1-25 とある男の話・後
幾度となく交わした黒い魔力と錆びた銀の剣には、確実に優劣がつき始めていた。
「ハア……ハァ……」
漏れ出る荒い吐息は、自分の耳にも届く程に大きかった。
「こんなもんかよ英雄さああん!!」
「この力は……!?」
オストが距離を詰めてその手を伸ばすと、目の前で闇の魔力が爆発した。
急いで大剣に魔力を巡らせ、オスト諸共に断ち斬ろうとする。
しかし私の斬撃は黒い魔力を相殺するだけに留まり、その衝撃で体勢を崩しかけてしまった。
「隙だらけですよおおおお!」
そこに翼で追撃を加えられ、容易に後ろへと吹き飛んでしまう。そのまま地面に勢いよく追突してしまい、軋む体は更なる悲鳴を上げていた。
「弱いなぁ……これでは魔王様の名前に傷がついちゃうじゃん。まあ、魔王様の言ってた事は正しかったんだね」
一呼吸置き、醜悪な笑みを一層濃くしたオストは言った。
「『あの男の剣は目の前で折れて消え去った。もはや構う価値も無し』ってね。でももう少しは楽しめると思ってたんだけどなぁ」
強すぎる。
たとえ衰えていなかったとしても、この男に勝つ事ができたのだろうか。
死霊魔術師だというのにその軽すぎる身のこなしや戦闘力など、魔王軍の幹部でもそうはいないはずだ。
「まあ僕は天才だから仕方がないけどねえ。さて、そろそろ飽きてきちゃったな」
私の心を煽るかの様にゆっくりと欠伸をしている。その姿に何も思わない訳ではないが、体は想像した以上に動いてくれなかった。
その時、遠くの方から流れてくる巨大な魔力の波を感じる。波が伝わってきた方向に目を向けると、その正体は丁度城の上空に存在していた。
雲を裂いて現れた、その巨大な赤き両翼は地上を影で覆う。
燃え盛る火炎にも見える魔力を溢れさせながら滞空するその姿は、竜。
凶悪なまでに大きなその口から牙を輝かせ、大空に向かって吼えた。地と天が震えるその声の主は間違いなくフロガが契約していた竜だ。
この国の絶対的な矛であり盾とも呼べるその竜を使わなければならないということは、恐らくあの骨の竜と接敵してしまったということだろう。
「うわぁ、もっと面白そうなのが出てきたじゃん! 早くいかないと、なんだけどその前に……」
フロガの竜を見て興奮していたオストは、その視線を私へと向けた。
しかし目線が合ってはいない。
「僕って魔王様に凄く憧れてるからさ、あの方が体験したものと同じ景色が見たいんだよねぇ」
その視線は、私の少し後ろの方へと向かっている様にも見えた。
釣られて振り返るとそこには、先程家の前で話した茶髪の少年が瓦礫の中で息を潜めながら震えている姿があった。
「例えば……英雄アリウスが、『折れる』姿とかさぁぁああ!」
叫ぶオストの体からは、黒い煙のような魔力が溢れ出る。それは段々と一点に集約されていき、人よりも大きな魔力の塊となって飛ばされた。
周りの地面や空気すらも抉りながら、闇の魔力は真っ直ぐに向かってくる。速さこそあまりないものの、少年を瓦礫から出して避ける程に遅くもない。
これは避けられないと、悟ってしまった。
だがこのまま何もせずに死んで良いのだろうか。
私だけならまだ良い。
しかしこの少年は私の近くにいたという理由だけで巻き込まれてしまったのだ。終わってしまった私と違い、未来あるこの子を死なすわけにはいかない。
「うをおおおおおおおおお!!」
捻り出した叫びと共に持てる魔力の全てを、歴戦の相棒へと注ぎ込む。
たとえどれだけの時間が流れようとも、この剣と力で何度も道を斬り開いてきたのだ。
この一撃程度、斬れない筈はない。
「さすがに英雄、やるじゃないか!」
オストの喜色を含んだ雑音が耳に届くが、それも意識から除外する。
これが私の最後の一撃になるのかもしれない。だからこそ、最期の道まで斬り開いてくれ。
願いを込めたその一撃を、目前の魔力に向かって振り下ろす。そして魔力の中心まで抜けようとした、その時だった。
剣へと魔力が通らなくなった。
私の魔力が枯渇したわけでもなく、むしろ余ってさえいる程だ。
では一体何故なのか。
その答えは目の前に存在するのに、受け入れられなかった。
折れたのだ。
まるで自壊したかの様に砕けたその大剣は、無残にも崩れた。
この残酷なまでの結末が、私の最期なのだろう。王へと捧げた剣は折れてなくなり、背中にある小さな命でさえも守ることは叶わない。
唯一の心残りは、王の忘れ形見ともいえる子供にさえも会うことが出来なかったことだろうか。
ゆっくりと目を閉じて、人生最後の痛みに備える。
しかし、どれだけ待ってもその痛みが私を襲うことはなかった。
痛みを感じる間もなく死んでしまったのだろうかと疑って目を開ける。そして視界に映った景色は、私の心を大きく揺らすものだった。
光さえ通さない黒い魔力の塊は、世界の光を映し出す空色の魔結晶へと変わっている。
そのクリスタルと私の間に立つ様に、背を向ける誰かの姿があった。
黒い髪は、穏やかに吹く風を受けて靡いている。肩には猫の様にも思える動物が乗っているが、この生き物からも濃密な魔力が感じられる。
だがそれを上回る様に魔力を漲らせたその青年は、腕にクリスタルで作られた歪な剣を握りしめていた。
肩に使い魔を乗せ、結晶魔法を自在に操り最前線へと立つ。
それはまるで、私が仕えたかつての王の姿そのものだった。
「あの……大丈夫ですか?」
青年が振り返った時、世界の青を全て集めたような瞳を見た時に全てを悟った。
彼が、イレイズルートの息子でありクリスミナの生き残りなのだ、と。
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