1-2 森の出会い


「……あれ、生きてる」


 確実に塔の頂上から落ちた気がしたのだが、何故か命はあるらしい。


 しかし目が覚めると何処かわからない森にいた! という本日二度目のよくわからない状況に遭遇していた。


「さっきの場所よりは現実的だけど、どこかわからない状況は変わらないんですが……」


 あの塔から落ちたのであれば生きている事すら奇跡なのかも知れないが、できればこんな山奥じゃなくて町の近くに落として欲しかったというのは我儘わがままだろうか。


「しかしこの森、なんか変な感じだな……」


 葉の色が青や紫といった木が生えていたり、形が歪すぎる見たことも無いような果実がそこら中にっていたり。あまりこういった植物の知識に詳しくなくても、この森は違和感で溢れていた。


 もしかするとここは日本ではないのだろうか。こんな変わった景色が日本にあるのだとしたら今の時代、ネット等で直ぐに有名になっている筈だ。


 しかし居心地が悪いという訳ではなく、むしろ過ごしやすい気候で穏やかな風が流れている。


 そして今更ながらに、自分の荷物が全て無くなっていることに気が付いた。


「鞄は無いし、スマホもか……こんな結晶一つでどうしろと……」


 ついつい口に出して文句を言ってしまうが、こんな状況であれば仕方の無いことだろう。たとえスマホがあったとしてもこの場所には電波すら届いてなさそうではあるが。


 そして唯一持っているものといえば先程の場所で拾ったこの石だけ。今は全く光っていないただの石状態だが、こんなものが役に立つとも思えない。


「はぁ……まだ全部が夢って言われた方が信じれるぞ。ん?」


 ため息をつきながらしばらく歩いていると、近くの草むらから物音が聞こえる。


 音が鳴った場所を注視すると、ちょうどそこから白くて小さい動物がこちらへと飛び出してきた。


 その動物の見た目はウサギに似ているが所々に違いがある。長めの耳や体格はそっくりなのだが尻尾が狐の物の様な形で、しかも二又になっているなんて初めて見た。


「ピィ!」


 可愛らしい鳴き声を出すウサギもどきは野生動物にしては珍しく、人間を全く警戒していない様子だった。一生懸命に鳴くその姿は、俺に何かを伝えようとしている風に見える。


 しかし全く理解できなかったので近づいてみるとその動物はこちらに背を向けて遠ざかり、少し離れた所でまた鳴き声を上げる。


「……ついてこいって事か?」


 森の中で動物に導かれるのは中々に不思議な体験だが、行く当てもなかったので大人しくついていくことにした。



 そして十分程経った頃。


 完全にあのウサギもどきを見失った。


 いや、ウサギもどきにこんな事を求めるのはおかしいのだろうが、あの動物が通る道は人間にとっては難易度が高すぎたのだ。


 その時ふと、森のある方向が騒がしいことに気が付く。話し声の様にも聞こえるので、もしかしたら人がいるのかもという淡い期待がこみ上げてきた。


「もし本当に人なら、あのウサギもどきには感謝しないとな。……なんだ?」


 するとその方向から、何かが凄まじい勢いでこちらへと近づいてくるのに気が付く。草を掻き分けるような音が聞こえてきたのだ。


「えっ怖い怖い。もし熊とかだったら、どこかに隠れた方が良いのか?」


 しかし悩んでいる間にどんどんとその音は大きくなる。生い茂った草や木で姿こそ見えないが、確実にこちらへと向かって来ていた。


 そして次の瞬間、そこから一つの影が飛び出してきた。


「……女の子?」


 その姿を見た時、思わずそこから目が離せなくなってしまった。


 短めの茶髪を振り乱し、こちらを驚きの目で見る瞳は黄金に輝いている。丸みを帯びた輪郭はまだ少女の様にも思えるが、顔立ちは意思の強さを感じさせる美しさを持っていた。


 全力で走っていたのか透き通る白い肌を流れる汗で濡れた深紅の服には、所々に鉄の防具らしき物が付いている。一見するとコスプレの様だが不思議と違和感などは感じなかった。


「避けて!」


 見惚れていたためかその場を動けなかった俺は凄まじい勢いのままに飛び込んでくる女の子の声でやっと正気に戻ったが、既に避ける事が出来ない距離だった。


「きゃああああ」

「うわああああ」


 両方の悲鳴が木霊し、その勢いのままに地面へと倒れこんだ。


 こちらが下敷きになったためになんとか面子は保てたが、密着している状態で服越しに伝わる柔らかな感触に心臓が跳ねてそれどころではなかった。


「ごめん!」


 直ぐに謝罪の言葉を口にしたが、その女の子は気にしていられないといった様子で焦りながら話し始めた。


「ここは危ないから早く逃げて。見たところウチの国の人じゃない様だけど、町にさえ出れば危害を加えられることはないわ」


 その女の子が言った内容に理解が追い付かない。話が通じるということは日本人なのかとも思ったが、もしそうならば明らかに外見の特徴や話す内容がおかしい様に感じる。


 とりあえず事情を聞こうとした、その時。


 こちらを向いている女の子の背後から、何かが弾ける様に光ったのが見えた。


「危ない!」


 光の正体はわからなかったのだが、何故かとても危険な物の様に感じて咄嗟とっさに叫んだ。


 そしてその女の子を引き寄せて横に跳んで転がる。


「何を……あっ」


 一瞬だけ抗議の声を上げたその女の子も異変に気付いた様子で声を上げる。


 そして次の瞬間、俺達がいた場所へ人よりも巨大な炎の球体が唸りを上げて飛来した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る