第4話
中学になってから、ちょうどあの人の手紙を貰って一年ぐらい後の頃。
「優希、もう大丈夫だから。俺は大丈夫だから。ウソをつかなくていい」
と、翔は私に言った。
私は翔が「私がウソをついている理由」に気付いていないと思っていた。ただただ、お遊びのようなウソに嫌々付き合ってくれているのだと思っていた。
それが根本的に崩されてしまった。
そこで気付いたんだ。
ウソが、私の翔とのコミュケーションツールの一つになっていたことに。
「おはよう。翔」
「おはよう」
そんなありふれた会話で始まる私たち。今日もいつも通り。
朝、玄関を出れば、翔がちょうど出てきて、何の約束もなしに一緒に登校する。途中で、それぞれの友達も入るが、基本的にそれまで二人で登校することは流れになっていた。
学校につくと、まず、翔に何のウソをつくか考える。大体は、前日にインターネットで調べ上げたニュースからだったり、SNSの投稿から目を引いたものだったり、学校の事だったり。
ウソがコミュニケーションの一つになってしまっていることに気付いた日。混乱の中にいた私を落ち着かせてくれたのは翔だった。深呼吸をさせ、私がこぼす言葉の一つ一つを拾い上げ最後まで聞いてくれた。
最初は翔の考えていたように「翔のため」だったこと。それが今となってはコミュニケーションになってしまっていて、やめられそうにないこと。
最後まで聞いた翔は、泣きながらごめんねと機械のように言う私に謝ったのだ。彼は何一つ悪くないのに。そして、そのままでいいと言ってくれた。
本日のウソを決めると、翔にそれとなく近づいていく。
「そういえば、あのニュース見た?」
「あれ、って何」
「あれだよ、あれ。あの、人気モデルが結婚したってニュース」
「ああ、あれ」
「そう、あのモデルってかわいいよね。好き」
「お前、その女好きの癖、そろそろやめろよ」
「いやよ。好きなものは好きって言わないと後悔するからね」
「へえ」
「それに私の恋愛対象は男性……って聞いてないでしょ」
「ああ、聞いてない」
「ひど。ねえ、今日の数学の宿題って問題集からだったけど、した?」
「はい、ライだろ」
これは、翔がウソを見破った時、必ず言うセリフ。「いつものように話す内容の間に入れる」という工夫までしたのに、バレてしまった。嘘をついた後にこれを言われると、私の負けが確定する。
「どうして?」
精一杯の見栄っ張り。大体、私は見破られたときにこのカードを使う。だから、このカードの意味さえ知られているのだろう。
「今日の数学の宿題は教科書から。それ、昨日、俺がお前に言っただろうが。盲点だったな」
今日も完膚なきまでに踏みにじられてしまった。そういえば昨日、翔はたまたまうちに来ていた。そして帰り際、宿題の存在を教えてくれていたように感じる。翔の言う通り、盲点だった。
「それで、お前、終わってんの?」
「ん?優希ちゃん、ちょっと翔くんのいってることわかんないなー」
「終わってねーな」
「返す言葉もございません」
「ハー。どうせ、これのためでもあるんだろ?」
翔の手には、宿題の答えが記されているのであろうノート。それを片手で向けてくる翔に小さく拝んで、ノートをありがたく受け取った。
気付いているかもしれないが、私は宿題をしていなかったのだ。それを何も言わずに察して、嘘をつかれたというのにノートを貸してくれる。
その優しさが昔から大好きだった。
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