1-24 とある男の話・中


「この場所は門から近すぎて危険だ。もうじき市民に対して警鐘が打ち鳴らされるから、それに混ざって城の方まで避難すると良い」


 何もする気が無いならな、と含みを持たせた言い残しをして、黒装束の男は姿を消す。


 少しの間、手に握られたままになっていたペンダントに視線を落として何もできずにいた。


 もし本当に、イレイズルート王に隠し子がいたのであれば。

 もし本当に、クリスミナの血が途絶えていないのであれば。

 

 私はその子を守るのが、唯一にして最後の使命なのではないのか。


 気付けば目の前に、壁に掛けられた自らの分身ともいえる装備の数々がある。


「今の私に……できる事は……」


 何年もろくに使っていない筋肉は、部屋の移動すら煩わしく思う程に衰えていた。年齢も関係するのだろうがそれよりも、心が動かなかった。


 しかし。


 その様な後ろ向きの思考を繰り返してはいても、気付けば鎧に体を通している自分がいる。


 あとは自分の魂ともいえる剣を、自らの意思で握るだけ。


 どれだけの時間動かずにいただろう。既に隙間の多いこの家の外から、鐘の鳴る音が聞こえてくる。


 周囲が騒がしくなったのは、市民が避難しているのだろう。活気の無くなったこの町にこれだけの人数が住んでいたのかと、場違いな感想まで出てくる。


 だがそれに紛れて避難するという選択肢は、選ぶ気にもなれなかった。


 その時、遠くから唐突に魔力の気配を感じる。


 肌を直接刺激するようなこの感覚は、忘れもしない魔王軍のものだった。


 そこから少し遅れる様に、家の直ぐ近くでとどろき渡る巨大な音が発生した。


「何事だっ!?」


 半ば反射的にその古びた大剣を握り閉め、扉を蹴るようにして外に出る。


 するとそこには、予想外の光景が広がっていた。


「これは……」


 元々密集した住宅地が広がっていた筈の家の前には、粉々になった建物の破片と何かが追突したかの様な巨大なくぼみが地面に出来上がっている。


 その中心へと目を凝らすと、衝撃のせいか発生している煙の中で何か人影のようなものが見えた。


「あーあ失敗だ失敗。ちょっとズレちゃったじゃんかぁ」


 その影は、間延びした声を出した。


「あなたがアリウスって人? あの魔王様に傷を負わせた英雄だって聞いたから期待してたんだけど、随分と覇気が無いね」


 何故かその声の主は私を知っている様だった。それどころか、魔王を様付けで呼んでいるとなるとただの人間ではないだろう。


「お前……一体何者だ?」


 そう聞いた瞬間に、影を覆っていた砂煙が一気に吹き飛んで消えた。


 いや、吹き飛ばしたというべきか。


 姿が見えたそれは、人間には無い筈の巨大な翼を持った黒いローブを靡かせる青年だった。


 少し気味の悪い感覚を覚えるその白髪の青年は、濃密な紫の翼を持つ事以外は普通の人間とあまり変わらない。


 だが敵意と侮辱が入り混じった様な光の見えない黒き瞳をこちらに向けて、青年は言った。


「僕は魔王軍幹部にして死霊魔法使い、オストだ。このイヴォーク襲撃の任務を受けてきたが……それよりも面白そうな獲物がいたから来た」


 舐めまわす様に見る青年は、何か思い出したかの様に動きを止めた。


「そうだった……本来の任務を忘れちゃいけないや。アンデット達に任せるのも心配だし、『コイツ』を使おっと」


 ふと、オストの後ろに何か白い物が積まれた山がある事に気が付いた。よくよく見ると、その白い物の正体が何か見覚えのあるものに見える。


「それは、骨か?」


 それを聞いたオストは何故か嬉しそうな顔を作った。


「大正解! そうそう骨なんだ! この国で手に入れた物の中で一番嬉しかった物さ!」


 するとその腕に黒い魔力を纏わせて、その骨へと手を伸ばした。


「さあ目覚めるんだ、竜の一族よ」


「なんだとっ!?」


 オストが放ったその言葉に驚愕する。竜の一族はフロガ達イヴォークの王族が契約を結んでいた召喚獣のはず。


 もしその骨が本当に竜の物なのだとしたら。


「お察しの通り本物の竜の骨だよ! 砕いて処分してしまえば良いものをわざわざ置いてくれているなんて、墓を漁った甲斐があったね!」


 黒い魔力を纏ったその骨は色まで黒く染まり、擦り、ぶつかりながら段々と骨格を形作っていく。


 そして出来上がった黒き骨の竜は、昔見た本物と同程度の迫力を持って佇んでいた。


「さあ『黒竜』よ、フロガ王を殺してこの国を終わらせるんだ!」


 オストの声に呼応するように、黒き竜は地面を揺らしながら雄叫びを響かせる。その巨大な体は、建物を破壊しながら突き進んで真っ直ぐに城の方へと進んで行った。


「やらせるかっ……何!?」


 追いかけようと体を動かそうとした時、魔力の気配を感じて咄嗟に横へと跳んだ。


 その直ぐ後に、黒い魔力の塊が次々と飛来して地面を削る。


「あなたは僕の相手をしてくれないと困るんですよ! 英雄アリウスさんっ!」


 同時に翼を広げたオストは、黒い魔力を全身から溢れさせて向かってきた。


「お前を相手にしている暇はないっ!」


 それに対し、迎え撃つように大剣を薙いだ。

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