1-34 Beginning


 天地を揺らす咆哮と共に光の扉から出てきたのは、銀に輝く巨大な口。窮屈そうに首を振れば、徐々にその体までの姿が見え始める。


 銀の鱗を全身に巡らせ、鋼の様に盛り上がった筋肉は見る者に威圧感を与える。背中に生えた巨大な翼を広げれば、その大きさは何倍にも増した。

 

 フロガの召喚した竜よりも、二回り程は大きいだろうというその竜の名は『メビウス』。

 

 正真正銘、幻界の森にてアイリスが契約した竜だった。


「出来ればもうちょっと早く出て来てくれよ……メビウス」


 その重役出勤を決め込んだ竜に対して苦笑しながらも文句を言うと、銀竜メビウスは鼻を鳴らして答える。


『それは我のせいではない、アイリスが未熟なだけだ。素質はあるが……まあ経験不足だな』


 メビウスはそう言って視線をアイリスに向ける。釣られて俺も視線を向けると、そこには苦しそうにするアイリスの姿があった。


「アイリス!? 大丈夫か?」


 しかしその原因には心当たりがあった。祠にて、メビウスからこの魔法についての説明を受けている時のこと。


 召喚魔法にはいくつかの留意するべき弱点があると言っていた。


 それは慣れるまで発動に時間がかかってしまう等も含めて色々あったが、その中でも最も重要だったのはメビウスの世界を繋ぐ門を維持しなければいけないという事だった。


 契約者は竜の活動中に、その者との魔力による接続を維持しなければならない。


 そのコントロールにはかなりの精密な魔力操作を要求されるらしく、失敗した途端にメビウスは元の世界へと強制帰還されるらしい。


「大丈夫……でも、こんなにも難しい事だったなんて」


 彼女の様子を見ているだけでも、フロガがどれだけ優秀だったのかを改めて気付かされる。彼が竜の背中に乗って一緒に戦っていたというのは、見ている者にはあまり伝わらないがとんでもない離れ業だったのだ。


 すると突然、まるでメビウスの出現に反応したかの様に骨の竜は叫んだ。それを見て、怒りを抑えながらメビウスは言う。


『我ら竜の一族を、ここまで馬鹿にするとはな……確実に葬ってやる』


 その竜に応え、空気を揺るがす叫びと共にメビウスは飛び上がる。巨大なその口を開くと、一瞬にして出来上がった白き魔力の塊を放つ。


 骨の竜が避け切れずにそれにぶつかった途端、その巨体は大空へと吹き飛ばされた。


『直ぐに終わらせる、それまで何とか魔人の相手をして見せろ。結晶の輝きを持つ者ならな!』


 そう言ってメビウスは、骨の竜を追って飛び去った。


「まさか出来損ないの王女も契約に成功していたか……しかも竜、まさか……」


 まるで銀竜がいなくなるのを待っていたかの様に、その言葉と共にゆっくり下りてきたのはオストだった。


 よく見ればその余裕とは裏腹に少し息が上がっている。


「あいつも魔力が切れかかっているな……まああれだけ死霊魔法を使っていたからむしろ遅いぐらいか」


 レオはオストを見て目を細めながら言った。


「レオ、俺はもう全く魔法が使えないっていう訳じゃないんだよな?」


 少し時間を置いたおかげか、立ち上がれない程ではなくなった気がする。するとレオは肩の上で暫く考える素振りをした。


「……そうだな、何度かなら大丈夫だろう。未来を見通せるのはあと一度ぐらいか」


 オストの現在の狙いは恐らくアイリスだろう。フロガの時もそうだったが、目の前の魔人は召喚魔法の弱点が契約者だと知っているのだ。


 視線を向けると、アイリスはとても戦える状態ではなさそうだ。


 立ち上がり、彼女の前に立つ。


 そして先程の竜の攻撃を防いだ時に消えてしまった盾と剣を、もう一度携えた。


「ハルカっ!? 私なら戦えますっ、今のあなたに戦わせるわけには……」


「本当にしつこいな……今度こそ殺してやるぞッ!」


 背中から聞こえるアイリスの焦る声と、歪んだ表情のまま吐き捨てるオストとの間で、構える。できるだけ少ない魔力を体に通し、最低限の動ける体を作った。


 その魔力を使う度に意識が飛びそうになるのを堪え、ぼやけ始めた視界で何とかオストを見る。


 しかし体は、自分の意思に反して倒れかけてしまう。


「もう限界だろう!? このまま死ねぇえええ!」


 オストはそれを見て好機ととらえたのか、一気に接近してくる。


「ハルカっ!」


 しかし、どうしても背負ったその声に応えない訳にはいかなかった。


 倒れかけた体を、足を踏み出して無理やりに支える。魔力を通した状態で思い切り踏み抜いたせいで軽く地面が砕けるが、そんな事は気にしていられない。


 迫ったオストの殴打を盾で弾き返し、その腕に持った剣で地面をこすりながら振り上げる。


 しかしさすがに反応して飛び退かれ、剣先はオストの頬を掠めるだけで空を切った。


 未来を見れるのは、あと一度だけ。安易に使う訳にはいかないが、使えば戦いの技術で劣る俺が決定打を与えられる可能性もある。


 一つだけ分かっている事があるとすれば、これがお互いに残る気力、体力、魔力的にも最後の攻防だということ。


 そしてこの戦いの行方によってアイリスも、この世界にいる全ての人類も未来が決まってしまうのは明らかだろう。


 奇しくもその命運を、俺が握ってしまったという事だった。


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