1-4 大空への逃走
「今の魔法、まさかクリスミナ王家の? でもそんな事って……」
背後で座り込むアイリスの小さな呟きの声が聞こえたが、その内容はよくわからなかった。
目の前にあった結晶は粉々になって漂い、太陽の光を反射しながら空気へと消えていく。しかし内側から溢れるような熱は、なおも体の中で燃え続ける様に迸っていた。
「おい、お前……一体何をした? 私の魔法が消えただと?」
俺自身もだがベルトも何をされたのかわからない様子だった。
しかし普通に魔法とか言っているが、目の前で巨大な火の玉とか出された後なら信じるしかないのかもしれない。
となればここは外国というよりは、また別の世界の可能性の方が高いのだろうか。もしそうならば話す言葉がわかるのも少しは納得がいく。
違う世界への、突然の転移。
最近は創作物で扱われることも多いからまだ想像しやすいが、かと言っても実際に自分が体験することではない筈だと思っていた。
「とぼけやがって……だがこれならどうだ!」
今日は立て続けに理解不能な事が起こり過ぎて頭痛が収まる気配がないのだが、どうやらそんな事を言っている暇はなさそうだ。
少しの間考えに
取り出したのは短いただの木の棒にも見えるが、俺達へと向けたその先端にある宝石の様なものが光り輝く。それと同時にベルトの周囲に幾つかの火球が出現した。
もしかするとあれがフィクションでおなじみの魔法の杖なのだろうか。
「死んでしまえ!」
そんな怒号の様な声を響かせて火球を次々と俺に向かって飛ばしてくる。
いつの間にか目的が違っていないか? と茶化したい気持ちもあるがそんな場合ではない。
今度は大きさこそ先程よりもはるかに小さいものの、その速度は比べ物にならない程に速い。
「不味い……っ」
『……大丈夫だ、焦るな』
「!? さっきの声か!」
思わず口に出した言葉に、自分の内側から返事が聞こえてくるとは想像もしていなかったので驚いて聞き返してしまう。
しかしその声は答えようとはせずに一方的に語りかけてくるだけだった。
『こちらで魔力の使い方は管理してやる。其方はただあの矮小な魔法にただ触れるだけで良い。……ついでに後ろの娘にも当たらない様に集中することだな』
「魔力って、おい説明を……触れるだけでいいんだな!」
自分勝手が過ぎる声の主に文句を言いたい所だが、迫る相手の魔法だという火の玉が目前に来てそれどころではなかった。
さっきの様な咄嗟の事ではないので自分の意思で火の剛速球に触りに行くのは抵抗が激しいが、手を振り、足で蹴り飛ばす様に触れていく。
するとまたしても触れた先から薄空色の結晶へと瞬間で変化し、直ぐに砕けて消えていく。
一体この現象はどういうことなのだろうか。状況だけを考えれば俺が、というよりも先程の声の主がやっている事なのだろうが全く理解できていない。
首を傾げるしかないが、迫る魔法を次々と結晶へと変化させながら撃ち落としていく。
すると更に、ベルトの後ろにいた騎士達からも同じ様な火球が次々に飛来する。避ければ後ろのアイリスに当たってしまうと思い、無我夢中で全てを空中に舞う破片と変えていった。
「その力、これではまるで話に聞くあの国の……お前一体何者だ! こんな場所で何をしている!」
「貴方は一体……」
向こうの方でベルトの叫ぶ声が聞こえるがそちらは無視して、アイリスの言葉に苦笑しながら言う。
「……名前は遥と言います。でも何者かと聞かれても、この状況は俺自身わからないんです」
「ハルカ……」
お姫様というような身分の人と会話することなんて初めてなのでつい口調が
アイリスは不思議なものを見るような眼をずっと俺に向けている。
そんなやり取りはまたしても、ベルトが発した声によって邪魔をされる。
「……まあ良い、実物を見るのは初めてだが何者であれその滅びたはずの力を使えるという事実が何よりも大きい。魔王への手土産にするためにあの男を捕らえろ! ……アイリスは変わらずだ、殺してしまえ」
ベルトの言葉を合図にして、その後ろにいた騎士達が次々と走り出す。
魔法は効かないと判断したのか、腰に付けていた剣を抜き身にして襲い掛かってくる。
あの剣がレプリカなのではないかという希望的観測はやめた方が良いだろう。
「おい! なんとか出来ないのか!」
流石に図体の大きい男たちに剣を振り回されるとどうしようもないので先程の声に助けを求めるが、内側から何か返ってくる様子もない。
これではまるで独り言の激しい変な人である。
しかし、いつまで経っても返事のないものを待ってられる状況ではなかった。
「……アイリスさん、逃げましょう!」
振り返り、無理やりアイリスの手を引いて騎士達の反対側へと走り出し森の中へと。
確かこの方向に町があるとアイリスは言っていた気がしたからだ。
森の中を走っている為かなり多くの障害物があるのであまり速く進めないが、それは重い鎧を付けている騎士達も同じだろう。
そう油断していたのだが、後ろから聞こえる音はどんどんと大きくなってきている。
速度を落とさない様に振り返ると目線の先には木々をなぎ倒し、踏みつけながらこちらに直進してくる一団が見えた。よく見れば少し体が発光している様だが、そんなことはどうでもいい。
あの騎士達は超人集団だったのだろうか。
このままでは確実に追いつかれてしまう。
そう思っていた時、急に自分の服の中から何かが飛び出してきた。
とはいっても肌着の上にTシャツを着ているだけだったので普通に考えれば何も無かったはずなのだが。
飛び出したのはなんと、この森で目覚めた時に見つけたウサギもどきだった。
しかし普通のウサギと同じくらいの大きさにあんな二又の尻尾がついているものが服の中に入れば普通は気付くだろうと思うのだが。
そしてそのウサギもどきは器用に二又の尻尾の先で何かを掴んでいる。よく見るとそれは、はじめに塔の様な場所で見つけた黄色く透き通った結晶だった。
「いつの間に……」
よく考えればどこに直したのかも覚えていなかったが、無意識にポケットの中にでも入れたのだろうと気に留めていなかったのだ。
「ピィ!」
そしてそのウサギもどきが変な声で鳴いたと同時に、その結晶はまたしても黄金に輝きだす。
「おいまさか……」
なにか嫌な予感がしたてウサギもどきに声を掛けるが、お構いなしとばかりにアイリスの手を引く俺の手の上へと飛び乗った。
それと同時にウサギもどきは威勢よく鳴いた。
「ピィィィィ!!」
そして結晶の輝きは視界を飲み込む様に大きくなり、俺とアイリスを包み込む様に広がる。
「えっ何?!」
後ろでアイリスの声が聞こえたと思ったその時だった。
身体が、一瞬全ての力から解放されたかのように軽くなる。手を握ったアイリスの感覚だけが残っている様だった。
そして次の瞬間、またしても重力という名の暴力が俺達を襲う。
気付いた時には既に空高く舞い上がり、緑の大地が広がる光景を見下ろしていた。
「またかよおおおおおおお」
「きゃあああああああああ」
「ピィィィィィ」
そんな二つの悲鳴と一つの鳴き声は空へと響き渡り、唐突に消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます