1-30 二体一、と一匹


「ブラストさん……の、アンデッド」


 確か彼は、俺達が幻界の森へ向かった時にアンデッドの討伐に軍を率いていたはず。


 しかし町に侵入されている現状を考えれば当然なのかもしれないが、やはり殺されていたのだ。そしてオストの手によってアンデッドの兵に変えられてしまっている。


 その姿にフロガも動揺して、魔法で撃ち落とすことが出来なかったのだろう。


 そんな考えに耽っていると突然、ブラストがその剣を上へと構えて斬りかかってきた。


 咄嗟に盾を前に出して受け止める。


 衝撃が、盾を支える腕にまで伝わり筋肉が悲鳴を上げた。


「なんていう馬鹿力だよ……!」


 身体に魔力を流し、全身の能力を底上げしているにもかかわらずその攻撃は重くのしかかる。


「というか、アンデッドって剣も使えるのか!?」


 俺がここに来るまでに見たアンデッドは道具を使うということはなく、死んでいるのに生命力と表現してよいのかはわからないが生命力の高い事のみが脅威だと聞いていた。


 だが目の前のアンデッドは、まるで「生きている時」の様にその剣を振るっている。


 一つだけ有難い事があるとすればアンデッドだからなのか回り込むという手段は取らず、何度も盾の向こう側から斬り続けるのみだったことだろう。


 その時、上空から声が降ってきた。


「あーあ、折角上手くいったと思ったのになあ……技術だけで、頭は死んでんじゃん」


 それと同時に降り注いだ黒い雨の様な魔法を、辛うじてもう一つの腕で魔力を広げてクリスタルに変え、防いでいく。


 変えきれなかった魔法は地面へと突き刺さり、石造りの舗装された道に亀裂が走った。


「ハルカ、『押せ』!」


 レオに発破をかけられ、その意味を理解した。盾に衝撃が伝わったと同時に力強く地面を蹴り、ブラストを押し退けた。


 その体が、低く宙を舞って後方へと吹き飛ぶ。


「次は上だ!」


 レオの声が聞こえると同時にその腕に連結された盾を持ち上げる。


 というかこの盾、予想してた以上に重い。


 腰に負担がかかり軋む音が鳴るが、魔力を無理やり流して一気に上へと振り上げた。


「がっ!……」


 何かと衝突した感覚と共に変な声が耳に届く。遅れて視線を向けると、オストの伸ばした腕に盾の縁が殴打している光景があった。


 落ちた場所が城の外壁の直ぐ傍だったこともあり、オストは近くにあった外壁へとぶつかった。


 なんとか防げたが、この盾の大きさが邪魔だ。


「レオ、この盾は縮められないのか?」


 その問いに、当然とばかりにレオは鼻を鳴らした。


「できるに決まっている。クリスタルによる魔力の具現化は、ハルカが壊す以外は魔力の供給が止まれば自然と消滅するのだ。つまり、今盾の全てに行き渡っているいる魔力を途中までに抑えてやれば良い」


「そんなコントロール俺が出来るのか?!」


 レオが真顔で言った内容が予想よりもかなり難しそうな内容だったので、反射的に抗議した。


 しかしそれでもレオは表情を変えない。


「できるに決まっているだろう。確かに其方はこの世界に来てから時間は経っていないが、短時間で結晶魔法を使いこなし始めている事には自信を持って良い」


 視界の左端では、ブラストが揺れる様に立ち上がる。それでもレオは話を止めない。


「複雑極まる結晶の力は紛れもなくこの世界で一番難易度が高い。だが使いこなせれば魔王を討つことだってできるのだ。それにハルカには勇者の『未来』と、私という『目』がある」


「鬱陶しいなああその使い魔ぁ!」


 右目に映るオストが叫び、その翼を広げる。だがレオは気に留めない。


「こんな奴らに、負ける様な器はしていないよ。私が保証しよう」


「アアアァァウ……アアアアアアッ!」

「本当に目障りな奴らだなぁ! クリスミナァアア!」


 ほぼ同時、俺達の方に猛然と向かってくる二つの魔の者。


 だけどもう俺には、焦る気持ちは無くなっていた。


 左腕の盾全体に魔力が行き渡っているなら、その半径を縮める様に。右手で揺れ動く煙となって噴き出す魔力を、一つの真っ直ぐな剣として。

 

 そして体に流れる魔力の一部は頭の中核、未来を見通す「眼」のスイッチへと。

 

 瞳を閉じて、世界を切り替える。


 そこに映し出された光景では、ブラストは相も変わらず直進して上段で斬りかかるのみ。


 オストはブラストよりも少し速く……飛び蹴り? いや違う、その後ろに隠した隻腕で魔法を撃つつもりだろう。


 そこまで見えた所で、世界は引き戻された。あまり長い時間を見れなかったのはまだ慣れていないからだろうか。

 

 だが今は、どうでも良い話だ。


 右手に剣として作ろうとしたものを、隠した手に届く様に長い槍へと。


 盾へと流していた左腕の魔力を、縮めるだけでなく拳の表面へと。


 両者が最接近した瞬間に、体へと巡らせた魔力と共に弾けるように動き出す。


 オストが跳び、一直線に蹴りを繰り出すがその軌道は先程の映像と同じ。上体を少し下げて捻る様に避けると、今度は俺から動き出す。


 クリスタルで形作られた槍をそのまま突き出し、黒い魔力が集まり始めていた手のひらへと刺した。


「なっ、痛ええええ!」


 その悲鳴と共に嫌な感触が伝わってくるが、今は無理やり思考から切り離す。


 すると今度はブラストが構えた剣を振り下ろしてくる。握った槍を手放し、受け流す様に正面よりも少しずらして盾を構えた。


 その振り下ろす剣は早すぎて見えないが、未来視の時と全く同じ線の所へと盾を持っていけば見事に命中する。


 衝撃が盾全体に伝わり、魔力の供給が止まっていた部分は砕けて散っていく。上半身を覆う程に大きかったその盾は、半分程にまで縮まった。


 その斬撃を体の外側へと受け流し、その手に集めた魔力をクリスタルとして形成する。その形はまるで青く透き通るグローブ、というよりは物々しい手甲となって現れた。


 握りしめたその拳で、思い切りアンデッドとなったブラストを殴りつける。


 魔力で強化されたその一撃は、元の世界の俺では考えられない威力を持った一撃となってブラストに床を舐めさせた。


「ハルカ! 後ろに向かって蹴れ!」


 レオのその言葉に一々疑う余地などもはや無い。迷いなく従って後ろへと蹴りつけると、そこには手に槍を刺したままオストの姿があった。


 背後から捕まえようとしていた無防備なその腹部に蹴りが入り、またしても外壁へと吹き飛んだ。


 戦える。


 戦う技術などは無いに等しいが、それでも両親から受け継いだという能力と、肩の小さな相棒がいればなんとか戦える。


 人かどうかは怪しいが、人を傷つけることに何も抵抗が無くなった訳じゃない。ましてや殺せるかと聞かれれば、いくらそういう世界だからといっても答えは出せないだろう。


 しかし、近くで横たわるフロガの姿を見て思い浮かべるのは。


 先程のアイリスの、震えながら見守る表情だった。


「レオ、こいつらには……『二人』で勝つぞ」

「そうだな、私達なら出来るさ」


 その彼女の数少ない拠り所を、傷つけた目の前の魔人を。


 許せる気はしなかった。


 

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