1-36 黒竜
視界に入った赤黒い魔人の血を、一筋の青い結晶が振り払った。
「何故……避けた、はずが」
「届いた……」
胴体を深く斬られたオストは血を吐きながらも急いで距離を取った。しかしはっきりと感じたその感触は、確かな手応えとして残っている。
「このまま押し切るっ!」
限界を考えず、自分の全力を持って攻勢に出る。両手で握ったその剣を力任せに振り続けた。
「くっそ……体がっ」
オストも避け続けるが、その腕や足には深い傷が増えていく。しかし先程の胴体の一撃以外は決定的な傷を負わせられていなかった。
それはおそらく、そういった場所を狙う際に俺にまだ抵抗があるせいだろう。心に残る一瞬の迷いがオストが避ける時間を作ってしまっている。
「調子に乗るなあああああああッ!」
突如、傷だらけになった翼を広げてオストが飛び上がった。
「この魔法でっ……」
その声と共に、オストを取り囲むように無数の魔力で作られた黒い槍が出現した。
「まだこれだけの魔力をっ」
正直もう魔法は使ってこないだろうと勝手に思っていた為に、動揺が収まらない。
槍の群れは全て、ゆっくりと先端がこちらに向いた。これだけの数を一斉に放たれてしまえば
未来を見通して避けるしかないだろうか。
そう考えて振り絞った魔力を集中させていた時、予想外の事が起こった。
オストと俺の丁度間に、白銀に輝く折れた剣が飛んできたのだ。これは確かブラストが使っていた大剣だったはず。
それに驚いたことが引き金となり、未来視は発動してしまった。
しかしそれは結果的に、幸運だった。
視界に映る世界が変わり、未来を見通したところで元に戻される。
そして俺は手に持った大剣を、これから横に薙ぐかの様に構えた。
それを見て、オストは嘲笑う。
「その一本では何もできないだろうがっ!」
狂気に歪んだ顔でその槍を、一斉に飛ばしてくる。
しかし、俺は構えたこの剣で防ごうとしたのではない。
避けようともしない俺の様子に怪訝な表情を浮かべたオストだったが、直ぐにそれは驚愕の表情に変わった。
「なんだとっ……!」
俺の前に槍を防ぐ様に現れたのは、殴り飛ばされたブラストのアンデッドだった。
直撃する軌道だったものが全てアンデッドの体に突き刺さって止まる。
そして俺が構えたこの剣は、斬る為でもないのだ。
全力で横に振る様にして、投げ飛ばした。
「それに魔力を込め続けろ、レウスッ!!」
「承知ッ!」
それはオストの真下にある地面に突き刺さり、時間差なく入り込んできたレウスが元々持っていた剣を投げ捨てて引き抜く。
レオ達の言っていた事から考えると、魔力を通し続ければ自然には砕けない筈だ。握りしめられた結晶の大剣は、レウスの大柄な体躯にしっかりと馴染んでいた。
そして重量を感じさせる音と共に地面を震わせて、レウスは跳び上がる。
「消え失せろ魔人!」
「なにっ……不味いっ」
急いで回避しようと翼を動かすが、レウスの天を衝くような斬撃がその速度を上回る。
そして結晶の大剣が描いた一撃は、巨大なオストの片翼を根元から切り離した。
「アアアアアアアァァァァアッ!」
魔人の絶叫が、辺りに響く。そして制御が出来なくなったためにオストは空から落ちていく。
ここで決める。
振り絞る魔力を右手に込め、もう一度剣を作り出す。それは今の魔力では、短剣ほどの長さにしかならなかった。
だがこれで十分だ。
逆手に持ち替えた結晶の短剣を構えて一気に駆け出した。そのままオストが地面に衝突する寸前に、掠める様に横を通り抜ける。
そして接触時に、全力の一振り。
クリスタルの短剣が描く軌道は、オストのもう片翼を斬り落として流れた。
「クソオオオオオオオッ!!」
白髪を乱して叫び続けるその姿は、翼が無ければ本当に人間に見えてしまう。
いや待て、これでは駄目だ。
その人間そっくりの姿を見る度に迷いが生まれていく。
だがオストを生かしてしまえば、それはいつか大切な物を傷つけてしまう。
魔人はここで殺さなければ。
しかしそんな内心の葛藤を感じ取ったのか、レウスが一歩前へと立った。
「この魔人は私が葬りましょう。ハルカ様は下がって下さい」
「いや待って、俺が……」
しかしそんなやり取りは、上空からの声で中断させられた。
『お前達、その魔人から離れろッ!』
空気が揺れる様な声に戸惑うが、咄嗟にレウスが俺を引き寄せて退いたおかげで「下敷き」になることは防がれた。
そして次の瞬間、オストの場所に巨大な骨の竜が落ちてきた。
「……助かったよ、ありがとうレウス」
「いえ、当然の事です。しかしこれは……」
初めはメビウスが叩き落とす場所を見誤ったのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
目の前の骨の竜は巨大な口を開けて、『オストを飲み込んだ』。
「なんだっ……?」
「仲間割れにしても主を飲み込むなど……」
呆然と見つめることしか出来ずに立ち尽くしていると、唐突にそれは起こった。
『「グ……ギャァアアアアアアッ!」』
まるでオストの声も重なっているかの様な骨の竜の咆哮が響き渡った。そこから爆発的に広がった黒い魔力の霧によって視界は奪われる。
しばらく経って次第に黒き霧が晴れてゆき、視界が現実を取り戻した時。
そこに現れたのは、黒い骨から溢れる魔力の煙によって肉付けされた一色に染まる竜の姿だった。
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