」
一瞬きで全てを蹴散らした後、騎士に向かって手を差し伸べた。
「あ、ああ……ありがとう。って君はさっきの『結晶』の」
目を大きく開いて驚く騎士に苦笑いをしながらも、次のアンデットへと向かって駆け出す。
「……! …………!」
後ろで何かを言っている気もしたが、目の前の死者達の呻き声で掻き消された。
その時、真上から魔力の気配を感じる。
「なんだ? ……あっぶなっ!」
顔を上に向けると、飛んできた魔法の弾が直ぐ横の地面へと突き刺さった。
おそらくメビウス達の流れ弾なのだろうが、それだけでもう町が無くなるのではという不安を抱かずにはいられない。
そんな風に時折上空から降り注ぐ魔法の流れ弾を避けながらも、着実にアンデッドの黒い命を刈り取っていった。
しばらく戦ってから、一度アイリス達の元へと合流する。
「アイリス、まだ大丈夫そう?」
額に汗を浮かべる彼女に問いかけると、その汗を拭って彼女は答える。
「ええ、多分維持するだけならまだ大丈夫そ……」
突然、彼女は上を見て言葉を途切れさせた。
「アイリス? どうかし……」
心配になってそう聞きかけた時、自分でもその異変に気が付いた。
いつの間に足元に影は消えていたのだろう。戦っていて気付かないうちに夜になったのだろうかとも考えたが、それもあり得ない。
急いで顔を上に向けた時、広がる光景に理解が追い付かなかった。
空が、光を通さない闇で埋め尽くされている。
「なんだこれ……」
竜の嗤いにも似た声が、響いた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます