1-26 再起
「あの……大丈夫ですか?」
膝をついて呆けている、古びた鎧を身に纏う男性に向かって声を掛けた。
見たところイヴォークの騎士達とは違う恰好で、その無造作に生えた髭や白髪交じりの汚れた茶髪からはかなり年齢が高くも見える。
「……アストがさっき言ってたの、本当にこの人で合ってる?」
少し心配になって呟く様な音量で言うと、頭の中からアストの返事がくる。
「ああ、間違いなくアリウスだな。随分と弱そうになっているが」
何故か笑っている様な声だったが、ともかく生きているうちに間に合って良かったと安堵する。
ここに来るまでの経緯を、少しだけ遡って思い出した。
――――――
「……王都イヴォークの至る所から、黒い煙が上がっています!」
「それと……上空には、フロガ王の契約する竜の姿もありました!」
祠から出てきて間もない時に、騎士達が大慌てで報告をしてきた。
アイリスは深刻な表情を作って言う。
「お父様が竜を召喚する事態だなんて……それに王都での黒煙となると……ブラストの作戦は失敗したのでしょう」
その様子を見て、あまり実感が掴めない俺でさえも
「……ハルカ、もう一度転移魔法を使ってくれませんか? 何が起こっているのか把握できない今、私の手に入れた『力』も必要かもしれません」
そうしてアイリスは、真っ直ぐに目を合わせてくる。彼女の黄金の瞳が揺れるのを見て、これを断れる人はいないんだろうなぁと諦めにも近い感情しか持てなかった。
「……アイリスの頼みなら、全然いいよ。アスト!」
『わかっている』
俺の中で待機していたアストへと声を掛けると、直ぐにその返事と共に肩に重さが現れる。
その時、ふとアイリス以外の全員の異変に気が付いた。
騎士達は皆、ロゼリアでさえも何か驚いた様な表情をしながら俺やアイリスへと交互に視線を移動させていた。だがその異変の正体にも直ぐに思い至る。
不味い。
いくら仲良くなったとしても人前で王女を呼び捨てにしたのは流石に駄目だった。
考えれば誰でもわかる事に気が付かなかった自分の残念さに後悔するしかない。というか二人で真夜中に何処かへと行って、朝になって帰ってきた時点でとんでもない誤解を生む可能性もあるのだ。
しかしアイリスは特に気にしていないようで、目を向けても可愛らしく首を傾げるだけだった。
すると、ある意味では空気を読んだアストの声が掛かる。
「おい、もう転移してもいいのか?」
「あ、ああ頼む!」
明らかに怪しい慌て方をした自覚があるが、そんな事を気にしていられない。
直ぐに襲って来た浮遊感とともに大空へと投げ出された俺達は、次の瞬間には既に出発するときに使った監視塔の床へと転移した。
そして直ぐに、幻界の森で静けさに慣らされた耳には暴力とも呼べる周囲の騒がしさが入ってきた。
「これは……何が起こったのだ?」
ロゼリアが、監視塔から見える町を見下ろしてそう呟いた。それに釣られて下を見ると、その光景に思わず目を疑ってしまう。
破られた町の外壁から、未だに途切れないアンデッドの大群が押し寄せている。それを食い止める為に騎士や屈強な男達、更には魔法使い達も戦っているが、数が多すぎて侵入を許してしまっていた。
そして初めて王都に入って馬車から見た時からは想像もできない程に多数の市民が、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
この町にこれだけの人がいたのか、と場違いにも思ってしまうぐらいだった。
その時、大空から咆哮が響いた。
思わず視線を向けると、その正体は丁度城の真上にあった。
雲を裂き、その魔力を撒き散らす巨大な赤き両翼は城周辺を全て影で覆う程に大きい。その口から牙を輝かせ、怒りに燃え盛るかの様なその姿はまさしく竜そのもの。
視線を下に向け続けるその竜はまるで何かと睨みあっている様に動かなかった。
「あれはお父様の……」
呟いたアイリスは何かを決意したかの様に、真っ直ぐに前を見た。
「城に、向かいましょう」
アイリスの表情には、迷いの色は見えなかった。その力強い言葉に従わない者はこの場に誰一人としていないだろう。
しかし俺達が動き出す前に、それは起こった。
「なんだ、この魔力……!?」
ロゼリアが驚きの声を上げる。
いや、驚いたのはこの場にいた者の全員だっただろう。
その竜の魔力にも劣らないもう一つの巨大な魔力が近くで巻き起こった。肌に嫌な感覚をもたらすそれは黒い魔力の塊として、監視塔の直ぐ近くにあった住宅地で発生する。
その塊を何者かが持ち上げる様にして、騎士の様にも見える人影と対峙していた。
「あれはまさか……魔人か!?」
驚愕に染まったロゼリアの声が耳に届くが、それよりも「頭の中」で騒いでいる者がいた。
『あれは……ハルカ! 直ぐにあの騎士を助けろ!!』
「アスト……? 知り合いか? でもそれなら転移した方が早いんじゃ……」
『私が出ている間は干渉し合ってお互いがまともに魔法を発動できないんだ! あの魔法を止めるにはハルカの結晶魔法が必要だ!』
「わ、わかった……!」
その声の迫力に押されて、監視塔から身を乗り出した。
「ハルカ!? 一体何をするつもりですか!?」
俺が取った行動に驚いたアイリスに止められそうになるが、アストの知り合いだというなら助けない訳にはいかないだろう。
「ごめんなさいっ!」
そうして体を投げて飛び出した。
『魔力を体全体に流し込むのは既に経験済みのはずだ! その状態の身体能力であればこの程度の高さはどうとでもなる!』
「わかってるよっ……こうすれば良いんだろ!?」
全身の中心から熱を伝える様に、四肢まで届く様に力を練り上げる。すると身体中が軽くなっていく不思議な感覚に襲われた。
漸く魔力の使い方に慣れてきたのか、違和感なく扱えるようにはなっている。
元の世界でいう五階か六階の高さから落ちた俺は無意識に落下の衝撃に備えるが、着地した足には殆ど衝撃は伝わってこない。
これならば間に合うだろうか。
しかし目の前には群れるアンデットが標的を見つけたかの様にゆっくりと集まってくる。
『上だ! 屋根を飛んでいけ!』
響くアストの声に従って、力一杯に地面を蹴りつけた。
軽くクレーターを作ってしまうが体は飛び上がり、一気に屋根の上まで着こうとした時だった。
「グギャガアアアアア!!」
目の前に、予想外の跳躍力で飛び上がったアンデッドが現れる。このままでは衝突し、届かなくなってしまうだろう。
しかしそんな無駄な時間を取られるわけにはいかなかった。
「邪魔だああああああ!」
右手に魔力を集め、魔結晶の剣を作り出す。
上昇した身体能力のままに無理やり体を捻って回転し、通り過ぎる様に斬り裂いた。
そのまま屋根へと着地すると、次々に建物の上を飛び移って進み続けた。
そしてついに先程の人影の直ぐ近くへと辿り着く。しかしそれは目の前で、黒い魔力が放たれてしまった時とほぼ同時だった。
「間に合え……!」
衝撃で屋根が砕ける程に踏み込んで跳躍する。自分でも世界が歪んで見える程の速度で飛んでいるが、やはり駄目だ。
このままではほんの一瞬だけ間に合わない。
しかしその一瞬は、その騎士が自ら作り出した。
「うをおおおおおおおおお!!」
男が振り絞った咆哮と共に放たれた研ぎ澄まされた魔力の一撃は、その黒い魔力を確かに止めた。
これなら間に合う。
その魔力との間に体を滑り込ませ、相手の魔力を相殺するように解き放つ。
そして光無き魔力の塊は、透き通った青のクリスタルへと形を変えた。
――――――
「えっと、立てますか? アリウスさん」
アストが呼んだ名前だから間違ってはいないだろうと声を掛け、手を差し伸べる。
するとアリウスは少しの間震える様に目を伏せて俯いていたが、手を力強く握り返してきて立ち上がった。
「もちろんです……貴方の為ならば、また何度でも立ち上がります」
その低く響く優しい声さえも、震えている様に感じた。
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