1-3 目覚めし結晶の力
先程までいた場所に森の奥から飛来した炎が唸りを上げてぶつかる。少し開けた木の無い場所だったので火は燃え広がらなかったが、肌に感じるその熱量はどれほど危険だったかをわかりやすく伝えてきた。
「……危なかったぁ」
飛来した炎の思いもよらない威力に思わず背筋が凍るが、目の前の女の子は直ぐに立ち上がる。そして炎が飛来した方向に厳しい表情を向けて呟いた。
「こんなに早く来るなんて……」
そして俺の方へと振り返り、強張った表情を無理やり変えてぎこちない笑みを作る。
「ごめんなさい巻き込んでしまって……もう遅いかも知れないけど今からでも逃げてください。丁度この後ろの方向に進めば町が見えてくると思うから」
全く事態が読めてはいないが、おそらくこの女の子は何かに追われているようだ。そして一緒に逃げるのではなく俺を逃がそうとしてくれている。
「君は……」
「素晴らしい心持だ、さすがは我が国の姫君といったところかな?」
俺が女の子の言葉に答えようとした時、別の方向から返事が飛んできた。
その言葉と共に炎が来た方向から現れたのは、現代では殆ど見ることもない西洋風の赤い全身鎧に身を包んだ騎士の様な恰好の者。後ろにも同じ様な見た目の者達が何人か付いてきている。
状況から判断するに、彼らが火を放った犯人なのだろう。
「そんなアイリス様に提案なのだが、我ら国民のためにその高貴な命を差し出してもらえないだろうか?」
現れた彼らの中で先頭の男が、そう言いながら自分の兜を取った。よくよく見れば一人だけ鎧の意匠も違う様で、立場のある人なのだろうか。
その仰々しい兜の中から出てきたのは、低く響くその声からは想像しにくい甘い顔立ちのイケメンだった。短く切り揃えた赤い髪に、同じ色をした目が特徴的だ。
その外見をしているのに日本語を話していることが強烈な違和感を与えてくる。
しかしその男が発した言葉の内容やその少しだけ上がった口角から感じる嫌味な表情を見ても、良い印象は持てなかった。
するとその顔を見た、先程目の前の男がアイリス様と言っていたからおそらく名前なのであろう女の子は驚いたような、それでいて少しだけ悲しそうな顔をしながら言った。
「やっぱり貴方だったのねベルト……どうしてこんなことを……」
それを聞いて目の前の男、ベルトは嘲るように声を上げて笑った。
「ははははははっ! どうしてもこうしてもありませんよアイリス様。我々人間は既に負けたも同然。であれば、長々と無駄な抵抗を続けるよりも大人しく『魔王』に下った方が賢い選択というものです」
ここまで酷い置いてきぼりがあるだろうか、と目の前で繰り広げられる真剣な雰囲気をぶち壊して叫びたい気持ちでいっぱいだった。
いきなり女の子に飛び込まれたと思ったら映画さながらの恰好をした騎士達が押し掛けてきて、ついには中二病もびっくりの年齢で魔王という言葉を真顔で口にしている。
しかもベルトと呼ばれる男に至っては、俺が視界にすら入っていないのではないかと疑う程のノータッチぶりだった。
と言うより、アイリスが姫様で人間が負けて魔王に下るという話からどう飛躍すればこんな森の中で火を振り回すという行動に繋がるのだろうか。
そんな俺の疑問も関係なしに、目の前のやり取りが進められていた時だった。
「しかしアイリス様が我々の言う通りにして下さっていればこんな手段に出なくとも良かったのに、貴女のせいで関係の無い国民まで命を懸けることになるんですよ? ……例えばこんな風に」
そうしてベルトは、その顔立ちに全く似合わない粘つく様な視線を急に俺へと向けてきた。
どうやら俺の姿が見えてはいるらしいとその部分では安心したが、それよりも何故急にこちらを見たのだろうか。
「君も姫様に巻き込まれて可哀想だとは思うが、せめて私を恨まないでくれたまえ」
そうしてベルトは手のひらをこちらに
言っている内容もそうだが、このベルトという男は
そんなことを呑気に考えていた時だった。
「止めなさいベルト! お願い、逃げて!」
隣からアイリスの焦った様な声が聞こえてくると同時に、ベルトの手から何かの圧力を感じた様に体に悪寒が走る。
するとその直後、その手から強大な火炎の球が出現し真っ直ぐに俺の方へと飛んできた。かなりの速度だが、避けられない程ではないだろう。
しかし何故か。
目の前に迫る非現実的な光景を前に足が固まった様に動けなかった。
その時、横から強い力で突き飛ばされる。倒れかけながら驚いて顔を向けるとそこには、アイリスの姿があった。
俺を助けようとしてくれたのだろうか。
「愚かな姫と共に死んで我らの糧となるが良い!」
そんな言葉が、迫る火球の向こう側から聞こえる。
不意に、心臓を打ち付ける音が刻む感覚を速めていくのがわかった。そこに何か自分の体とは別の不思議な熱を感じる。
そして頭の中には、今見ている光景とは全く別の映像が流れ始めた。
背景にある景色も色もわからない。今いる森の様にも、見たことがある光景の様にも思えない。
しかしそこには、「ごめんね」と言い笑いながらこちらを見るアイリスと、零れる涙が地面に落ちたと同時に彼女が巨大な何かに飲み込まれる瞬間の光景があった。
「待って!」
思わずそう叫んだ、と気付いた時にはすでアイリスに突き飛ばされた時の光景に戻っていた。
今のは一体何だったのだろうか。
自分に起こった事が理解できずに呆けていると、視線の先でアイリスは少し困った様に笑いながら俺を見て口を開いた。
「ごめ……」
ごめんね、と先程見た光景と同じ事を言おうとしているのだろうか。徐々に離れていく距離を感じながらも、頭の中には強烈な直感が駆け巡る。
あのセリフを、同じ言葉を、彼女に言わせてはいけないのだと。
崩れる姿勢の中で、浮いた足を無理やり地面へと打ち付ける。そして地面を踏み切り、アイリスと迫りくる火球の間へと体を投げ出した。
「何をっ」
後ろから驚愕の色を乗せた声が聞こえたが、その問いに答えることが出来ない。
自分でも、この無謀とも思える行動の理由を聞かれれば答える事が難しいのだから。
冷静に考えれば、全身よりも大きい火の球なんて逃げる以外の選択肢が思いつかない。
しかし先程の変な光景を見せられた時から、ずっと不思議な感覚に襲われている。
迫る火球から来る熱よりも、自分の体の中で湧き出る『熱』の方がより強く感じる。だが苦しさは全く無く、この力は寄り添うように自分へと語りかけてくる様だった。
間近に迫り、俺を飲み込もうとする火球に向けて手を伸ばす。普通の精神状態ならば火に手を入れようとするなんて正気の沙汰ではないのだが。
自分の中で何者かの声がする。
『……その程度の力に』
身体の中の熱に促され、導かれる様に指先が火球へと触れるその瞬間。
『その程度の力に、
ほんの一秒もかからずに、触れた指先から一瞬でその火球は光輝く結晶へと姿を変えた。その結晶は
そしてそのまま大きな破砕音と共に結晶は粉々に砕け青空へと溶けていき、火の塊は跡形もなく消え去っていた。
「今のって……まさかクリスミナ王家の……?」
零れる様な、アイリスの小さな呟きの声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます