1-33 祈りの門は開け放たれた
「城壁から離れろおおおおおッッ!!」
そこにいた全員が、まるで命を削るかの様に叫ぶ声を聞いた。そして声の主から放たれた、場の空気を全て作り変えたのかと思う程に濃密な魔力に驚愕し、困惑した。
通常、魔法というものは魔力をただ放出するだけのものでは無い。身体の外に出た時点で変換される目的を持った
しかしその答えは、直ぐに訪れる。
骨の軋む音が聞こえた。聞いた者全てに不快感を与える様な音。
それが耳に届いたと思った直後、白で染められた城を守っていた城壁を何かが突き破る。人の何倍もの高さと厚さのある城壁を突き破るなどあり得ないと誰もが思った。
いや、誰もがそう思いたかっただけなのかもしれない。
破った壁から首を出したのは、黒い骨のみで形作られた竜。
その竜は、巨大な顎を鳴らして黒い魔力を吐き出す。辺りを埋め尽くす様に直ぐに広がったそれは、途端に世界の光を消し去ろうとする黒き業火となった。
その火が放たれた時、場の全員が悟ったという。
これから自分は死ぬのだと。
少しでも魔法が使える者ならば、それがどれだけ自分と次元が違うのかを理解できてしまうからだ。
せめて目を閉じよう、そう思い
世界を埋め尽くそうとした黒が、世界の光を受けながら輝く青になった。
思わず目を見開くと、映り込む光景は幻を見ているかの様だった。
先程の青年が作り出した膨大な魔力に触れていく度にその炎は青く輝く結晶へと形を変えていく。その勢いは、やがて黒き業火を超える。
気が付くとそこは、一面にクリスタルの光が透き通る青き世界へと変わっていた。
この時、初めて理解する。
一族が滅び、あの力は失われたというのは周知の事実。しかし目の前で起こったことが、彼らにとっては全てだった。
これが誰もが噂に聞いた、人類最強と呼ばれた結晶魔法なのだろうと。
そして理由はわからないが、その力を持つ青年が自分達を守ってくれたのだと。
最近、誰もが人類の未来に絶望し始めていた。だからこそ、目の前の光景に心が震えるのを抑えられない。
何かが「始まった」様な、そんな不思議な感覚だった。
すると辺り一面を覆ったクリスタルは、突如として砕けていく。空気に溶けるかの様に散ったその中心に見えたのは。
巨大な口から漏れ出る黒い魔力を纏う骨の竜と。
膝をついて動かない黒髪の青年の姿だった。
――――――
「……ゲホッ……ハァ、ハァ」
まるで力が全て抜けてしまったかの様に、体が重く動かない。荒れる呼吸を整える事すらも出来ないまま、膝をついて地面を眺めていた。
「ハルカッ! ……魔力切れか、さすがにこれは不味いな」
レオの声が、
「魔力、切れ?」
初めて耳にする単語に思わず聞き返すと、レオは厳しい表情をしながら耳打ちした。
「……ああ、自分が使える限界量ほぼギリギリまで魔力を使ってしまった時に起こる症状だ。体に力は入らず、しばらく意識を保つ事も困難になる」
それだけでも十分に危ないのは伝わったが、レオは更に悪い知らせも伝えてくる。
「それに未来を見通す力もほぼ使用不可だ。ただでさえ使い始めて間もない事に加えて、先程力加減を間違えたのが引き金になったのだろう」
それも上限があるのかと文句を言いたい気持ちで一杯だったが、力加減が出来ていなかったおかげであの未来を回避できたのならば黙るしかない。
しかしそうなれば、もう俺にできる事はないに等しかった。
「ハルカ様っ! ……クソォォ邪魔だアンデッド!」
レウスの叫びが遠くから聞こえるが、ブラスト達に阻まれて未だに身動きが取れない。
すると直ぐ傍から声が降ってきた。
「あれすら防ぐんだ……本当に忌々しい一族だが、その力には敬意を表するよ」
何とか顔だけ持ち上げると、オストがその眉をひそめながら俺達を見下ろしていた。
「ハルカ! 今助けに行きますっ!」
道を塞ぐアンデッド達を斬りながら、ロゼリアは少しずつ近付いてくる。しかしオストが手をかざすと、その場にいた全てのアンデッドが彼女へと向かって行った。
「今はお前と話していないんだ、女騎士風情が。大人しくそこで死体の相手をしていろよ」
「邪魔だアアアアッ!!」
だがロゼリアの叫びも空しく、段々とアンデッドに押されて遠くなっていく。
「あの青年だけは、何としても助けろおおおおお!」
「おぉぉぉぉおおおおおッ!」
「『終わらせる』なあああああッ!!」
すると騎士達が、雄叫びを上げて近づいてくる。多くのアンデッドがロゼリアへと向かったおかげで手薄になったのだろう。
しかしそれも、地を揺らす音とともに前へ踏み出した骨の竜によって阻まれた。
オストは、更に眉間に
「大層な人気じゃないか、クリスミナ。その人を惹きつける力も親譲りっていう訳か……」
駄目だ、意識が跳びかけている。
もう目の前で話すオストの声も、俺の名前を呼ぶ皆の声も、区別が付かなくなっていた。
「そんな御方には、やはり全力を持って殺して差し上げるのが礼儀というもの。人類の終局に相応しい華となって、散れぇええええっ!」
頭上で巻き起こる暗い魔力の渦に、全てを諦めようとした。
そんなとき、声が聞こえた。
誰の声でさえも区別が付かなくなっていた筈なのに、その声だけは何故かはっきりと耳に届いた。
「ありがとう」
それは、彼女の声だった。
そして頭上で巻き起こっていた筈の魔力は、真逆ともいえる暖かな光を持った魔力によって掻き消された。
「なんだっ、僕の魔法が……」
飛び退いて距離を取ったオストとの間に、立ち塞がるその背中。短めの茶髪を
しかし真っ直ぐと前を見て立つその姿は、本当に見惚れてしまう。
「……ありがとう、私の大事なもののために戦ってくれて。ここからは『私達』が」
そうして振り返って目が合った黄金の瞳の持ち主は、やはりアイリスだった。
「アイリス、それじゃあもう『アイツ』は……?」
「ええ、もういつでも
力強い瞳を向けるアイリスに目が離せないでいる心地よい時間は、オストの叫びによって中断させられる。
「出来損ないのお姫様に用は無いんだよおおおっ!」
そして骨の竜に向かって命令した。
「黒骨竜よ、諸共に踏み潰せッ!」
それに即座に応じたその竜は、騎士達には一切目もくれずに俺達へと近付く。振り上げられた巨大な骨の足が、頭上の高い位置で影を作っていた。
しかし、それ以上落ちてくる事は無かった。
「門よ、一族を繋ぐ祈りの門よ。私はアイリス。この名と契約を交わした輪廻と始まりを司る竜を、世界に現せ」
辺りが静まり返ったかの様に、ただ響き渡る美しい声の調べ。まるで世界から切り取られたかの様なその光景は瞬きをする事すらも許さない。
アイリスを中心に広がる光の輪は骨竜やオストが近寄る事すら許さず弾き飛ばし、輝きを増しながら広がり続けた。
「
その声と同時に響き渡るのは、重厚な門が開け放たれる様な音。光の輪が形作った門は、やがて世界の窓となった。
『随分と疲れているじゃないか、ハルカ』
門の中から聞こえた嫌味に、思わず苦笑いするしかなかった。
「出来ればもうちょっと早く出て来てくれよ……メビウス」
そして世界には、天地全てを揺るがす咆哮が響き渡った。
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