第3話


 最初のウソはなんだっただろうか。

 なんて、そんな風にわざとらしく思い返そうとしなくても、本当は、心の底に大切にしまっている。厳重に鍵をかけて、忘れないように。

 それを急に開けてみたくなったのは、まあ、そんな気分だったのだろう。

 あの頃の私は、まだ「正義感」イコール「ウソをつかないこと」と信じきっていて、幼かった。

 自分や翔の置かれている立場を本当の意味まで理解しきれていなかった。

――翔の笑顔が見たい――

 それだけで、正義感なんてすぐに捨ててしまった。勢いがありすぎだったと言ってもいい。


 あの人が亡くなってから、翔の表情は暗くなってしまった。朝の登校を一緒にしなくなってしまったり、話しかけても軽くかわしたりするだけになってしまった。翔はそれだけじゃなく、いつも一緒だった友達とも距離を置き始めてしまう。

 それに慌てていたんだと思う。私は、ある作戦を立てた。今考えてみれば、結構バカげてるな……。

 それこそ、私が翔についた最初のウソだった。


「かける!」

 教室でランドセルを背負い、ちょうど今から帰ろうとしていた翔を急いで呼び止める。

「ちょっと来て」

 そう言って、翔の手を曳いて教室から出た。

 

 名付けて「黒スケがいないの!大作戦」。

 作戦はいたって簡単。

 一、あらかじめ、「黒スケ」こと翔のお気に入りのウサギを小屋の暗がりに隠しておく。ここは、当番制においてバレることはなかったし、ウサギが逃げる心配はなかった。黒スケは大人しい子だったし、その時寝ていた。

 二、翔を誰もいないところで黒スケがいないことを伝える。そしたら、翔は必ず探すと言ってくるだろう。

 三、二人でしばらく探して、頃合いを見て小屋に戻って黒スケを出す。


 曳いたまま、ウサギ小屋まで走った。ウサギ小屋は運動場の隅にある。放課後のその時間帯は人気がない。それをいいことに作戦を開始した。

 「一」は完了済み。「二」、開始。

 翔は、思った通り顔を段々青くしていく。ウサギ小屋を二人で探して、周りを探す。それから三十分。

 そろそろか。そう思って、「二」を終了、「三」を開始した。

 ウサギ小屋に黒い影がいた。黒スケかもしれない。そう言って、翔の注意を小屋に戻した。涙目になっていた翔をそうやって小屋に入らせ、隠していたところから黒スケを出した。


 今でも、その顔は忘れられない。

 翔は、安堵からか微笑んでいた。その笑顔は久しぶりで、あの人が亡くなってから見てないことに気付いた。

 最初は、「翔を笑顔にしたい」。それだけだった。

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